捨ててください

仲 懐苛 (nakanaka)

第1話 捨ててください

アニータは、夫のロビンとパーティへ出席した。


アニータとロビンが結婚してもう2年になる。


ロビン・グリセンコフは侯爵家の嫡男で、背が高く、筋肉質で細身な体、銀髪碧眼の美しい男性だった。


アニータはロビンとは18歳の時に初めて出会った。


ロビンに一目惚れをして、ガーランド公爵である父親にロビン・グリセンコフと結婚をしたいと強請ったのだ。


婚約から結婚までどんどん話は進んでいった。


ガーランド公爵家とグリセンコフ侯爵家での輸入共同事業が進んでいたのも追い風になった。


アニータは、長い金髪に澄んだ緑眼を持つ小柄な女性だ。多くの人がアニータの美貌を妖精のようだと褒めてきた。


アニータは、自信があったのだ。当然ロビンに愛されると思っていた。









ロビンには、忘れられない元恋人がいるらしい。


その事をアニータが知ったのは、ロビンの友人達が集まった夜会での時だった。


「ロビン。クリスティーナの事はもういいのか?あんなに好きだっただろ。別れた時も酷く落ち込んでいたのに、、、」


お酒に酔ったロビンの友人はロビンに話しかけた。


アニータは、初めて聞く名前に驚き、ロビンへ話しかける。


「クリスティーナって?」


ロビンは、隣のアニータの手を握りしめながら言った。


「昔の知り合いだよ。」


そう言いアニータに微笑むロビンの瞳は少し濁っているような気がした。






アニータは、「クリスティーナ」という名前が脳裏に残った。


結婚して2年になるが、アニータとロビンの間には子供がいない。


ロビンは、アニータとの接触を避けているような気がする。


結婚後3年子供がいないままだと、無条件で離婚できる法制度がある。


アニータは、ロビンとの離婚なんてあり得ないと思っていたが、3年を過ぎるまでに子供がどうしても欲しかった。







その日、ロビンと共に出席したパーティには大勢の招待客が訪れていた。


アニータは、パーティの最中でロビンと逸れてしまった。


ロビンの学生時代の友人が多く出席する今日のパーティでは、アニータは時々睨みつけられているような視線を感じていた。


ロビンを探してアニータは中庭へ向かう。


少し前、中庭に出て行くロビンらしき後姿を見かけたのだ。







夜の中庭はライトアップされてキラキラと輝いていた。


中央の小川を流れる水のせせらぎ。


時折姿を見せる夜蝶はライトに照らされて舞い踊っているようだった。


2匹の夜蝶が、渦を描くように飛んでいる。


まるで長年連れ添った夫婦のような2匹の夜蝶にアニータは、自分とロビンが末永く連れ添う未来を夢見ようとした。







だけど、その夢は一瞬で幻のように消え去った。








2匹の夜蝶の向こうに、二人の男女が身を寄せ合っている姿が見える。


銀髪の男性は、自分の夫のロビンに間違いない。


なぜ、夫が私以外の女性を抱きしめているのか。





女性は長い黒髪を美しく纏め上げ、銀色の髪飾りをつけている。


女性のドレスがライトに照らされて煌めき、まるでさっきの夜蝶のようだった。




黒髪の美しい女性。ロビンの思い人クリスティーナ。


ロビンの友人から聞いたその名の女性をアニータは調べていた。


学生時代にロビンとクリスティーナはとても仲良くしていたらしい。


クリスティーナの実家が没落し、貴族籍を剥奪された後は、クリスティーナとその母親は国外の親戚を頼って姿を消したと報告を受けていた。





そうだ、今回のパーティで隣国の貴族達が紹介された。その中の一人が今ロビンと抱きしめあっている女性だ。


なぜ隣国の貴族として紹介されたのかは分からない。


だけど、、、、、










クリスティーナは、ロビンの耳元で何かを囁いた。


ロビンは、頷きクリスティーナにキスをする。


アニータは、二人から少し離れた場所で呆然と二人を見つめていた。





クリスティーナとアニータは目があった。


クリスティーナは勝ち誇るように、アニータに微笑み、ロビンの手を引いて去って行った。








中庭に残されたアニータは呆然とする。






ロビンが、アニータの事を愛していない事は薄々感じていた。



夜の触れ合いについてもロビンは消極的で、子供ができる気配がない。



ああ、そうか。



こうゆう事だったのか。



隣国の貴族達は、商業目的でしばらく本国に滞在する予定だったはずだ。


アニータは、パーティでクリスティーナが紹介されていた場面を思い出す。


まさか、隣国の貴族があのクリスティーナだとは想像していなかった。


アニータはつぶやいた。

「アマージス男爵家令嬢クリスティーナ嬢・・・」



そうだ。男爵家令嬢と紹介されていた。



クリスティーナは貴族の地位を取り戻して帰って来たのだ。


ロビンとの間に障害はもうない。




そう。



私以外を除いては、、、。










その日はどうやって、屋敷に帰ったのかアニータは覚えていなかった。


翌日からアニータは体調を崩し、夫婦の寝室で寝る事が無くなった。


ロビンから見舞いの手紙や、食事を一緒に取りたいとの伝言を何度もアニータは貰っていたが、その度にあの日のパーティを思い出して調子を崩した。







やつれたアニータに、来客があった。











訪れたのは、クリスティーナ・アマージスだった。長い黒髪に妖艶な唇。整ったプロポーション。比較的身長が高いクリスティーナは、小柄なアニータとは正反対の女性だった。


ロビンが愛するクリスティーナ。


アニータと正反対のクリスティーナ。


そうだわ。私が愛されるはずがない。


こんなにも違うのだから。


「初めてお会いします。アニータさん。もうすぐ侯爵夫人では無くなるはずでしょう。だから敬称はいらないですわよね。」


同室で控えていた侍女が、怒りを露わに前に出ようとする。


アニータは、侍女を一瞥して下がらせた。


「貴方は、クリスティーナ男爵令嬢ですよね。」


「ええ、ロビンとは結婚の約束をしていたのですわ。それなのに、私の生家の事情でこのような事になるだなんて。アニータさんの実家との輸入共同事業はもう終盤でしょう。これからは私がロビンの力になりますわ。ロビンと別れてください。」




「・・・・・・」





クリスティーナの話を聞き、誰も声を発しなかった。



アニータは限界だった。



愛していた。誰よりもロビンを愛していた。



でも、もう、、、




その時、応接室に慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。



ノックをしてドアを開けたのは、夫のロビンだった。



「アニータ。クリスティーナがここに、、、、」



ロビンはクリスティーナに気が付き驚く。



「ロビン!嬉しいわ。来てくれたのね。」



クリスティーナはロビンに近づき、腕を絡めた。



ロビンの隣にいるべきは当然アニータのはずだった。



でも、今は当然のようにロビンの隣にクリスティーナが立っている。



銀髪で長身のロビンに寄り添う黒髪の美女のクリスティーナ。



自分との差を見せつけられているようだった。



「クリスティーナ」



ロビンは、クリスティーナの名前を呼び、自分の腕と組んでいるクリスティーナの腕にそっと手を伸ばした。



もう絶えられなかった。



アニータは言った。



「ロビン。私を捨ててください。」





ロビンは、驚愕した表情でアニータを見つめてくる。



その隣で、ロビンにより密着したクリスティーナが悠然と微笑んでいた。




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