#26 エンカウント

「……『人類ひとるい、皆兄弟』じゃあなかったの?」

「何それ?」


 俺は周囲に転がったゴブリンの死体を見渡してつぶやいた。


「レン、あなた前に『魔人さんたちも不用意に殺しちゃいけない』みたいなこと言ってたでしょう」

「ああ、そのこと」


 レンは戦いで体に付いた汚れを拭き取りながら説明した。


「あくまで『基本的に』だよ。他の人類じんるいと協調性の無い者は対象外だ」

「『悪人に人権はない』ってヤツかぁ……」


 きっと平和ボケしてた前世には理解出来なかった言葉が、今は理解できるようになった。良いことなのか、それとも……。



 俺とレンは雑談をしつつ、いや、情報交換をしつつスズちゃんの姿か痕跡を探し た。


「レン。スズちゃんを追いかけようとした時にえらく険しい顔してたね」

「そりゃあ、慌てるよ。――僕はこの仕事をやって、何回か人が殺されるところを見たことがあるんだから」


 トラブルシューターというのは思った以上に大変な仕事らしい。

 ただちょっと……レンの返しがなんか引っかかってモヤモヤする。言葉に出来なくて、スッキリしない。




 やっぱり、この洞窟はゴブリン共の棲家だったようだ。そこかしこに寝床に使っていただろうわらだったり食べた生物の骨だったり――ボロい衣服や装飾品が転がっていた。

 その中に、少女のものは無い、と思う。


「言いたくないけれどスズちゃん、ゴブリンの腹の中、ってことはないよね」

「既にゴブリンたちに食われた、っていうこと?

 ――それは考えられない。

 彼女が入った後、僕がそれを追うまでの時間差を考えて。殺すだけならともかく食べきる時間なんてなかったはずだ。ここに来るまで一本道だったからね」


 ……確かに。それに、骨や衣服まで食べられないだろうから捨ててあるのだが、ここにあるのは人間以外の物か古くなったものばかり……。


 ちょっと待て、衣服!?

 俺はポケットから、道中で見つけたリボンを取り出した。


「レン、これ! スズちゃんの着けてたやつじゃない?」


 レンも周囲を調べていたが、俺がリボンを見せると、寄ってきた。


「……ああ、これはきっとスズちゃんのもので間違いない。

 ――パティ、これをどこで?」

「ここに来る途中。岩陰に隠れるように落ちてた」

「――スズちゃんの行方に気を囚われて、見落としてたのか」


 レンはしばらく考えると、言った。


「よし、パティ。君はそれがあった辺りを調べてみて。

 僕はこのまま、この辺りを探す」


 レンはそう言うと、腰に付けたホルダーから銃を取り出した。


「……これを持っていって。君が持っている威力の弱いショックガンだけじゃ頼りなくなるかもしれない」


 「え?」と驚いた顔でそれを受け取る。

 今まで俺が洞窟に入ってくるのを良しとしなかったレンが俺に『一緒にスズちゃんを探してくれ』と伝えたのだ。そりゃあ驚く。


「いいの? 私、あなたの言いつけを破ってここまで来たのに」

「今更『帰れ』とは言えないでしょ。

 それに、どうやら君も一緒に来て問題ないようだ。

 ――でも、くれぐれも君自身も気をつけて。でないとマーシュさんに申し訳が立たない」


 リボン1つを拾っただけで認めてもらえたようだ。……いや、それだけでも力になると思われたんなら、俺としては結構だ。

 ゴブリンはレンが全て倒してしまった事も理由の1つかも知れない。


「分かった、逃げることを優先するよ。

 何かあれば、通信板インクスで連絡すればいいんでしょ」


 俺はポケットの中からインクスを取り出し、振りながら見せて確認した。


「そう。しつこいけど大事なことだからもう一度言う。無茶はしないでよ」

「了解」



 インクスはしまって、改めてレンから渡された銃を見てみる。


「……これ、相手を殺せる奴なんだよなあ」

「そういうの苦手?

 どっちにしろ、使わずに済むことを願うよ」

「同意」


 銃はしまってレンに背を向け、俺は一人リボンの落ちていた場所へと向かった。




「それにしても……スズちゃん、どこに行ったんだろうなあ」


 リボンが落ちていた場所を探す。

 ここにも石がゴロゴロしているが、ゴツゴツした凹凸の多かった入り口近くよりは歩きやすい。――他には石柱があるだけ。それ以外何も……


「ひッ!?」


 骨があった!?


 しかしよく見ると人骨じゃあない。獣の骨だ。

 ここでもゴブリンは狩ってきた獲物を食べていたんだろうか。……いや、それにしては数が少ない。ゴブリンはあんなにいたのに。


「――ゴブリンのうち誰かがつまみ食いしたのか?」


 割と隅っこの方にあるし。


 ――ん?


「――風?」


 今、ほんのわずかに風、というか空気の流れを感じた。

 しかしここは洞窟の中ほど。入り口から風が入るはずもない。

 可能性があるとすれば……どこかにすき間があって、そこが外につながっているとかだ。


 ――が、見渡してもそんな場所はない。

 天井にも、そして壁にも。壁を触って調べていっても、やっぱり何もない。ほ


「うぇあァァァ……!!」



   落とし穴だ!

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