地獄姫 〜初期ポイントを容姿に全振りしたら、とんだクソザコナメクジに生まれ変わってしまった〜
相舞藻子
Prologue
スカーレット・ムーン
人々が神秘の存在と、その恐怖を忘れてから2000年。
誰にも何にも感謝せず、ただひたすらに地球を食い潰す彼らに対し、”怒り”を向けるモノが居た。
20年前、日本の
強大な力を持つ、怒れる魔王である。
魔王はのうのうと生きる人類に罰を与えるべく、強力な”呪い”の込められた一撃を空に放ち、月は呪いに染められた。
月にかけられた呪いは、人々の心を蝕み。不安と恐怖を増殖させ、恐ろしい”悪夢”を見せる。
そして、恐れ慄く人々の心の隙間を縫うように、悪魔たちは次第に地球へと手を伸ばし始めた。
”地球を人類から奪うため”。
こちらの世界にやって来た悪魔は人類よりも遥かに優れた力を持っており、人々はそれにさらなる恐怖を覚える。
人類が悪魔という天敵と遭遇してから、およそ20年。
かつて魔王の降臨した大地にて、人と悪魔の物語は幕を開ける。
◇
高校生くらいであろうか、暗い茶髪の少年が道を行く。
別段、目立った様子はなく、少年は他の市民の中に紛れている。
首には、”USBアダプター”のついたネックレスが着けられているが。この街では珍しくないのか、特に注目を集める様子はない。
「おはよう」
声をかけられて、少年は足を止める。
目を向けると、そこに居たのは少年と同い年くらいの少女であった。
とはいえ、一般市民に溶け込む少年とは違い、少女の見た目はかなり奇抜である。”人並み外れた美貌”に、”真っ白な髪の毛”ともなれば、流石に注目を集めてしまう。
その少女の首にも、USB付きのネックレスがかけられていた。
「今日もいい天気ね。本当に、殺意が湧きそうだわ」
少年と少女は友人か、それともクラスメイトなのか。学校に向けて、肩を並べて歩き出す。
――電子精霊の脅威。
――悪魔の違法プログラム。
――魔の手はすぐ側に迫っている。
手に持ったスマホの画面に、様々なニュースが移り変わる。画面に現れるのはどれもこれも”悪魔絡み”のニュースであり、気になったものがあるとその詳細が表示される。
スマホは手に持ったまま、特に指で操作しているような様子はない。”全て頭で考えるだけで”、スマホの操作を行っていた。
そしてこの様子も、この街ではおかしな事ではない。
「何か、面白いニュースでもあった?」
少女が覗き込んでくる。
「……そう、また悪魔が出たのね」
少年が見つめる記事は、つい昨日起きたばかりの事件。
”悪魔による事件”である。
「どうするの? わたしは構わないわよ」
少女が囁く。まるで悪魔のように。
太陽の照らす時間、昼間は人類の時間である。多くの悩みから開放され、人間社会を回していく。
少年と少女もその社会に紛れる一部であり、昼間は普通に学生として過ごし、何の変哲もない生活を送っていた。
しかし、夜の帳が下り、月の光が大地を照らす頃。
人々は恐れるように活動を潜め、その代わりに悪魔の時間がやって来る。
まるで何かから逃れるように、一人の男が路地裏を駆ける。
男の肩付近には刃物による傷跡のようなものがあり、”真っ赤な粒子”のようなものが漏れていた。
その表情には焦りがあり、苦痛に汗を流している。
そんな男の前に、少年と少女が立ちはだかる。
昼間と同じ学生服、昼間とは違う表情で。
「何だ、お前たちは」
焦った様子の男に対し、少年は右手を伸ばす。
右手の人差し指には、”黄金に輝く指輪”がはめられていた。
「――ビンゴね」
少年の後ろで、少女は愉快げに笑う。
それは、王の指輪に選ばれし、一人の若者の物語。
月の狂気によって何もかもが歪んだ世界で、誰のために戦うのか。
『スカーレット・ムーン』
好評発売中。
都会のど真ん中、夜中の街頭ビジョンで、そんな映像を見た。
◆
(買っちまった)
もとより青年は、ゲームをするような性格ではなかった。
年上の”兄”が物静かでゲーム好きだが、それが原因の一つなのかも知れない。
しかし、PVかCMか。街頭ビジョンで見たその映像が、どうしても脳裏に焼き付いてしまい。気がつくと彼はゲームを買っていた。
一人暮らしのマンションには当然のようにゲーム機など無く、彼は自前のパソコンでゲームをすることに。
最新のアクションゲームであるこのソフトが、果たしてこのパソコンで動くのか。それすらも定かではないが、まるで引き寄せられるようにゲームを起動していた。
適当にキーボードを押していくと、まず始めに主人公のステータスを決める画面になる。
ステータスは、
・筋力
・器用
・健康
・知力
・容姿
という5つの項目であった。
これらの項目がゲームにどのような影響を及ぼすのか、ゲーム初心者である彼にはまるで分からない。
しかし、ここを適当に割り振っても面白くないので、色々と試してみることに。
アクションゲームなら戦闘力に直結しそうな筋力を上げればいいのか。
武器を使うようなら、この器用さも重要になるかも知れない。
この健康というのは、体力値に関係があるのだろうか。
もしも魔法等で戦うなら、この知力も必要かもしれない。
ゲームの仕組みすら理解していないのに、彼は最初の設定に悩みまくる。
そして、色々とポイントを弄るうちに、最初に決められていた数値よりも、”更に数値を下げられる”ことに気づく。
どの数値も初期値は1だが、0を経由して-1まで下げ。その余ったポイントを、他の項目に割り振ることができる。
「フッ」
そうこう弄っているうちに、ほぼ全ての数値が-1になり、ポイントの全てが”容姿”に割り振られた、極端なキャラクターが出来上がる。
どう考えても、まともにアクションゲームを行うステータスではない。
しかし、悩んだ末に彼はそのままゲームを始めることに。
あくまでもゲームである以上、これでもある程度は楽しめるはず。もしも、途中で詰んでしまう事があっても、”また初めからやり直せばいい”。
そんな考えで、エンターキーを弾いた。
すると、画面にメッセージが表示される。
『この能力の数値では、物語の進行に致命的な影響が予想されます。本当に、これでよろしいですか?』
彼はメッセージを読み終えると、カーソルを”YES”の位置まで持っていき、クリックする。
『これが最後の警告です。本当に、後悔はありませんか?』
「ハッ」
極端なステータスだからといって、そこまで警告文を表示する必要があるのか。
ゲームの表現、もしくは演出に、思わず鼻で笑ってしまう。
彼はもう一度、カーソルを”YES”の位置に持っていき、クリックをした。
その時の音。
クリックをした際の、”カチッ”という音を、彼は一生忘れないだろう。
突き刺すような光が、ディスプレイを通して青年の瞳に入り込む。
それが彼の見た最後の光景だった。
◆◇
(……何が、起きた?)
聞こえてくるのは、一定の間隔で鳴る電子音のみ。それ以外には何もなく、ひたすらに静寂が感じられる。
目を開いてみようとするものの、なぜだか上手く開けない。微かに光は感じられるものの、ずっと閉じられていた扉を開けるように、不思議と抵抗感があった。
それでも、身体の他の部分も動きそうもないので、なんとか懸命にまぶたを動かし、ゆっくりと視界が生まれ始める。
感じられるのは強烈な光。
これほど眩しいものがこの世にあるのか、意味も分からず。耐え続けると、次第に像が浮かび上がってくる。
光と同化して気づかなかったが、彼が居たのは”真っ白な病室”だった。それもただの病室ではない。ベッドは唯一つであり、それを囲むように大量の機材が置かれている。
そして、信じられないことだが。機材から伸びる大量の管は、明らかに”自分の体”に繋がれていた。
(マジかよ)
まるで、ずっと眠っていたかのように。瞳はおろか、その他の部分も上手く動かせない。
なぜならその”小さな体”は、産まれて初めて動き出したのだから。
室外のネームプレートに書かれた名前は、『
文字通り、かぐや姫のように美しい、”10歳の少女”であった。
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