五十猛乱写事件(短編バージョン)

FZ100

五十猛乱写事件

 校内で写真部の部員と写撃を撃ち交わしながら僕こと五十猛いそたけタケルは知井宮ちいみやの姿を探した。知井宮は写真部の部長で、僕の写真部への入部を阻止した張本人だった。入部が断られたのは僕の愛機がパナソニックFZ300だったからだ。FZ300は1/2.3型センサーにF2.8通しズームレンズを搭載した高倍率ズームモデルだが、知井宮は1/2.3型センサーは写真部が使う一眼モデルで標準的なAPS-Cセンサーの1/13の面積しかないと突き放したのだ。


 FZ300で撮る写真はメモには使えるが、作品は撮れないと知井宮はそう断言したのだった。確かにデジカメにおいて写真の画質はセンサーの面積に比例する。その点で僕のFZ300は不利だったが、写撃の威力はセンサー面積×念写力だ。念写力では僕の方が遙かに上回っている。


 とある教室の中で写真部員と撃ち合いになった。写真部員がミラーレス一眼を構えるのに対して僕はブラケット連写で対応する。+0ーと露出を切り替えて三連写する機能だ。僕は相手の写撃をぎりぎりで見切ってシャッターを切る。写撃が写真部員を襲う。一撃目でジャージの上着が吹き飛び、二撃目でTシャツが吹き飛ぶ。三撃でズボンが吹き飛ぶ。写真部員はブリーフ一丁となった。きゃーっ! 女子生徒の黄色い悲鳴があがる。


 写真部員は写撃の勢いに飛ばされて机に衝突、身体をくの字に曲げてようやく止まる。机の列が滅茶苦茶になった。


「くそっ、正確に股間を狙ってきやがる!」


 写真部員が吐き捨てた。写撃には着衣を散り散りにする威力はあるけれど、人体には無害だ。すかさず僕は教室の外へと駆け出る。


 ……写真部への入部を拒否されて宙ぶらりんだった僕を拾ってくれたのは文芸部だった。文芸部の現部長である佐名目さなめ純さんが声をかけてくれたのだ。僕は文芸部員かつ文芸部所属のカメラマンとなった。


 純さんは明るくさっぱりした性格の女子だった。長髪を頭の後ろで結んでポニーテールに結っている。それが僕にはとても魅力的に見えた。


 念写に気づいたのは町外れの峠にあるさいの神のほこらを撮影していてだった。文芸部のメンバーで民俗学調査の真似事としゃれ込んだのだった。僕も祠の写真を何枚か撮った。すると、そこで蛇と遭遇したんだ。


 蛇は人を見ても怖れず、まるで祠を護っているかのようだった。後で純さんが言った。あの蛇はゲニウス・ロキ(地霊)かもしれないって。塞の神の祠は境界に建てられている。そこは日常と非日常が交差する空間なのだ。


 撮れた写真を部室でチェックしていた純さんが異変に気づいたのだった。少しぼやけて純さんが写っているのだけど、ありえないアングルで撮られていたのだ。それは僕自身、撮った記憶のない写真だった。


 純さんが「うん、このカメラは私に恋してる」と言った瞬間、僕はかっと赤面していた。純さんに恋していたのは僕に他ならなかったからだ。


 それから下宿に帰った僕はぼんやりとFZ300をいじっていた。どうしてあんな写真が撮れたのか? 答えは僕の心の中にあると感じた。僕は目をつぶって純さんを一心に念じてシャッターを切った。再生すると、ぼやけているが純さんの姿が写った。今は私服に着替えているらしい。


 念写が成功した僕は思わず「いやったあああああ!」と快哉を叫んだ。それで隣の部屋の先輩が何事かと飛び込んできたのだけど。


 体育祭のシーズンとなった。僕もカメラマンの一人となって校庭をうろついていた。何かいい被写体はないか探す。なにせ24倍ズームだから大抵の写真は撮れる。


 一人の写真部員とすれ違った。同級生のその部員はお前も撮影か? 知井宮さんが便利ズームはズボラになるから止めろってうるさくってとぼやいてみせた。


 そんな僕はふとした光景を目にして足が止まった。向こうで体操服に着替えた純さんが知井宮と親しそうに話していた。


「…………」


 僕は一瞬息を呑んだ。そんな……と正直に思った。身体から力が抜けていった。端から見るとイケメン男子が長身の美人となごやかに会話している様に見えたかもしれない。後で振り返ると、純さんと知井宮は同じ小学校か中学の先輩後輩という関係だけだったのかもしれない。でも、そのときの僕は知井宮憎しで逆上してしまったんだ。ぷちんと心の中で何かがはじけ飛んだ。


 それからの僕は念写力を上げるためにひたすらシャッターを切りまくった。そして機が熟したとみた僕は決心したんだ。


 放課後の部室棟。文芸部の前で同じ学年の女子生徒に呼び止められたけれど適当にスルーして僕はカメラを構えて写真部に向かった。


 写真部には現在は暗幕が無い。もうデジタルオンリーの時代だからと知井宮が撤去させたのだそうだ。そんな訳で部員たちは銘々がパソコンに向かって撮影したRAWデータ――無圧縮の画像データ――の現像に黙々といそしんでいた。


「五十猛、どうした?」


 写真部の副部長が声をかけてきた。この人は知井宮に入部を断られた際に、優しく声をかけてくれた人だった。


「…………」


 僕は決然としたまなざしで部内を見渡した。数名の生徒がいる。僕はFZ300を連射モードに切り替えるとカメラを構えた。


「?」


 その瞬間、僕はシャッターを切った。写撃の威力が奔流となって写真部員たちを襲った。右から左へと掃写する。写真部員たちはパンツ一丁となって床に倒れ伏した。


「ハハハ、ざまーみろ」


 そう高笑いした僕は知井宮の姿を探した。確かさっき部室に入っていったはずだ。


「いない!」


 思わず僕は叫んでいた。あるはずの知井宮の姿が無い。文芸部で呼び止められた際に入れ替わったらしい。撃ち漏らしたと直感した僕はすかさず部室を飛び出していった。


「五十猛、あの野郎……」そのとき副部長がつぶやいた。


 部室にいないならば生徒会室か? 僕は校舎に向かっていた。どこだ? どこに知井宮はいる?


 と、そのとき殺気が奔った。思わず身をよじった僕だったが、詰め襟の制服の左上腕部がスパッと切れた。


「お待ちなさい、五十猛君!」


 それは写真部の女性部員である阿須那県あすなあがたさんだった。彼女はスマートホンをこれ見よがしにした。彼女の後ろにはジャージに着替えた写真部員たちが一眼カメラを構えている。


「異能使いが自分だけと思ったら大間違いよ!」


 その言葉に僕は一瞬たじろいだ。写真部員たちも写撃を使える?


 と、そのとき反対方向から一眼レフを構えた知井宮が突進してきた。


「五十猛、貴様あ! 逆恨みも大概にせえ!」


 挟み撃ちとなった。知井宮はすかさずファインダーに目をやった。来る。目線を見切った僕はすかさず身体をよじる。次の瞬間知井宮はシャッターを切る。知井宮の一眼レフから発射された一撃が僕の真横を通過していった。


 知井宮の一撃は哀れにも一人の写真部員を直撃した。


「いかん、フルサイズは破壊力があり過ぎる!」


 知井宮の一撃は写真部員の着衣を全て吹き飛ばした。プルンとした尻が露わとなる。全裸になったと気づいた男子部員はあわてて股間を隠した。その光景に県さんがドン引きする。その隙をついて僕はその場から逃走した。


「…………」


 しばらく後、知井宮を探して僕は視聴覚教室に踏み込んだ。教室はカーテンが閉め切られ薄暗い。と、コトリと音がした。


「!」


 誰かいる。僕は四つん這いになると、そろそろと静かに進んでいった。


 机の下に独り隠れていたのは女子生徒だった。


「……あなた、二組の五十猛君よね?」


 女子生徒は声を潜めた。


「うん」

「何があったの? ものすごい音がして悲鳴がして、私、怖くなってここに隠れたんだけど……」

「心配はいらないよ――」


 と、その時、扉が開いて誰か入ってきた。シルエットから察するに、知井宮だ。しまった、僕は思った。小型センサーのFZ300は暗所に弱い。知井宮は暗所に強いフルサイズ機を装備している。まともに打ち合えば不利だ。


 僕はこっそりFZ300のレンズに手をやってMCプロテクターを外した。そして、あさっての方向に投げつける。


 カツンと物音がした。知井宮はすかさず反応した。ズガガガッ、知井宮の一眼レフが火を噴く。僕は机を盾にしながら立ち上がって、知井宮とは反対方向を向いた。


 カーテンを念写する。カーテンレールからカーテンが剥がれた。まぶしい光が差す。もう一度カーテンを撃つ。するとカーテンはバッと広がった。続けざま、僕は知井宮の方を向いて写撃する。


「!」


 カーテンが知井宮を包みがんじがらめにした。知井宮は声もなくその場に崩れ込んだ。知井宮はカーテンの中で必死にもがいている。


「さあ、仕上げだ」


 僕はカーテンに束縛された知井宮にフォーカスを合わせた。と、突如、知井宮のスマートホンから着信音が流れはじめた。


「!」


 思わずビクッとしてしまった僕だった。


「……」


 気勢を削がれて唐突に思い直す。いつまでもここに居ては不利だ。僕は勝負をお預けにしてそそくさとその場を後にした。


 置き去りにされた女子生徒が呆然としていた。


「…………」


 戦いが始まって数時間、僕は校舎中央棟の屋上に立て籠もっていた。西棟の屋上から写真部員たちがバズーカレンズで撃ってくる。僕はズームを最大にして応射する。僕の制服もあちこちが破けてほつれていた。東棟には無関係の生徒たちが集まって野次馬よろしく僕たちのバトルを観戦していた。


「しまった、バッテリーが!」


 残量が残り少なくなっていた。僕はバッテリーの換えを用意することを失念していた。長期戦を想定してなかったのだ。と、そのとき知井宮が中央棟屋上に上がってきた。


「来たか」


 決意を新たにした僕は立ち上がった。知井宮と距離をおいて対峙する。


「ここなら逃げ場はないぞ」

「望むところだ」


 そう言ってカメラを構えたとき、叫び声が僕たちの射線を遮った。


「待って!」


 純さんだった。純さんが知井宮の後ろから僕をめがけて歩いてくる。


「佐名目、邪魔だ」


 知井宮がそう制止したが、純さんは構わずにこちらに向かってくる。


「もう止めようよ、タケ」

「純さん、あっち行ってろ!」


 僕は思わず叫んだ。


「こんなことして何になるの?」


 純さんは構わずに進んでくる。と、純さんの背後から知井宮がカメラを構えた。


「!」


 反射的に僕はシャッターを切っていた。僕の誤射だった。光の渦が純さんを直撃する。


 純さんのセーラー服が消し飛び、スカートが消し飛んだ。最後に純さんの後ろ髪をまとめていたシュシュが吹き飛んだ。靴下と下穿きも同時に消し飛んだ。純さんはキャミソールとペチコートだけのあられもない姿に変貌してしまった。純さんの黒い長髪がバサリと肩にかかった。


「純さん!」


 下着姿となった純さんはそれでもよろよろと進んでくる。再び知井宮がカメラを構えた。


「ええい、ままよ!」


 僕は再びシャッターを切った。びくっと反応した純さんは身体を覆うようにその場に膝をつく。


 知井宮の写撃と僕の写撃が交差し、融合した。融合した光の渦から稲妻の様なきらめきが放射され、僕と知井宮の身体を直撃した。


 僕の着衣は一瞬で消し飛んだ。視線の向こう側では知井宮もそうだった。相打ちだった。そしてカメラがショートして強制的にシャットダウンする。


「……」


 放心していると、知井宮の背後から今度は県さんが現れた。県さんは僕に向かって防水カメラをかざした。


「これで満足した? 五十猛君」


 やむなく僕はカメラの構えを解いて戦意のないことを示した。その姿を確認した知井宮がへたり込んだ。


「ははは、何だ。俺が馬鹿だったよ。カメラにサブもメインも無い。好きなときに自由に撮れるのが本当の意味でメインじゃないか」

「!」


 その言葉を聞いた僕は反射的に知井宮の許に駆け寄ると固く握手し合った。全裸で。


「何? 男子の友情ってほんと分かんない」


 県さんがつぶやいた。


「…………」


 純さんは下着姿のままジト目でこちらを見つめていた。


「あ、いけない」


 気づいた県さんが慌ててジャージを純さんに掛けた。


 ……五十猛乱写事件と名付けられた事件のその後、僕は五日間の停学を食らった。それくらい安いものだ。知井宮とはあれで和解した。僕は写真部の出入りも自由になった。


 それからしばらく。休憩時間、廊下で女子たちが僕の周りに群がっていた。


「ねえねえ五十猛君、五組の折井おりい君の写真ある?」

「あるよ~」


 きゃーっと黄色い歓声が上がった。女子たちはあの戦いで撮れた副産物を求めてやってきていたのだった。


「毎度あり~」


 画像をスマホへ転送する。少ないながらも臨時収入だ。すると、一人の男子が無言で僕に近づいてきた。


「五十猛君……」

「あ、佐名目さんのなら、もう消したから」


 実は秘密のフォルダにこっそり隠してあるのだけど。


「……折井君の写真ある?」

「えっ?」

「えっ?」


(おしまい)

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