オイスターソース
夢水 四季
店長と俺
俺の勤めている居酒屋は所謂ブラックバイトかもしれない。
深夜でも働けて比較的時給は良い。しかも賄い飯が付いている。料理経験とかウェイター経験とか、そもそもバイトを大学生になるまでやって来なかったけれど、東京での一人暮らしで何かと金がいる俺は考えなしでバイトの面接に向かった。
最初は覚えることだらけで色々ミスもして叱られたりもしたが、そんな俺でも3年勤めてきた。今では料理の腕前も上がり、常連さんには名前を覚えてもらったりと、そこそこ楽しく働けてはいる。たまに困った酔客も来るが、その対応にも慣れてきた。
大学四年の梅雨の時期だった。
俺の周りでも内定をもらい就活を終える奴も出てきた。周りがさっさと卒論に本腰を入れ始める中、取り残された俺は焦ってきた。苦渋の決断ではあったが、エントリーシートを書く時間や模擬面接の練習などの時間が欲しくて、店長にバイトの時間を減らしてもらえないかと提案をした。
「はあ? 困るよ。次のシフトから入れる日が減るなんて」
「でも就活が……」
「就活? そんなもんやっても意味ないぞ。どうせ適当な会社に勤めて、適当で無難な生活を送るんだろ。そんなので人生楽しいか?」
店長は大学中に遊びまくり二年浪人した後に自主退学、その後色々あったが居酒屋を開いたという破天荒な人だ。店長から聞いた武勇伝は面白かったが、だからってバイトの俺にまで自分の価値観を押し付けることはないだろう。
「さすがに俺は店長みたいにはなれないですよ。親からも早く就職するように言われてるし」
「だーかーらー、親の言うことなんか聞くなって。就職しなくても生きていけるんだから。一般企業なんて楽しくないぞ。……そうだ、お前、俺の店でずっと働かないか? 一生面倒見てやるぜ?」
ずっと? それって死ぬまでってことか?
確かに店長も含め、ここのバイト仲間は好きだ。賄いも美味いし助かる。でも、ここで一生働く? そんなのはごめんだった。
急に休んだ他のバイトの代わりに有無を言わさず出勤させられたこと、一限があるのに店長とのサシ飲みに付き合わされたこと、新作料理の実験台にされたこと、厄介な客の相手とそいつのゲロ掃除をさせられたこと、など嫌な記憶が蘇ってきた。
「俺はあんたみたいになりたいんじゃない! 確かに、雇ってくれたこと、賄いを食わしてもらったことには感謝してる! でも俺には俺の人生があるんだ!」
「何だよ、じゃあ言ってみろよ、お前の夢ってなんなんだよ!」
「子どもの頃の夢は親父と同じサラリーマンだよ。何故かっていうと、そういうヒーローがいると勘違いしてたからだ。そして一瞬バンドマンになりたかったが、音感がなくて3秒で挫折。そいで今の夢はサラリーマンだ! 東京の企業がダメなら地元の優良企業に行くことも考えてる! だからアンタとは一生はいれない。卒業したらバイトは辞める!」
「そうか、ならもうクビだ! 出てけ!」
「ああ、出てってやるよ!」
俺は勢いでそのまま店の出入り口に向かった。
「ああ、そうだ、アンタが作った手作りオイスターソース、クソ不味かったよ。じゃあな!」
捨て台詞を吐いて店を飛び出した。
さて、卒業まであと半年。
就活と一緒にバイト探しもしなくてはいけなくなった。
終わり
オイスターソース 夢水 四季 @shiki-yumemizu
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