♯95 御嬢様、再々来訪訪

 やって来たのは、やはりサミーズさんだった。


 今はソファに座ってもらい、お茶だの何だのを用意するのを待ってもらっている。


 向かいにレンウチの社長が座っている。

 サミーズさんもレンも、お互い何から話していけば良いのか分からずに黙ったままだ。


 俺は二人が話を切り出すタネになれば、と挽き豆茶コーヒーをカップにれてそっと出した。

 が、俺がソファに座ってもまだ、二人はうつむいたままで、動く気配がなかった。

 俺も事情を知っているだけに、なかなか話しかけられない。



 ……こういう重い空気は苦手なんだが。誰か何とかしてくれないだろうか。


 その思いに応えてくれたのは、でち子だった。

 彼女は(良い意味で)空気を読まずに、サミーズさんに話しかけた。


「えっと……サミーズお姉ちゃん。おしごと、持ってきてくれたんでちか」

「あ、ああ、そうです!」


 サミーズさんがパン、と音を立てて両手を合わせると、それで開放されたかのように、部屋中に張り詰めていた空気が軽くなった。


「サミーズさん、依頼というのは?」


 気まずさを振り払うように、いつもの真剣な表情でレンがたずねた。


 それに対してサミーズさんは一瞬、寂しそうな表情をした。

 きっとレンの言い方が他人行儀だったからだろう。


 しかしすぐに毅然きぜんとした顔をして説明してくれた。


「調査をお願いします」

「「調査?」」「ちょーさ?」


「朝のニュース、ちゃんと見てましたよね?」


 ……朝のニュース。


「ごめん、私、眠くて朝ご飯作るのがやっとだった」


 レンなら見ているだろう、と彼女の方を見た。


「僕は早朝トレーニングが捗り過ぎて長引いてしまって、気づいたらニュースの時間が終わってた。

 フランはイングスで動画を見てたでしょう?」


 レンはでち子の方を見た。


「あたちは録画してた『オーガスレイヤー』見てたでち」

「あー、『人種差別だ!』って炎上してた、あのアニメか」


 つまり、今日の朝は誰もニュースを見ていない。


 サミーズさんは頭痛を抑えるかのように額に手をやった。


「貴女達、トラブルシューターとしての自覚が足りませんわ。情報は大事でしょうに。

 ニュースは早いうちに知っておきなさい」

「……何かあったんですか?」


 サミーズさんはインクスを取り出しテーブルに置き、動画を見せてくれた。


『昨夜、アルビウムの聖域地区で爆発が起きました!』


「爆発! 浮島アルビウムで!?」

「警備兵達は一体何してたんだ!?」


 俺達は三人共、食い入るように、煙を上げボロボロになった夜の浮島の映像を見た。


 無情にもサミーズさんはイングスを取り上げて、仕舞った。


「まだ見たいのなら、御自分の物で確認して下さい」


「昨日の夜、そんな事が……」

「偶然の事故が、人為的なものか。狙ってやったのなら、大胆な事をする人が居たものだ」


「……ああ、昨日の夜に聞いた音は、これだったんでちね」


 どうやら、でち子が何か知っているらしい。


「音がしたの?」


 でち子は、さも当然と言うように首を縦に振った。

 そんな話は聞いていない。俺とレンはは驚いてでち子を見る。


「夜中に目がさめて、起きたら遠くでドーンって音がしたでち」

「……え、でち子。そんな遠くの音まで聞こえるの?」


 聖域がどこかにもよるが、浮島は地図上での距離は近いが、高さがある。

 その高さを含めた直線距離で言えば、前のイグニフェルで、ニハルさんや襲っていたコボルド達の居場所を突き止めるよりも、ずっと遠い。


「いつもは聞こえないでちが、きのうは、しずか でちたからねえ」

「そういえば、昨日から7日間の祈樹祭の期間に入りましたからね」

「そうか、もうそんな時期か……」


「『祈樹祭』?」


 思わず声を出してしまった。

 フューベル出身じゃないでち子は、当然、首を傾げてる。


「え……? 貴女は去年も参加していますよね。お話こそしてませんが、会場でお母様と一緒に参られたのを見かけましたが」

「あ……」


 これ、当然知ってる、ってフリしないといけないヤツだったか。

 サミーズさんにはパティは転生者、しかも魂は男、と説明していない。

 なのでバレたら変な目で見られるかも、と焦る。


「……パティは、ほぼ取り戻してきた、とはいえまだ完全には記憶が戻っていないんです」


 ナイスフォロー、レン。


「そういえば、そうでしたね。御免なさい、パティさん」

「いえいえ、お気になさらず……」


 よかった、納得してもらえたようだ。


「それなら『祈樹祭』についても御説明しましょう。それは〈アルビウム〉が浮島になった伝承です。

 もしかしたら、お任せしたい仕事の助けになるかも知れませんし」


 え……。まさか浮島が浮島になった経緯が聞けるのか?

 未だ謎なのか、と勝手に思っていてロクに調べもしなかった。なので有り難い。


「ふぉぉぉ! 島が空を飛ぶお話でちね!」


 フューベル出身ではないでち子も興奮、大喜びだ。

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