第27話:彼女のこと
3月に入って少し経った。毎年この時期は毎日学校に行く気だるさを感じる。テストも終わって、春休みが目の前。さらに早帰りできる日も増えてくる。授業もなんだかシメに入ってきた雰囲気だ。学校行く意味が果たしてあるのだろうか、と思ってしまう。
「おまたせ!」
付き合い始めてからもう一週間と少しが経とうとしている。そして今週と来週学校に行けばいよいよ三学期も終わり、理人も再び引越しの作業へ本格的に入る。
「おはよう、じゃあ行こうか」
蛍がやってきて俺の前に小走りで移動していく。
「ほら」
彼女は手を差し出して、それは理人の方へ向けられている。それを見て理人は一瞬当惑したが何を躊躇う必要があるのか、とその手を握る。蛍が言った『思い出を作る』という言葉通り、こうやって朝の都合の着く日は毎回二人で登校して休日もどこかに遊びに行く。そんな楽しい思い出を出来る限り作って発とうとしている。
「やっぱり、これ慣れないな……」
目線を繋がれている手に移して言う。手を繋ぐことに関しては何の文句もないのだが、それだけで少し緊張するし思考の幾らかがその部分に割かれてしまう気がする。これも慣れたら些細なことになるのだろうか。
「じゃあやめとく?」
「いや、やめない」
蛍が意地悪げに聞いてきた。嫌なのではない、むしろ嬉しいのである。
2月の頃と比べると朝日がやけに暑く感じる。実際、まだ少し肌寒い感じはあるがもう理人の首元に青いマフラーはない。さすがに汗をかくと思って数日前から着ていない。通学路を歩いていくとやがて大きな道に出る。
「今日って確か大掃除あるよね?」
「ある、めんどくさいけど」
蛍が笑いながらそう言う。
大きな道に出ると学校に行っている人に追い抜かれたり、後ろから来たりする。別に二人がカップルであることを隠す必要性は全くないのだが、理人はどことなく恥ずかしくなってくる。視線を感じたとしても一瞬だが、その一瞬が何となく心にしこりを残していく。
「見られるの気にしてる?」
蛍が今度はふざけ無しのトーンでそう聞いてくる。ここでYESと言ってはいけないと察した理人は横に首を振る。
「気にしない訳じゃないけど、蛍と手を繋ぐ方がいい」
「……分かった」
逆に真面目に心配して聞いたのにも関わらず思わぬパンチを食らった蛍が恥ずかしくなる。誰が聞いているのかも分からないようなところで、そんな事を言い出すのは流石に羞恥心が湧いてくる。
無事に学校に着いて蛍と一緒に登校してきたことを繁に軽くイジられた後、いつものとは違う、クラスにまったりとしたムードが流れながら学校は始まった。授業は始まって理人もいつもと同じようにノートを書いていく。いつもは嫌な学校も、転校とか、蛍のこととか、色んなことが混ざって何だか居心地がいい空間のように感じられる。
「理人と会えなくなるもんな」
休み時間に、理人の周りに集まってきた男子が名残惜しそうに呟く。繁もうん、と頷いた。転校のことについてはつい昨日クラスに周知したところだ。こうやって、理人と話そうとする人が増えるくらいには反応があった。
「まあ、また会えるとしたら夏休みとかかな」
「それでも4、5ヶ月は先か。そう考えると暫くは会えないな」
横で話に参加していた繁も溜め息を零す。
「なあ、今週の週末いつものゲーセン行こうぜ」
その溜め息を少し押し殺した形で繁が話し始める。少し悩んで、理人は繁では無い方の男子を一瞬見る。視線に気づいた彼は頭に疑問符を浮かべた。
「まあ……今週じゃなくて、遊ぶなら春休みの引っ越す前かなあ」
「そう言うなよ」
理人が頭に思い浮かべていたのは蛍のことだ。友達との思い出も大事だが、今の彼にとっては蛍のことの方が大事に思えてくる。確かに朝から晩まで彼女とずっといる訳でもないので、遊ぼうと思えば遊べるが……。
「春休みってなると引越しの準備とかがあるだろ、前もそうだったじゃん」
繁は冬休みのことを思い出す。あの時は「引越しの準備があるから」と遊びを断られた。
理人は蛍の方をちらりと見た。詩乃や渚と話している彼女はとても楽しそうだ。色んな思いが混ざって少し悩んだ理人は「じゃあ土曜、いつものとこで」と繁に言った。それが終われば二人が一緒にゲーセンに行くのは暫くはないだろうな、と思う。
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