第二話 栗色の髪の女の子

 アマネは麻世を連れて歩きながらこの世界の話をしていた。


「さっきも説明した通り、ここは死後の世界――天界よ。もう見たと思うけど、貴方以外にもここの世界にやってきた人は多くいる」

「……私以外の人も、そうなの?」

「え?」

「貴方はさっきこう言ったわ。私の心が救われることを望んでいるって。他の人たちも私と同じように……」

「確かに亡くなった人の中には何かしら未練を残したまま死ぬことも多い。生前に為しえなかった幸せや安寧を享受できるのはこの天界」

「……」

「もっとも、私は人間に『理想もしもの世界』を創り上げる能力を与えるのが本来の役目なのだけれど」

「もしもの世界?」

「いわゆる〝if世界パラレルワールド〟ってやつね。だから例えば、貴方が貴方の兄である桐原氷樹かずきと結ばれる世界線、とかね」

「……っ!」

「わかっているわ。今の貴方はもはやそんな世界線は望んでいないってこと――そもそもパラレルワールドを創るには、当人の強い願いが必要なの。今の貴方はそれを持ち合わせていない――むしろ否定しようとしている」

「…………」

「――と、また話がそれてしまうところだったわ。ここが貴方の住む場所」


 目の前にはやけに現実的なマンションのような建物があった。すると、中から栗色の髪をした女の子が出てきて「来たのね!」と麻世とアマネの前にやって来た。


「じゃ、後はお願いね、ティファ」

「は~い」


 ティファと呼ばれた女の子はにっこりしながらアマネに手を振って麻世に向き直った。


「初めまして。私はティファニア。貴方の隣の部屋なの」

「……」


 麻世はまたしても警戒するようにティファニアを見た。自分と同い年くらいだろうか。栗色の髪と琥珀色の瞳――外国人のようだ。


「桐原麻世、です」

「麻世ちゃんね。よろしく!」


 ティファニアは明るく微笑んで言った。


「貴方は……外国の人?」

「いいえ、私は日本人よ。正確にはハーフ、かな?」

「そうなのね」


 しかし麻世は彼女を見ていて不思議な感覚がした。どうも目の前の少女には会ったことがある気がしてならない。


「……一応確認しておくけど、貴方も亡くなってここにやってきたのよね?」

「ええ。あのね。実はこの姿、本当の私じゃないの。アマネが私を今の姿にしてくれたの。中学生くらいだって。なんか少し大人になった気がして嬉しいな」

「じゃあ、貴方は本当は……」

「本当はまだ小学生になったばかりだったんだ。けどもうこの世界には結構長くいるの」

「……」


 麻世は自分よりもずっと年下の女の子が亡くなってここにやって来たことを知り、思わず彼女を気の毒に思った。


「じゃあ……事故か、何かで……」

「えーっと、その記憶はあまり残ってなくて。けどそうみたい」


 ティファニアは思い出すしぐさをしながら言った。その姿にはやはり小学生っぽさも残っている。


「一応、私は中学生だったけど、貴方は元は小学生で……実際は複雑なところね。貴方はここに来てから長いみたいだし」

「いいじゃん、同い年、ということで」


 ティファニアはにっこりと微笑んで言った。


「麻世ちゃんの部屋まで連れてってあげる。来て」


 そう言ってティファニアは麻世を連れて建物の中に入った。


「天界という割にずいぶんと現実的な雰囲気なのね」

「けど、結構天国らしいところもあるんだよ」

「あと、これは制服なの?」


 ティファニアも自分と同じ白いローブのようなものを着ている。


「うん、まあこの世界の制服、みたいな?」

「そう。てっきり学校か何かがあるのかと思ったわ」

「うん、あるよ。学校も」

「そうなの? 死後の世界なのに?」

「ここは色んなことができるの。ほら、私みたいに学校に通えなかった子とかが勉強できたり、お友達を作ったり」


 ティファニアは両手を広げて楽しそうに言った。


「そう、ね」


 麻世はどうしてこうも彼女は明るくいられるのだろうと思った。確かに事故であれば不幸ではあるが、まだ子供で未練というのもそこまで深くないのかもしれない。むしろできなかったことをここで実現できることが彼女たちにとっての幸せなのかもしれないとも思った。


「ということは、貴方はその……学校とやらに通っているのね」

「うん。勉強、大好き」


 ティファニアはにっこりと微笑んで言う。


「――っ」


 やっぱり麻世は彼女と会ったことがあるような気がした。けど彼女の姿は本来の姿ではない。小学生でこの世界にやって来たのだ。


「どうして貴方はその姿になったの? 貴方が望んだから?」

「うーん、アマネがちょっと大人になってみない? って言ってくれて」

「そう……見た感じ私と同じくらいの年ね」


 どうやら天使アマネの気まぐれのようだ――麻世はあまり深くは考えないことにした。

 そんなことを話しているうちに「ここだよ、麻世ちゃんのお部屋」とティファニアが指して言った。


「鍵は無いのね」


 麻世がドアの取っ手の部分を見て言った。


「必要ないよ。だって、それぞれの部屋のドアは本人にしか開けられないから大丈夫」


 そう言ってティファニアが麻世の部屋のドアを開けようとしたが開かなかったが、「ほら、開けてみて」と促されて開けてみると確かに開いた。


「……なるほど」


 中に入るとシンプルに寮の一室のようになっていた。机、ベッド、本棚など必要なものは一式揃っているようだ。


「私の部屋は麻世ちゃんの隣だからよろしくね。あ、そろそろお昼の時間だし、食堂へ案内するわ」

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