♯96 サミーズの願い

 サミーズさんから浮島の伝承を聞いて、依頼も説明してもらった上で引き受けた俺達は、早速、浮島の聖地へと向かった。


 レンが操縦する、古びた、UFO型のフローターの助手席に乗りながら、浮島に生えている世界樹を見て考える。

 世界樹は世間の喧騒を知ってか知らずか、今日も陽の光で清々しい緑を映えさせていた。


「…………」

「考え事?」

「いや、サミーズさんの話してくれた伝承に所々、疑問が浮かんできてさ」


 まあ、単に作り話っぽいなと感じただけだ。サミーズさん程の人が信じてる話だし、神と魔法が実在するこの世界だ。きっと本当の事だろう。


「その疑問を解くのが、『考古学者』ってやつじゃないかな。

 伝承なんてものは、教会のものだろうと人々の間で語られるものだろうと、時代を経る事に、どうしても変わってしまう。

 でも、元になった出来事はあるはずなんだ。空想だとしても、周囲が納得しないと伝わらない筈だからね」

「なるほど」


 現世での父さんが言いそうな事だと思った。

 そうして父さんは考古学者になったんだろうか。そんな父さんを見て憧れて、(前の)パティも考古学者に憧れたんだろうか。




 というわけで浮島の聖地地区に到着した。

 周囲に浮島アルビウムの警備兵がゾロゾロ居て立入禁止になっている。

 なのでサミーズさんからの依頼状を見せる。するとあっさり通してもらえた。


 遠くからでも分かったが、聖域はニュース通り地面が大きくえぐられ、かつての避難所の遺跡と、最近になって作られたような最下層の施設、両方の内側が見えていた。


 ……ついでに俺達も警備兵達から不審な目で見られていた。


「せっかく仕事の助けに来たっていうのに、この視線。ちょっと酷くない?」

「彼等にもプロとしての挟持きょうじがあるんだよ。

 自分達が調査してるのに、そこへサミーズさんの紹介とはいえトラブルシューターが入ってきて勝手に調べてるんだ。気持ちのいいもんじゃ、ないんだよ。

 あまり刺激しないで」

「挟持、ねえ。

 だったらこの前の巨獣が暴れた時も、さっさと仕事して欲しかったけど。

 だってサミーズ御嬢様が捕まってたんだよ?」

「そう言ってあげないで。

 あの時彼らは民衆の避難を優先させていたんだよ。

 たった1人の貴人を助ける事を優先して、多くの一般の人達の安全を放置するわけにはいかないでしょう。

 装備にだって時間が掛かる。

 だから、準備に時間の掛からない僕が救出に行った」



 ……〈竜の巣〉に行った時の事を思いだした。

 あの時、ゴルトの私兵は重武装したような奴らばかりで、レンのように軽装と重荷にならないような装備をした奴はいなかった。

 警備兵も同じく、実力よりも武装頼みなら……。まさか浮島で巨獣が暴れるとは思っていなかっただろうし、あんな重装備、準備に時間が掛かるのも当然か。

 あんな重装備をしなくても巨獣と渡り合えるレンがどれだけ強いのかが伺い知れる。



 …………。


「ねえ、レン」

「何?」

「気づいたんだけど、浮島で暴れた巨獣を連れてきたのって、何とか、っていう男爵だったんだよね?」

「モークレー男爵ね」

「男爵、連れてくる時に護衛の兵をつけてなかってなたのかなあって」

「……君は、あの時フランがお茶を溢して彼女の服を拭いていたからね。聞いてなかったんだね。

 あの時、サミーズさんが巨獣チミセットが暴れた件の真相を語ってくれたよ。


 モンスターテイマーである男爵は普段から魔獣を手懐け善良であれば聖域に保護する活動を行っていたらしい。

 あの日、手懐けたばかりのチミセットを聖域に連れて行こうと浮島まで連れてきた。ところが護衛の中に、チミセットを興奮させないよう武装を解除する、という命令を破り武器を隠し持っていた者が居た。

 それがチミセットに見つかってしまい暴れた……と言っていたらしいよ」

「原因がそれでも、管理者である男爵が重い罰を受けなかったり、地位を剥奪されなかったってのは、納得いかないなあ……」


 レンと二人で、遺跡の下の層にある空洞を見た。そこに男爵が捉え魔獣が棲まされていたらしい。


「サミーズさんによれば、善良な魔獣の保護は教会との共同計画だったらしいからね。

 教会から手が回った事、それから魔獣は『ビーストテイマー』の男爵にしか扱えず、放置するわけにはいかなかった事が、罰が軽かった事の理由だって」

「男爵も教会も、伝承になぞらえて人のように魔獣も救いたかったのかねぇ」

「かもね」


 一般市民はその自分勝手な理想に振り回されて、いい迷惑かもしれない。



 現場の調査を指揮する警備兵のリーダーさんに許可をもらって、最下層にまで降りる。

 確かに、巨獣が何体も入れる程広くて、天井が高い。その天井は……透けて空が見えていた。上から見るとただの平地だったのに。

 レンが言うには、ドワーフ製の特殊素材らしい。


 ……爆発の跡から向こうにはフューベルの大地が見える。


「そこから飛び降りたのかな?」


 崩れた床の端まで行って、下を覗く。


 ……血の気が引いた。浮島に穴が開いていた。自然が見える。高い。恐え……。


「こんな高さから飛び降りたら、いくら図体が高い魔獣でも死ぬだろ……」

「よく見て。下に見える大地に、何かが落ちた跡が無い」

「あ、本当だ。……何故だ?」


 木が倒れてるとか地面がえぐれてるとかいったようには見えない


「どうせ男爵が逃したんだろう」


 遠くで俺達を見ていた兵士達が、肩をすくめて言った。


「宙に浮く運搬車コンパルでも飛空船でも使えば簡単だ。

 それに、事件当日から男爵が姿を消したらしい」

「魔獣愛好家な男爵様の事だ。そうに違いないだろうぜ」

「…………」


 警備兵の話を耳から反対の耳に流しつつ、俺はまだ無傷な壁に手を当てた。


 そしてサミーズさんの依頼を思い出す。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆


「きっと警備兵達はモークレー男爵を疑うでしょう。

 しかし私にはそう思えません。

 彼は、少々間が抜けていますが、心優しい男ですから」

「随分と男爵の肩を持つんですね」

「あの男は、男爵の地位を得る前、私が幼かった頃は、スフィカータ家で執事をやっていたんですよ。なので、よく知っています。

 彼はきっと何かの事件に巻き込まれたに違いありません。


 そこで貴女達に御願いです。どうか男爵の行方を、アルビウムの治安部や本部より先に見つけ、彼を助けてあげて下さい」


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆


「サミーズさんもお人好しだよなあ。あんな目に合わされたのに。それとも何か恩があるのか……」


 男爵はともかく、サミーズさんの言う事は信じてみようと思った。


 壁にも、部屋にも魔獣が暴れた形跡が無かったからだ。捕獲した魔獣を、そいつらの不平が募らないよう、ちゃんと面倒を見ていたに違いない。

 床にも、古い血の跡はない。寧ろ……新しい血の跡と銃弾の跡、そこに挟まっていた薬莢やっきょうを見つけた。

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