その、魔女の名前を―(短編)
王顎
フロイデ村にて
イグニスの黒い体は、少々熱を吸収し過ぎる所がある。
正午を過ぎて、日差しが和らいできたので、伸び伸びしながらシエロの読書を見守っていた。
シエロは昼前からずっと他人の家の前に座って本を読み
実に良い日の真っ只中である。
そこへ不意に、誰かの足音が聞こえた。
目をやると、青年がシエロを覗き込んでいる。
「何か用?」
「よ、よう。お前、珍しい本読んでるよなぁ」
「シエロよ。お前じゃない」
睨みつける。
「ご、ごめん」
「市場で母さんに買ってもらったの。」
「へ、へぇ。その本どうだった?面白かった?」
不思議な質問が繰り返される。
「面白かったわ。主人公の子が命懸けで弟を救おうとする姿勢が素晴らしいと思う」
「そ、そぅかぁ。ふーん。そりゃあ、良い本を買ってもらったんだなぁ。」
「よ、よかったらその作者の他の本、持ってっから譲ってやるよ。」
青年は目を泳がせながら言った。
「えっ?本当?」
「ああ、ちょっと待ってな。」
と、馬車の荷台をガサゴソと探る。
「あった!ほらよ!」
「まぁ!ありがとう!何かお礼を」
「いやお礼なんていいよ」
「おれさ、行商だから時々来るんだ。ここ。
そしたらまた、感想聞かせてくれよ」
「エドワード様」
馬車の方から男の声。
「あっ、も、もう行くわ!じゃ」
そういうとエドワードと呼ばれた青年は、馬車に乗って行ってしまった。
本日を境に、シエロの宝物が一つ増えた。
その、魔女の名前を―(短編) 王顎 @kingjaw
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