第1話 道化師、出会う

「──はっ……!」



 い、今の声は、いったい……?

 体の痛みはない。むしろ、日々の疲れすら吹き飛んでしまったように体が軽い。

 清々しい……こんなに気持ちのいいのは、いつぶりだろうか。

 まるで、まとっていた衣服をすべて脱ぎさってしまったかのような、えもいえない開放感。

 寝転がり、全身全霊で清々しさを体感する。


 ところで……ここ、どこだい?


 天高く空を翔る、2つの太陽。

 世界レベルの頭脳を持つボクでも、記憶にない草花。

 はてさて……どういうことだろうか?

 太陽が2つの時点で、そもそもがおかしい。ボクの頭はおかしくなっちゃったのかな?


 立ち上がり、辺りを見渡す。

 そもそもボクは、オルタナティブサーカス団のテントの近くで倒れたはず……そのテントは、今はどこにもない。

 それどころか、周りが大自然すぎる。今サーカス団は、オーストリアの街中で公演中のはずだ。



「もしかして、拉致されちゃったのかね……? いや、それでも太陽が2つあるのはおかしいような」



 こめかみを叩き、目をこする。

 それでも太陽は2つのまま。ブレているわけではなく、しっかりそこにある。


 とにかく移動しよう。誰かに助けを求めて……。






「¥:÷$☆・:々+<6+・$%!」






「ん?」



 はて? 今のは人の言葉っぽいけど……まったく聞き取れなかった。世界中を旅するサーカス団員として、聞き慣れない言語はないはずだけど。

 声がした方を振り返る。



「あ……人!」



 なぜか甲冑を着た5人くらいの人と、大きな馬車がいる。

 それに……馬、かな、これは……? 馬にしては大きいし、脚が6本あるけど。

 もしや噂に聞く、放射線による突然変異だろうか。地球の環境問題も深刻だねぇ。

 とりあえず日本語じゃないっぽいし、英語で会話してみよう。



『いやー人がいて助かりました。実はボク……』

「:$÷>>・☆%°+〒〆々○○♪☆→/!」



 ……何を言ってるのか本当にわからない。外国語……なのか? それにしては、聞いたことのない発音が多いような。

 どうコミニュケーションを取ろうか悩んでいると、突然、1番前にいた騎士がボクに槍を向けてきた。

 反射的に手を上げる。この槍、本物だ。



「☆÷$! ÷○÷$$○〆\,=+・$☆!」



 何かを叫んでいる。何がなんだかわからず肩をすくめると、騎士の1人がボクに布を投げ渡した。

 腰に巻け、みたいなジェスチャーをしている。


 はて、腰に? 意味がわからず下を見る。


 ボクの自慢の息子がこんにちはしていた。

 というか全裸だった。


 なるほど、この開放感の正体はこれだったのか。

 感謝の言葉を述べ(伝わらないだろうけど)、腰に布を巻く。

 絹なのだろうか。それにしては肌触りがいい。シルクに近いけど、それより頑丈そうだ。



「ありがとう、騎士の皆様。お礼と言ってはなんですが、ひとつパフォーマンスをお見せ致します」



 胸に手を当てて、深々とお辞儀をする。

 このひとつの動作だけで、騎士たちの警戒する空気が弛緩した。

 言葉はいいコミニュケーションツールだ。でもそれは万能ではない。

 では何が最良のコミニュケーションツールなのか。

 それこそが、“動き”である。


 手に何も持っていないことを示すと、どこからか赤い小さな玉をひとつ現れる。

 いきなり玉が現れたのに驚いたのか、騎士たちはたじろいだ。

 ふふふ。ボクほどの世界レベルの道化師にもなれば、全裸でもこんな小さな玉を隠し持つのは朝飯前さ。


 風船を膨らませるように、赤い玉に息を吹き込む。

 見る見る大きくなっていく赤い玉は、ボクの身長を超えて結構な大きさになった。

 その辺に落ちている手頃な石を10個ほど集め、玉の上に飛び上がる。



「おっと、おっとっとっと」



 少しオーバー気味にバランスを取り、馬車の周りを玉乗りで一周する。

 次に玉の上で逆立ちをし、足の裏でジャグリングをしつつ、騎士たちの前でおどけた。

 警戒感の強かった騎士たちも、いつの間にか笑顔で拍手をしている。


 コミカルな動きと凄い身体能力。これを見せられたら、人間は誰しも目を奪われる。

 今は道具がないから、たったこれだけのパフォーマンスしかできないけど……結果は上々。騎士たちは喜んでくれたみたいだ。



「○・♪¥¥<°\!」

「々×$*→<!」

「やあ、どうも。ありがとう」



 パフォーマンスが終わると、騎士たちは興奮したみたいに何かを伝えてくる。

 多分、絶賛してくれているんだと思う。

 ここがどこだかわからないけど、道化師として得た技術はどこでも通用するのがわかった。

 一人一人と握手をしたり、笑顔で対応する。


 と、その時。馬車の扉が大きく開いた。

 そこから出てきたのは──儚い雰囲気をまとう、気品溢れる少女だった。



「……美しい……」



 白銀の髪は、陽の光で水色のようにも、淡いピンク色のようにも見える。

 瞳の輝きは月のように美しい黄金色。

 世界中を旅をしてきたボクだけど、こんなにも美しい少女を見たのは初めてだった。


 騎士たちが一斉に、地面に跪く。

 ということは……この子が、この騎士たちの雇い主。もしくは主人なのだろうか。


 ボクも騎士たちに倣い、片膝を着いて頭を下げる。

 せっかく稼いだ騎士たちの好感度。ここで下手を打つわけにはいかない。

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