水上塔
一宮けい
雨宿り
水を多く吸い込んだ、土ぼこりのにおいがする風が強く顔に当たる。さっきまで風もなかったのに、急に。
夕立が来る。
そう思った時にはもう遅く、頭からまるでバケツの水でもかぶったかのように派手に濡れた。口の中に雨が入る。雨の味って、水と違って全然おいしくないんだな、なんてことを考えながら唇を舐め、小走りをしていると、そびえたつ塔が土砂降りの中見えた。ホテルだ。遠くで雷の音が轟く。考える暇もなく近くのホテルへ駆け込んだ。
そのホテルは入り口をくぐると、直通のエレベーターがあり、それでぐんぐん上がっていき、地上からホテルのラウンジへ行きつく。
いかにも高級そうな、そう高級そうな得体も知れないにおいがふんわりと舞っていた。ピンクベージュのワンピースを着た女性が俺を見てぎょっとしていた。スーツにずぶぬれで悪かったな。
そのまま席を案内された。案内してくれたスタッフとは別のスタッフが首から掛けられる真っ白なマフラータオルを差し出した。礼を言うと、乱暴に体を拭き始めて、ついでにコーヒーを注文した。
飴色に光るソファに深々と座り、大きな窓から外を見る。滝のように、このままこの大きな窓が水族館の水槽にでもなってしまうのではないかというほど、激しく水が降り注ぐ。
ポケットの中につっこんでいた本は無残にもぬれて、うねうねと水を吸って波打っている。上からぎゅっと押すと雨がじゅわっと流れる。
「はい、これどうぞ」
顔を上げると、さきほどのドレスの女性がマシュマロのようにもっちりとしたタオルを持ってきて差し伸べてきた。
「
…
そうだよ、と反応する前に、鮎原が向かいの席に座った。
「やっぱりそうだったんですね、でも全然わからなかったです、髪の毛をそうやって上げていると」
俺は普段降ろしているのだが、今は濡れた髪を後ろへなでつけていた。
「雨ってまずいの、知ってました?」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
そう言いながら髪を後ろにかき上げた。
「これ、よかったらこっちも使ってください。大きいので拭きやすいですよ」
鮎原は無造作に頭にタオルをひっかけた。シャボンの香りが頭を包む。
「ふふ、そうしていると槙くんもかわいいですね」
鮎原とは、同じ大学の卒業生で、しかも同じゼミ生、それなのにも関わらず鮎原が敬語をやめないので、俺もそれに合わせて敬語を使っている。
「わたしの連れは集中豪雨の影響で電車が止まってしまったらしく、しばらく来れないそうです」
誰か待ち合わせしているのだろう。そしてバスタオルを持ってきたということは泊まりの客か、いや、スタッフに頼んで持ってきたのだろうか。
「ねえ、もしよかったら教えていただけませんか?」
「何をです?」
「なぜあの時、
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