声技の見方
トン之助
あめんぼあかいな あいうえお
「
声優養成所で言われた事を気にしながら憂鬱な月曜日のアスファルトを蹴っていた。
「そんな事言われてもこちとら児童劇団では天才って言われてたんだよっ!」
文字通りアスファルトを蹴りながら鬱々とした気持ちをローファーと一緒に吐き出していた。
昔の威光と言えば聞こえはいいけど私にだってプライドはある。昔は昔、今は今と世の中は言うけど昔の積み重ねで今があるんじゃないか。
おっ! 私今いい事言った!
「おーい
「ごめん、わざと」
片手で私のローファーをプラプラさせながら門扉を閉めるのは同じ
「お母さんが驚いてたよ」
「なんて?」
「"誰かが家の門にドロップキックでもしてるのかしら"って」
「ぶはっ!」
そんな冗談を言う彼女の名前は
しかしながらその性格はゴシップ大好きの情報屋。最近では新聞部に入部して学校中のスキャンダルをスキャニングしている変な女だ。
「いい加減ドロップキックはやめなよ。そのうち人に当たって慰謝料請求されるよ?」
「いやいやいや、色ちゃんの家にしかしないって」
「なお悪いわ!」
彼女の肩を借りつつ憎らしいアスファルトをローファーで叩く。
「最近荒れてんね?」
「わかる?」
「肌がくすんでる」
「マジ?」
「目も死んでる」
「嘘!?」
「ちょっと太った」
「太ってないわっ!」
きっとこれは彼女なりの私への優しさ。
確かに肘のあたりはカサカサしてたし、朝鏡で見た時は目のクマさんが気になった。体重計は1週間前からベガスにバカンスに行くって言ってたから気にしない。
「ほ、ホントに太ってる?」
「ハハッ」
「どっちだこんちくしょー!」
早くバカンスから戻って来ないかな。
「で、何があったん? お姉さんに言ってみそ?」
「お姉さんって……ウチの方が誕生日早いんですけど?」
「チッチッチッ。経験がものを言う時代なんだよ歌恋さん」
「経験?」
何を自慢げに腕を組んでるんだよ。
その腕に乗った膨らみを胸部装甲ごと揉みしだくぞ?
「私、この前月詠劇場の近くで
「うそうそうそ!? えっ!? マジ!?」
芸歴数十年の大ベテランで私の憧れの声優さん。ラジオやナレーションなどを主戦場にしきた彼女はここ最近の風潮でメディアへの露出も増えてきた。
おっとりしたしゃべり口調とは裏腹に役になれば女マフィアのボスや旅館の女将さんなど多岐にわたる表情を見せる。声の演技だけでなく、舞台女優としての活躍も多い。
「マジのマジ! 土下座して靴舐めるんでサイン下さいって言ったら引いてたわ」
「そりゃそうでしょうが!」
思えば目の前のこの女とも育音寺さんが共通の話題だったっけ。
「私より先に会うなんてアンタどんだけ前世で徳を積んだのよ〜」
「ふふんっ! 称え敬え崇め奉れ!」
憎い憎い憎い憎いにくぃぃぃ!
この女に必殺のドロップキックをお見舞いしようかと本気で思っていると彼女は勝ち誇った顔で言葉を発した。
「歌恋の分もサイン貰ったんだけ……」
「土下座します! 靴舐めます! 上から下まで一生アナタのお世話をしますから! どうか、どうか〜」
昔の武将は風林火山になぞらえていたけれど、私の転身は光よりも早いのよ!
「きもちわるっ! 上から下までとかどの口が言ってんのよ」
「文字通り上から下まで。おばあちゃんになっても一生一緒にいようね!」
「きもちが悪ぅござる」
推しのサインを貰えるならこの女の世話も辞さない。
「心配して損したわ」
「早くちょーだい?」
「帰りに家に寄ればいいじゃん」
「今ちょーだい?」
「がめついな」
「さっさとちょーだい?」
私は何を悩んでいたのかしらね。
そんな彼女は渋々と言った様子で玄関の扉を開けて一言。
「おか〜さ〜ん。ドロップキック女捕まえた〜」
「ちょっ! ちょちょちょちょ!」
私は彼女の襟を強引に掴むと急いでその場からダッシュする。
「何言ってんの!」
「いやいや犯人確保だが?」
引きずる私と引きずられる彼女。
まったく、ホントに私は何を悩んでいたんだろう。
「ってかさ、朝日眩しくね?」
「それな! って、いい加減自分で歩け」
「お姫様抱っこしてよ歌恋」
「やだよ。色ちゃん重いし」
「喧嘩売ってんの?」
「いっつもタイムセールしてんじゃん」
「言ったなこの!」
「あっはは! 文学少女の足じゃ追いつけ……おわっ! ちょちょちょっ」
――春、新しい季節の出逢いはよくわからない女だった。
五十音の最初の出だしを唱える時もこんな気持ちで言えばいいのかな。
あめんぼあかいな
あいうえお
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