少年は謳い、少女は笑う

春乃ねこ

プロローグ  俺の横に座る少女は自称宇宙人

「こんにちは。中井なかいれん君」


「……………」


 お弁当片手に中井蓮という少年の前の机にやってきたのは一人の少女。黒髪のロングヘア―をなびかせ、微笑みを浮かべている。


 そして、声を掛けられた少年は一切少女の方を向かずに、ムッとした表情を浮かべながら言う。


「今日もここで飯を食うのか?」


「はい!」


 笑顔で返事をする少女。普通の男子高校生なら、特定の女の子に、しかも美人なクラスメイトに昼食を共に過ごしてほしいと言われたならば、「No」という人はいないだろう。


 しかし、蓮は特に何も言わず、目の前の小説を読み続けている。机の上には完食された、空っぽの弁当箱が広がっていた。


 少女は蓮の返事を待たずに前の席の椅子を持ってくる。これがまた、いつも通りの流れかのようにすぐに椅子を蓮の方向に向けると、ゆっくりと座った。


「相変わらずお弁当を食べるのは速いんですね」


「腹、減ってたからな」


「確かに。体力測定なるものは結構肉体に響きました。地球人は自分の能力を測るために自ら限界にまで追い込む作業をする、いわゆる『ドМ』なのかなというのが正直の感想です」


「地球人みんなを『ドМ』扱いするんじゃねーよ。みんなやりたくてやっているわけじゃねーんだから」


「失礼。でも、みんなではなく一部の方は楽しそうでしたが」


「そりゃ、自分の体力に自信がある奴は楽しそうだろうな」


「私も体を動かすのは好きなのですが、体力測定自体はあまり楽しいものではありませんでしたね」


 さっきの微笑みから少し疲れたような顔へと変化する。よほど疲れたのだろう。


 早速、少女はお弁当の箱を開ける。半分は白米で、真ん中に梅干しが乗っている。半分はおかずが乗っていて、卵焼きとほうれん草のおひたしと、若干焦げかけている鮭が少し。そして、ミートボールが入っていた。

 そして、さっそく箸でミートボールを掴み、食べ始めた。やがて、笑顔に戻っていく。


 蓮もまた、そんな少女には目もくれずに一ページ、また一ページと本を読み続けた。


 そんなありふれた日常。しかし、先ほどの会話の中で、確かに妙なやり取りがあった。


「にしても、お前いつまで宇宙人騙ってるんだよ」


「む、まだ私のことを宇宙人と騙る頭のおかしい宇宙ヲタだと思っていますね!」


「当たり前だろう」


「いいですか、何度でも言いますが、私は地球の外、無限に広がる宇宙空間を経て来た宇宙人ですよ!」


「何度も聞いたわ、そのイタイ台詞」


「む、イタイ言うなー!事実だー!」


 そう、蓮と一緒にいつもお昼ご飯を食べている少女は、自分を宇宙人と名乗る変人だった。



「にしても、中井さんは相変わらずお一人で過ごされてますね」


「五月蝿いな。佐藤さとうだってそれは変わらんだろう」


「む、人聞き悪いなぁ〜。私だって今日は数回人類との接触を試みました。全然接触しようとしない貴方とは違って」


「俺のことはどうでもいいだろう。で、結果は?」


「『ねえ君、宇宙に興味ある?』って聞いたら拒絶された挙句逃げられました。いや、ほんと宇宙に興味ある人いなさすぎでしょ」


「他の人に迷惑をかけるな。第一、急に話しかけるや、『宇宙に興味ありますか?』と聞かれたら身の危険を感じて正解だろう。怪しい奴だと思われるぞ」


「むぅ、確かに…」


「それに、何故この学校でそんなことを聞くんだ?もっと他にあるだろう。例えば宇宙専門機関とか」


「いやいや、そんなところで仮に私が宇宙人だと言ったところで信じてもらえないでしょう。それに、仮に私の能力を見せつけた場合、この惑星で私は安泰に過ごすことはできなくなるでしょう。何か変なことされそうだし」


「おい、宇宙専門機関に謝れ。そんな怪しい機関ではないだろうに。そんな情報は小説の話だけだろう」


「まあ、確かに私は宇宙に関する小説をいくつか読ませていただいたのもあるでしょう。ただですね、私が宇宙人だと言い張る宇宙ヲタと認識されるのはそう悪いことでもないのですよ」


「はあ」


「む、興味なさそうだなぁ。私が推測するに私がいくら宇宙人だと主張しても信じる人はそういないでしょう。私の隠された能力さえ見せなければ」


「ほう、佐藤は宇宙ヲタだけでなく厨二病でもあったのか。興味あるな」


「なっ!?厨二病って失礼な。私は完全な少女です。『俺の右手はァ!』などと呟く予定はございません」


「隠された能力とほざいてる時点で厨二病確定演出なんだわ」


「まったく…。まあ、貴方にもこの能力は見せる予定ありませんけどね」


「見せんでいい。あー、怖い怖い」


「む、興味なさそうですね。私の隠された能力の話はもういいです。話を戻しますと、宇宙人と言い張ってもこの星では信じてもらえないのです。ただ、今後万が一宇宙人に出会ってしまった場合どうすればいいかを皆さんにお教えしましょう」


「皆さんって誰だよ。あと、出会ってしまった場合って。そんな経験しないだろ」


「いや、目の前にいるじゃないですか」


「……………」


「本を読みながら私を怖い目で睨まないでください。わかりました、すぐ言いますね」


「はあ」


「もし、宇宙人に出会ってしまったら、まずは通報しましょう。それこそ宇宙専門機関あたりに」


「意外だな。仲良くなりましょうとか言うのかと思った」


「まあ、そりゃ仲良くなることが一番なんですけど。そう、宇宙人舐めない方がいいですよ。なんだって遠路はるばる銀河を越えてお越しになってるんですから。文明レベルが桁違いですよ」


「まあ、確かに」


「それにですね、他の星に着陸する宇宙人って、大抵偵察部隊ですから。まあ、大方の調査は無人の観測衛星で終わらせる場合が多いとか少ないとか」


「どっちだよ」


「それは、私にはわかりかねます。しかしですね、そんな偵察部隊を前に一般の人が太刀打ちするのはハイリスクすぎます。それにもし宇宙人と喧嘩すると、この星はさよならー、なんてこともあるかもですね」


「なるほど、意外と説得力はあるな。暇つぶしに聞く価値はあった」


「む、ちょっとムカつく。まあ、でも宇宙専門機関に通報した方が良い理由はおわかりいただけたでしょう」


「まあ、な」


「やっぱり興味なさそうじゃないですか!」



 予鈴がなり、話は終わる。ちょうど、佐藤と呼ばれる少女が食べ終わった頃であった。

 少女が、明日を元に戻し、自席に戻っていく。まあ、蓮の隣の席なのだが。


(どうして、俺は宇宙ヲタ少女とこう毎日昼休みを共に過ごすことになったのだろうか)


 昼休みの終わりに、蓮は毎度そう思う。

 そしてその度に、この数日間を思い出す。


 思い出したところで、答えは出るだろうか?やはり、でないだろうか?

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