それは人魚の恋に似ていた

みずり

第1話

 それは人魚の恋に似ていた


 幸せな終わりではないね。

 ぽつり。少年は呟いた。


 窓から入り込む風にぱららららと捲られていく、開いたままの幼児向けの絵本

 可愛らしい絵と分かりやすく噛み砕かれたひらがな。

 グリム童話という、残酷さを秘めた寓話を、柔らかい絵物語に落とし込む。


 けれど偽りの優しさに塗れても、恋を失った人魚姫の悲哀を、ごまかすことなく突きつける

 その中途半端な優しさに心を傷つけられたんだ。と少年は苦笑いする

 どうせ子供向けにするのなら、人魚姫を幸せにしてくれればいいのに、と。


 そうかなぁ


 少女は呟く


 人魚姫は消えてしまったけれど、

 王子に愛を伝えられなかったけど


 彼女が不幸だとは思わないな


 風がめくりきった絵本のラストページに指を這わせる

 涙を流す横顔 泡と消えていく指先

 悲しみそのもののその絵を見て、少女は透き通るような笑みを見せる


 何もかも捨てられるほどの恋をして、命まで捧げられる相手に出会えたんだよ?

 それのどこが不幸なの?


 透明度を増す少女の笑みが

 さわり、と少年の胸の底に揺らぎを起こす


 普段教室の片隅で穏やかに佇んでる少女からの、情熱的とも言える言の葉に当てられたのか

 少年の白い頬が熱を持つ


 じゃあ、人魚姫は不幸じゃなかったの、かな。

 急にかわいた喉から、少年はあえぐ様に言葉を零す


 うん。


 慈しみの滲む声で少女は答えて


 不幸なんかじゃないよ

 だって一生懸命生きたんだもん

 悲しい物語に見えても、恋を知ってる人なら



 きっとそれを幸せと呼ぶんだよ。


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それは人魚の恋に似ていた みずり @mizuri3

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