明日香エンド

 高校を卒業してから2年が過ぎた。

 一時期は勉強の成果がいまいち振るわず、先生には志望する大学を変えた方がよいのではないかと提案されていたが、明日香が勉強を教えてくれたおかげでなんとか入学することができた。

 今では自分のやりたいことを見つけ、大学では将来カウンセラーになるために心理学について勉強している。

 自分がまだ高校生だった頃は今後の進路について漠然としか考えておらず、適度に勉強して頭のいい大学に入っておけばいいやぐらいの気持ちだったのだが、そんな俺に助言をしてくれたのは飛菜の親友である明日香だった。

「王将くんって、人のお話聞くの上手だよね。王将君だったらすごく気持ちよく話せるし、人の話を聞く職業が向いてるんじゃない」

 将来何をしたいのかまだ決まってないんだよねという言葉に、明日香はしばらく悩んだ末にこう答えてくれた。

 そんな言葉を本気にしてここまで来てしまったのだから俺は何とも単純な男である。

 当時は明日香とはほとんど話したことがなく、顔を合わせたら軽く会釈を交わす程度の仲だったのに今では恋仲になっているなんて、人との縁とは不思議なものである。


「ごめん、ちょっと手伝ってほしいんだけどー。あとひき肉を炒めるだけだからやってもらえると助かる―」

 今日は午後の授業がない日だったので大学が終わってすぐ電車へと乗り、2駅先の明日香の家に合鍵を使って勝手に上がり込んでいた。

 バイトが終わって帰ってきた明日香を出迎え、居間のソファに腰掛けながらくつろいでいるとキッチンで夕飯を作ってくれていた明日香に声をかけられる。

 どうやら俺の幼馴染で明日香の親友でもある飛菜から連絡がきたのでかけ直したいらしい。

 王将は明日香から木べらを渡され、肉が焦げないようにじっくりと炒めていく。

 高校を卒業してからも明日香と飛菜の仲は相変わらずで、暇さえあれば電話やメッセージでやり取りする関係を2年以上続けているらしかった。

「飛菜とはしばらく会ってないけど、……まぁ心配する方が野暮か。あいつがしおらしくなっている所なんて見たことがないし、どうせ元気にしてるだろ」

 付箋だらけのレシピ本を覗き込みながら細心の注意を払ってひき肉を炒めていると、居間の方からは明日香の楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 久しぶりに飛菜と話してみたいような気もするが、今はこのひき肉を焦がさない方が重要だ。ここで焦がしたら明日香に怒られる。

 しばらくひき肉を炒めていたら色が変わり始めたのでみりんや醤油を大さじで測りながら慎重に入れていく。

 大さじはコンロを置いている場所の横にある引き出し。みりんは引き戸を開けて左奥、醤油はその右隣。砂糖は黒い容器に入っている方で中に入っているのは小さじだから大さじ1入れたいときはこれを3杯。

 大学に入ってしばらくは外食ばかりしていたのだが、それでは健康に悪いからと明日香に怒られ、今ではオムライスに似た何かが作れるぐらいには成長していた。

「んー、ひっさびさに飛菜と話せて私は大大大満足なのですよ。ごめんね、急に調理お願いしちゃって」

「別にいいよ、いつも頼りっきりだったからたまには手伝わないと。それより飛菜は元気そうにしてたか」

「まぁいつも通りだけど……、王将が飛菜のことを気にするなんて珍しいね。飛菜たちは明日福岡でライブがあるんだって、ほんといつも忙しそうだよねー」

 明日香から話を聞いてみると、どうやら飛菜が所属しているアイドルグループはいま全国ツアーの真っ最中らしい。

 そういえば、しばらく前に明日香らからそのようなことを聞いていたような気もするが、テレビを付けたら毎日のように彼女たちが映っていたのですっかり忘れていた。

 明日は昼から夜にかけて武道館ライブ、それが終わったら東京まで飛行機で飛んで明後日の朝にはバラエティ番組の収録があるらしい。

 高校在学中から次第に仕事が忙しくなり始め、今ではほとんど休みなく働いていてすごく忙しいだろうが、本人的にはそれでよかったのかもしれない。

 他の人を笑顔にしたいからとアイドルを志すようになり、グループ内で何度か衝突がありながらも今では舞台の上に立ってお客さんに笑顔を振りまいている彼女の姿はとても生き生きしているように見えた。

「あっ、そういえば飛菜から伝言。そろそろ私を振ったことを後悔し始めたかって。土下座をして謝ってくれるなら付き合ってあげてもいいけどって言ってた」

「おぉ、思っていた以上に元気そうだな。残念だけど俺には明日香がいるからそれは一生ないと思うよって言っておいて」

「へへへ、ありがと。もしそんな言葉で揺らぐような半端な気持ちで私から明日香を奪ったなら一発殴っといてって言われてたから安心したわ」

「あいつアイドルになっても物騒な考えしてるな。そんなことよりもう少しで炒め終わりそうだからお皿出してほしいかも。そろそろ焦げそう」

「わっ、大変。いま準備するからちょっと待ってて、飲み物お茶でいい?」

「あーい」

 王将はコンロの火を止めて出来上がった料理をお皿へとよそい、木べらを流し台の上に置いてお皿を居間の方へと持って行く。

 昨日の金曜ロードショーを録画しているのでそれを見たいような気もするが、飛菜が出演するバラエティ番組が9時から始まるので明日香はそれを見たがるだろう。

 明日香も今では立派な飛菜のオタクで、飛菜が出演している番組は全てリアタイで追いたいのだと言っていたし、今夜もリモコンの奪い合い戦争が繰り広げられる気がしていた。

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傲慢で高飛車な幼馴染が結婚を迫ってくるがこのままだと俺に明るい未来はない 桜花 @ouka391

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