気になる女の子の恥ずかしい一面を見てしまったら、空き教室に連れ込まれた件
桜枕
1時間目
高校2年生の夏休みが待ち遠しいと強く思うようになりつつある日の放課後、なんとなく下校する気にならなかったので図書室にこもり宿題をしたり、適当な文庫本を読んで時間を潰していた。
部活をしている生徒たちは熱心に練習に打ち込んでいるだろうし、帰宅部の生徒はとっくに自宅に着いている頃だろう。
だから、この図書室を使用している生徒はごくわずかだ。
帰宅準備を進めていると教室に忘れ物をしていることに気づいてしまった。
ノートや教科書であれば放置しても支障はないだろうが弁当箱はよろしくない。
明日の昼食を確保できないし、一日放置したとなれば母親からなにを言われるか分かったものではない。
またしても階段を昇らないといけないことを億劫に感じつつも、仕方がないと自分に言い聞かせて教室へと向かう。
日が長くなったとはいえ放課後の校舎は夕日が差し込み、自分の影が伸びているせいもあって不気味な雰囲気だった。
早く帰りたい一心で足早に階段を昇り、閉ざされた教室の扉を一思いに引く。
年季の入った扉はいつも通りにガラガラと音を立てたが人がいないせいか、いつもより大きな音に感じた。
「っ!?」
そう感じていたのは僕だけではなかったようで、教室の中にいた生徒が声にならない声を上げながら肩を跳ねさせている。
いくらなんでも驚きすぎじゃないか。
確かに誰もいない教室の扉が突然開け放たられたらビックリするかもしれないが、それよりもなにか悪いことをしているような驚き方のようだった。
次の瞬間、僕の予感は的中する。
「はぁ!? ちょっ、なんっ、これ、ちがっ!」
放課後の誰もいない教室には不釣り合いな音が聞こえる。
しかも大音量で。
彼女の持つスマホのスピーカーから流れる艶かしい女性の声と、リズムよく肉と肉を打ちつけ合う暴力的かつ艶美な音色。
「……えっと。なんか、ごめん」
彼女は慌てながらスマホの電源ボタンを長押ししていたけど、その間もスピーカーは喘ぎ続けている。
この状況を作ってしまったのは間違いなく僕だ。
でも、弁解させて欲しい。
放課後の教室で女生徒が一人でいやらしい動画を視聴しているなんて、いったい誰が考えつくだろうか。
これが憧れの彼女と交わした初めての会話だった。
◇◇◇
彼女のことは入学当初から同じクラスで一番可愛いのではないかと思っていたが、自分から話しかける勇気はなかった。
特にイベントもなく漫然と高校生活を送っていたある日、偶然にもハンカチを拾った。
そこには名前の刺繍がほどこされており、一目で彼女の私物だと分かるものだった。
直接渡すことをためらった僕は彼女が席を立った昼休みの間に机の上にそっと置いておいた。
少しだけ、ほんの少しだけ期待していた。
このハンカチを届けたのが僕だと知り、それがきっかけとなって仲良くなるなんて妄想をしていた自分が恥ずかしい。
そんなことがありえないことは分かっている。
そういう展開にしたいのであれば、堂々と彼女の前に立って渡すべきだった。
僕はフラグを立て損ねたんだ。
独り善がりに溺れ、意味もなく不貞腐れる僕は意図的に彼女のことを考えないように、彼女を避けるように灰色の高校生活を過ごしていた。
ある日、そんな陰鬱な僕の背後からずっと聞きたかった声が聞こえた。
彼女は階段を三階まで駆け上がってきたのか、肩で息をしながら放課後の誰もいない教室の扉を閉める僕の背中に向かって叫ぶ。
「ねぇ!」
まさか校舎に生徒が残っているとは思っておらず、ビクッと肩を弾ませてぎこちなく振り向く。
そんな、まさか――
だって彼女は部活中のはず。
初めて僕と彼女の視線が交差した瞬間だった。
その時間は長かったのか、短かったのかは分からない。
ただ、彼女はなにも発さずに時間だけが過ぎていった。
「ありがと。あのハンカチ、大切な物だったから」
たった一言だけを残し、彼女は階段を駆け降りる。
なんで、あのハンカチを拾ったのが僕だって知っているんだ?
誰かが机の上に置いたところを見ていた?
なんでこのタイミングでお礼を言った?
ユニフォームってことはまだ部活中のはずなのに、なぜここにいる?
そんなことを考えていた僕は彼女に「どういたしまして」と言えず、後ろ姿を眺めることしかできなかった。
そして肩にかかるボブヘアが踊っているようだな、と感想を抱いた。
◇◇◇
あれから1年が経ち、また同じクラスになれたことを密かに喜んでいた矢先の出来事だった。
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