Ⅵ 仲間

 氷のセッカと通信をしてから五分が経過した。大広間へと急ぐフィニスの前に大きな扉が現れる。大広間に到着したのだ。

 フィニスの懐からフェアリー型の悪魔、アミィがこっそり顔を覗かせる。


『フィニス様! この扉の向こうから強大な魔力反応!』


「敵味方、どっちのだ」


『んー……わからないけど、一人だけ飛び抜けてるよ。でもさっきより魔力量が少なくなってる気がする』


「さっきのセッカとか言ってたやつか。急ぐぞ」


 フィニスは巨大な扉を蹴って大広間へと到達した。大広間にはステンドグラスの破片が散りばめられ、奥に鎮座するパイプオルガンも金管のいくつかが曲がったり折れたりしている。

 瞬間的に生きている魔導機兵の数を確認する。軽く見積っても二十体以上いるが、破壊され床に転がっている魔導機兵も入れれば五十体はくだらないだろう。大広間にいる人間は一人だけだった。フィニスと同じ水色のラインが入った銀色の軍隊服を基調に、身につけているマントには薄く氷の紋様があしらわれていた。

 間違いない、あれが氷のセッカだ。フィニスは契約魔カイムの力を使い、背中に翼を生やす。そのまま魔導機兵に向かい迎撃しようとしたところ、フィニスが開けた扉とは違う、別の大広間の扉が開く。


 大広間へとやってきたのは一組の男女の隊員だった。男は入隊式でフィニスに逃げるよう声をかけてきたこともあり、フィニスは顔を見てすぐに思い出した。女のほうに面識はなかったが新人隊員と共に行動しているということは、きっと同じ新人隊員なのだろうとフィニスは推測した。

 二人が大広間に入ってすぐに、彼らの背後から一機の魔導機兵が姿を現す。二人とも息を切らし、逃げることは絶望的だった。


「だめだ、も、もう逃げられない……」


 男が片膝をつき、女も両手を地面につけた。女は苦悶の表情で力を振り絞り、なんとか右腕を前に伸ばす。伸ばした腕の先にはフィニスがいた。


「お願い、助けて……」


 助けを求める声を聞くや否や、フィニスの脳裏に故郷を滅ぼされた日のことが浮かぶ。フィニスの兄も助けを求めたが、その願いが届くことはなかった。


 もう二度と、あんな思いはごめんだ──。


 フィニスは翼を広げ宙に浮き、目にも留まらぬ速さで二人を襲う魔導機兵へと飛んでいく。


「お前を、絶対に、守る!」


 普段フィニスは魔導剣の刀身を扱いやすい長さの八〇センチ程度に制御しているが、感情の起伏から魔導エネルギーは増大し、長さにしておよそ五メートルの魔導剣を作り出した。魔導機兵の目の前に着地すると、間髪を入れずに横薙よこなぎを繰り出す。

 目の前の魔導機兵が上下に分断され、横薙ぎに振った魔導剣は大広間の他の魔導機兵も巻き込む。

 数体の魔導機兵の破壊に成功したフィニスだったが、目の前にいた魔導機兵の爆発に巻き込まれ、女性隊員と共に大広間の壁に打ちつけられる。


「あっ……くっ……」


 視界が揺れ、言葉にならない声が漏れる。頭を強く打ちつけたせいでフィニスの視界が不安定になる。


 まずい、このままじゃ格好の的だ──!


 魔導剣による破壊を免れた魔導機兵が前脚に取り付けた機銃を構える。


 防ぐか、いや間に合わない。避けることも……。


 フィニスが出した結論はだった。朦朧とする意識のなか、女性隊員の上から覆いかぶさり翼で全身を隠す。フィニスが自分以外のために命を賭けたことは、これまでなかった。

 刻一刻と迫る終わりのカウントダウンにフィニスの体は震えた。命の危機、そして復讐を果たせなかったことに。


 こんなところで終わっちまうなんて、くそっ……。


 だが、いつまで経っても銃弾の雨がくることはなかった。

 翼を退け、体を起こし大広間を見遣る。


「一体、これはなんだ……」


 大広間は一面氷漬けにされていた。魔導機兵は一体も取りこぼすことなく氷の柱のなかに閉じ込められている。フィニス、女性隊員、男性隊員が顔を上げた視線の先にいたのは、両手に魔法陣を留めているセッカだ。

 氷魔法を繰り出し大広間の戦いに終止符を打ったセッカは一息つくと、氷の柱の上から飛び降り、フィニスの目の前に着地する。

 セッカはフィニスに手を差し伸べる。


「よくやった」


 その一言を聞き、安堵もあってフィニスは思わず目頭に涙を浮かべる。これまで復讐のために生きてきた自分を認めてくれる者などいなかった。フィニスの過去をセッカは知る由もないが、フィニスはセッカが一人の人として認めてくれたことに喜びを覚えた。


「ありがとう……ございます。……セッカ、隊長」


 フィニスが他人を受け入れたのはセッカが初めてだった。

 セッカの手を取り、フィニスはゆっくりと立ち上がった。

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