第1話 初めまして、私は宇宙から来た宇宙人です

 始業式の日、中井蓮は自称宇宙人と出会った。


 新学期の学校は桜が舞っていて、ところどころ桜の絨毯ができている。短い春休みが明けて久しぶりに友人に出会えたのが嬉しいのか明るい声が飛び交っている。


 そんな中に中井蓮もいた。しかし、彼の横に友人の姿はない。学校の中庭に張り出された新クラスの名簿を見るや、すぐに新クラスに向かっていった。


 廊下には多くの人が友人や彼氏彼女と話している。きっとクラスが離れ離れになったのだろう、泣いている人や抱きつく人もいた。


 そして、蓮は新クラス、2年1組の教室に入る。

 教室にはそこまで人はいなかった。実際、席に座っている人の中には静かに机の上に置かれた資料に目を通してる人や、新しいクラスメイトに話しかけては携帯電話のメールアドレスを交換したりしている人がいた。


 蓮は教室の真ん中くらいの席に座る。隣にはまだ誰もいない。それから、机の上に置かれた資料に目を通す。ざっと読み終えると、鞄から文庫本を取り出し読み始めた。

 中身はSF恋愛小説。宇宙人が地球に偵察にやってきて女子高生として学園生活を送り、その学園で出会う男の子と恋をするお話である。ただ、宇宙人は自分が宇宙人として気づかれてはいけないので、途中気づかれるかもしれないシチュエーションが組み込まれた、ハラハラドキドキさせられる小説だ。

 しかし、蓮の顔を見てもハラハラドキドキしてそうな顔ではない。むしろ真顔で少し怖い。


 数分小説を読むと、学校の予鈴が鳴った。瞬く間に人が入ってきて、すぐにほとんどの席が埋まった。一つの席を除いて。


 その席は蓮の一つ右の席である。だが、そんなことに蓮は目もくれず、ひたすらに一ページ、また一ページめくっていく。


 遂に本鈴が鳴った。その時、教室に二人入ってきた。一人は四十過ぎの強面の男。そして、もう一人は高校の制服を身に纏った黒髪ロングヘアーの少女。


「おはよう、新しいクラスメイト諸君。私はこのクラスの担任になった小高おだか俊男としおだ。教科は国語。よろしく頼む。では君、そこの空いている席に座って」


「はい」


 微笑を浮かべた少女は小さく答えると、蓮の横の席に座る。ようやく蓮はその少女を認識する。初めて見る少女。いや、ここの教室の大半は知らない人だらけなのだが、それでも一度か二度くらいは見たことのある人だらけだ。それとは裏腹にその少女は一度も見たことがない。そして、担任と一緒に来たということは転校生だろうか。


「始業式までは小一時間くらいある。よって、今から前に出てもらって自己紹介をしようと思う。では、出席番号順で青木から」


 青木と呼ばれた男が起立し、前の教壇まで歩き、皆の方を見て自己紹介を始める。


「俺の名前は青木遼馬。野球部に入っていて、──」


 蓮は全くと言っていいほど興味がなかった。ただ、こいつが新クラスにいるのか程度。中身もほとんど聞いていなかった。


 そこから、石川、上野、江崎と自己紹介が続いていく。そして、続いていく過程の中で、名前でさえも記憶から飛びつつあった。


 そして遂に、蓮の横に座る少女の番になった。転校生とだけあって皆からの視線がより集中した。


 彼女はゆっくり深呼吸し、笑顔を浮かべて、決して大きくない声で、言った。


「初めまして、佐藤さとういちごと言います。そして、私は宇宙から来た宇宙人です」


 クラスメイトの全員の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。そう、確かに少女は宇宙人と言った。自分を嘘偽りのない宇宙人だと称した。


 ここまで全くクラスメイトの自己紹介に興味を示さなかった蓮は遂に顔を上げた。そして、少女の顔を見る。いまだに微笑を浮かべているがそれが一層不気味に見える。そして、それは皆もそうだろう。


「地球という星に来てからはまだ日が浅いです。なので、色々教えてください。よろしくお願いします」


 この人は、ひょっとしてギャグで言っているのだろうか。だとしたら笑えない。いやもしかしたら誰かは笑ってくれるかもしれない。しかし、少なくとも教室の空気はひどく凍り付いている。


 少し考えてほしい。こんな流暢で日本語を話す宇宙人はいるのだろうか。しかも、宇宙人が自分のことを宇宙人と言うだろうか。あのSF恋愛小説でも自分が宇宙人だとバレないように振る舞っていたのに。それに、少し間違えばとある機関で身体検査されてもおかしくない。


 結論、自分を宇宙人だと称す頭のおかしい人だ。


 最悪な空気で佐藤いちごの自己紹介は終わる。彼女は席に戻ったが、彼女の周りにだけ謎の空間が生まれているような気がした。


「お、面白い転校生が来たものだな…」


 担任教諭がコメントを残すが、どこかぎこちない。強面の顔が引き攣っている。


 自己紹介はその後も続いた。各々が彼女のようにはならないよう気をつけて発表する。そして、その空気の中で中井蓮の自己紹介が始まった。


「中井蓮です。好きな食べ物はカレーライスです。よろしくお願いします」


 この自己紹介をいったい何人覚えることができただろうか。少なくともそれに関してはいちごに見劣りする。しかし、最初から事故を起こしてしまうよりかは幾分マシな自己紹介である。しかし、そんな自己紹介に誰が興味を示そうか。少なくともその後自己紹介した守山雫のほうが七百倍盛り上がる自己紹介だ。


「こんにちわ!25番の守山雫です!ダンス部に所属していて、趣味は踊ることと歌うことです。ぜひ仲良くしてください!よろしくお願いします!」


 元々人気のある彼女であったが、その理由が大体わかるような、そんな自己紹介だ。気軽に接することのできるカリスマ性を持った彼女に、今後何人群がるだろうか。


 その後数人の自己紹介が行われ、計30人の自己紹介が終了した。


 今回のMVPはやはり守山雫だろう。ホームルームが終了し、休み時間に突入したところで、彼女を軸に女子のほとんどがたむろっている。


 ただ、その中にいちごの姿はどこにもない。一体どこに消えたのだろうか。


「こんにちは♪」


「……………」


 いた。いちごはなぜか蓮の目の前にいた。正確には机を挟んではいるが。そして、声をかけられた当人は面倒臭そうな顔を浮かべながら黙りを決めていた。


「おや、聞こえませんでした?こんにちは、中井蓮さん」


「聞こえている。俺に何の用だ」


「ツンツンしている貴方を心をほぐしに♪」


 相変わらずある意味怖い笑みを浮かべるいちご。しまいには語尾に「♪」まだついている。最近の宇宙人の流行りだろうか?


 しかし、蓮の様子に変わりはない。


「要らん」


「む、貴方もしや無礼だな」


「…悪ィ。確かに、初対面の相手には少し失礼だったな。迂闊だった。だが、嫌な予感がしたからな」


「む!なによ、嫌な予感って」


 先程の笑顔は消え、苛立ちに変わるいちご。茶色の目には赤い炎が迸っている。


 ただ、蓮に怯む様子は見えない。


「転校初日から自分を宇宙人と称す頭のおかしい人から何かされそうだったから」


「ふ、ふん!そう、その言動、私への敵対行為とみなすけどいいかしら?可愛いこの私と今後喋れなくなるわよ」


「それが、俺に今後どんな問題があるんだ?」


 数秒間睨み合う二人。まるで今から血で血を争うかのようだ。一体この後どうなってしまうのか!?


「…………クスッ」


「は?」


「アハハハハ!」


 急に呆然と佇んだ矢先に何故か笑い出すいちご。もちろんその状況に戦慄する蓮。状況がいまいち理解できない。もしかして、いちごは頭のイタイ人ではなくサイコパスキャラだったのだろうか?


「貴方、面白いのね。ふーん、地球人にもこういう人いるんだぁ。みんなけっこう優しかったり、裏表激しそうな人だったり、面白みのなさそうな人ばかりだったから退屈してたのよ」


 無愛想に言葉を返す奴の一体どこが面白いのだろうか?いちごの面白いの基準を知りたい。


「地球人はそんな奴らばっかりじゃねぇと思うんだろうけど」


「まあ、世界なんて広いしね。だけど、ふふっ、でも話しかけて正解だったわ」


「なんで?」


「だって君、私とおんなじ雰囲気がするんだもん」


「うわ、頭おかしい人と雰囲気同じとか、まじ最悪なんだが」


 本当に嫌な顔をさせる一匹狼の蓮と、笑顔で明るく笑う、頭のネジが数本飛んでそうな少女いちご。そんな二人が雰囲気が似てるって、意味不明だ。どこをどう見れば雰囲気が似てると思えるのだろうか?ボッチの雰囲気だろうか?


 しかし、そんな会話も打ち切りとなる。


『まもなく、始業式が始まります。生徒はアリーナ棟の大ホールに集まって下さい』


 始業式の集合をかける放送により皆が移動し始める。やっと解放されると、蓮は安堵の息を吐く。そして、いちごは去り際に振り向いて言う。


「せいぜい、私を退屈させないでよ。地球という星がどれだけ楽しいのかを体験するために私は高校生活とやらを始めたんだからさ」


「なぜ、俺がお前の退屈しのぎをせねばならんのだ」


「だってー、その方がなんか楽しそうじゃん?」


「語尾に「?」を付けるな。自信を持てよ。いや、そんな自信を持たれても困るのだが」


 徐々にツッコミに徹し始める蓮。蓮自身もまさか新学期初日に転校生とまるで漫才のようなやり取りをするとは思ってもなかった。

 今後も蓮はツッコミキャラになるのだろうか?


「ほら、一緒にアリーナ棟に行くよ♪」


「一緒かよ…」


「だって私、アリーナ棟ってどこにあるかわからないし」


「だとしても他の奴らと一緒に行かないのかよ」


「君、さっきの話聞いてましたー?蓮君が私を楽しませてくれそうだから、一緒に行きたいだけじゃない」


「俺を勝手に巻き込むな」


「む。お前に拒否権などない」


「あんまりだ…」


 とりあえず、体育館へ連れて行くためにまた蓮といちごの会話は始まりそうだ。ただ、蓮の安堵の息はすでにため息に変わっていた。

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