異世界に転生した世界最高の道化師、スローライフを送りたい。※送れない。
赤金武蔵
プロローグ 道化師、死ぬ
「それじゃあみんな、また明日もよろしくね」
まだ残っている団員たちに挨拶をし、ボクは少し足早に事務所を後にした。
時刻はすでに深夜の2時を回っている。朝も早いし、寝れて3時間くらいかな。
頭の中で今日の反省点を考えながら、後ろに佇む巨大なテントを振り返った。
誰の目も惹く、派手で綺麗で巨大なそれは、いつ見てもボクの心を震わせる。
オルタナティブサーカス団。ボクの所属する、世界最高のサーカス団だ。
世界中から、各分野に特化した世界レベルの人たちが集まる。当然、要求される内容も世界レベルだ。
そんなサーカス団で、ボクは道化師──ピエロとして働いている。
みんなはボクを【世界最高の道化師】と呼んだ。
もちろん嫌じゃない。このサーカス団に入るため、日本を出て世界中で修行をした。
そして念願叶い、世界最高のサーカス団で、花形の道化師として働けている。
この喜びは、筆舌に尽くし難いものがある。
みんなを喜ばせて。
みんなを笑顔にさせて。
みんなに愛されている。
充実した毎日。
けど、ボクには夢がある。
ボクの夢。それは、世界中の人々をボクの培った技で笑顔にすることだ。
そのためには、ボクはまだまだひよっこ。
【世界最高の道化師】と呼ばれていても、まだ足りない。
もっともっと、死ぬ気でがんばらないと。
──その時だった。
「……ん?」
胸の辺りに少し鈍痛がしたような……。
この2年間、睡眠時間が3時間未満だからね。少し疲れてるのかも。
でも休む訳にはいかない。ボクのことを、世界中のお客様が待っているんだ。立ち止まってなんていられない。
なのに……胸の辺りの鈍痛が、徐々に大きくなっていくのを感じた。
う、動けない。目の前で火花が散ったように、視界が明滅する。
冷水を被ったように全身に悪寒が走り、冷や汗がとめどなく流れてくる。
心臓が痛い。呼吸ができない。頭痛もしてきた。
なんだ、これは。ボクの体に、何が起こってるんだ……?
突然のことで、誰かに助けを呼ぶこともできない。苦しい。痛い。苦しい。
暗く、寒く、誰もいない。
地面に倒れ、渦をまくように歪むオルタナティブサーカス団のテントを見る。
まさか、これ……死ぬのか……? ボクが……?
【世界最高の道化師】とまで賞賛されたボクが、誰もいない、こんな場所で……!?
嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
死にたくない。死にたくない。死にたくない……!
けど……もうダメみたい……。
意識が薄れる。体の感覚がなくなる。
もっとショーをしたかった。もっと仲間と一緒にいたかった。もっとみんなを笑顔にしたかった。……いや、世界中のみんなを笑顔にしたかった。
あぁ、神様。もしいらっしゃるのでしたら……お願いします。
もう一度、ボクにチャンスをください……。
故人、ボク。
享年、28歳。
【世界最高の道化師】の生涯は……心臓発作で、幕を下ろした。
『聴き届けました』
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