生まれおちファミリー
わた氏
私と湊のお話
——暑い暑い、満月の夜のことだった。
暗闇が、私の身体を黒く染める。 両端には木々が並ぶにも関わらず、 葉の擦れる音一つ聞こえない。ただ自分の足音が、暗がりに響くだけだった。暗順応した私の目には、先へと先導するように並ぶ木々しか見えない。その幹も枝も葉も、等しく暗がりに沈み込んでいる。
ただ続いていく道を、私は一定の速さで登っていく。
生暖かい空気が肌をくすぐる。どれほど口を大きく開けても、息を吸った感覚がない。蒸れる暑さに、私は服をぐっしょり濡らしていた。
今日であの日から二年だ。
丘 へと続く道には、私以外にいない。ただ一人、私だけが闇の中に囚われているのだ。
足を踏みしめるたび、黒々とした感情が過る。人の汗。人の呼吸。不完全で不満足な器官に、大海に沈み込むような窒息感を覚えた。胸がチクリと痛み、思わず右手で押さえる。肌は白く、手は大きい。男の手だ。
私はずっと、後悔していた。息が荒いのも、きっと疲労だけが原因ではない。
丘のてっぺんに辿り着く。そこからは、家々の明かりが疎らに見えた。それは、空を仰いでえる星よりも眩く、それでいて温かい。今なら、この意味も分かる。あの光は、家族のぬくもりだと。
街を一望できる位置に据えられたベンチに腰掛ける。隣に彼はいない。 けれども端に詰めて座ってしまうのは、私の悪い癖であろうか。止まったように、穏やかな夜。
それでも胸が騒めくのは——きっと私があの日、貴方を殺したから。
告白しよう。
——私は湊だ。だけど私は、湊じゃない。
遡ること二年。私は湊に出会った。
あの日は確か、高校の教室でうたたねをしていたはずだ。整然と並んだ、誰とも知らない机の一つに突っ伏して眠っていた。 決まった寝床の無い私にとっては、どこで眠ろうが大した意味がない。
そんな私を夢の世界から引き上げたのは、柔らかな声だった。
「……ねえ。起きて」
「はっ!」
勢いよく上げた私の頭が、彼——湊の頭と衝突した。ゴンッと鈍い音が頭の中で響く。
「いってて……!」
彼はぶつけた箇所を押さえ蹲る。私が慌てて見下ろすと、湊は痛むらしい個所に手を当てながらも心配そうに覗き込んだ。赤銅色 の髪が、優し気な表情が、橙色の斜陽に染まって温かな雰囲気を帯びる。
「ごめんね。大丈夫?」
湊は、学校指定と思しき制服を着ている。真っ白なワイシャツに、黒いズボン。首元には赤いネクタイを結んでいた。
一方私は、 ベージュのワンピースにベージュのブーツ。おまけに身長は、小学校中学年の平均程度。高校の生徒ではないことぐらい、誰の目にも明らかだった。なんなら、くすんだ桃色の髪は人間の中では珍しい部類だ。
そんなことよりも……。
「私のこと……見えるの?」
信じられなかったからだ。私を認識できる人間に出会えたと言う事実に。嬉しさのあまり、彼の手を取る。
「そりゃ、見えるけど……あれ?」
怪訝そうに言った湊だったが、足元を見て言葉を失っていた。
——私の分の影がないことに、驚いていたのだろう。
「私、コッパさん」
——この出会いが、私の……そして彼の生き方を狂わせた。
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