第3話 一緒に学校行こ

 理人が決意を行ったのはいいものの、二人が冬休みの間に話すことはなかった。そもそも会えなかったのである。考えてみれば、会うタイミングを指し示しているわけでもなく尚且つ蛍は午前中に部活へ行っておりその帰りの時間も日によってまばらだ。理人も勿論毎日ずっと家にいるわけでもない。冬休みの間蛍に会えたあの数分の時間を恋しく思いながら冬休みの最終日の夜、理人は自室で明日からどうするかを真剣に考えていた。

「どうせ、どうせ登校するなら一緒に行ってみたいよな……」

 理人はずっとそう思っていた。でもやはり二人の出発時刻が合わない。前提としてまず彼女がいつ学校へ行くか分からない。こう、「明日何時くらいに家出るの?」なんてぱっと聞けたらいいなとも思ったが理人が決意したようにまだ二人の間に連絡できる方法はない……いや、今から蛍の部屋へ訪ねたら良いのだがそんなことが出来るはずもない。

「あー! どうしよう……」

 理人は一人部屋で悶え、そのまま朝を迎えることになる。


 「どうした、やけにフラついてるけど体調悪いのか?」

 「おはよう……体調は大丈夫……」

 居間でニュースを見ている早起きの父親を横目にトーストをむしゃむしゃと食べる。彼の頭の中は今もどうやって会うか、ということで埋まりっぱなしだ。しかし、よくよく考えてみれば蛍に告白しようと自分は決めたところだ。こんな些細なことで弱気になったらこれから先やって行けるはずもない。

 水を一杯飲んで眠気覚ましをした理人はカバンを持って勢いよく飛び出した。

 「行ってきます!!」

 「おう」


 そしてその頃の蛍は理人の一階分上の空間で同じ想いを募らせていた。

 「理人に『一緒に学校行こ?』とか言うの!? 会えるかも分からないのに!?

 でも今から行って待ち伏せしたら……」

 理人は運動部に所属している訳では無いので朝練の類のものはないはずだ。ということは、あまり早く家を出ることは無い。そこをついて『一緒に行く相手がいなくて〜』とか言い訳をしたら捕まえられるはず。

 「行ってくる」

 何となく聞こえてくる「行ってらっしゃい」を右から左に聞き流しつつ、蛍はエレベーターの押しボタンを連打する。

 「早く来い来い来い来い……」

 この作戦は蛍が理人より前にロビーに着いておくことが前提条件だ。理人の生活リズムが全く分からない以上、蛍に出来ることは一秒でも早く階下に降りること。

 チン、という音ともにエレベーターのドアが開く。それに素早く乗り込むと今度は素早く目的地へのボタンを押下。数分後には同じ住人として理人と一緒に登校出来るかもしれないと意識すれば意識するほど蛍の心臓は静かに高まる。何かを焦らされているかのようなよく分からない焦燥感が蛍を蝕む。


 

 かと思ったらエレベーターが止まってしまった。どうやら乗り込む人がいるらしい。エレベーターの構造上閉まった状態では外にいる人のことを視認することは出来ないが、蛍は逆に少し昂っていた気持ちにブレーキをかけられたような気がして安心した。空回りしてしまうのはよくない。そう思って深呼吸のひとつでもしようかと思った時だ。

 エレベーターのドアが開いて「え」という男の素っ頓狂な声が飛んできた。

 

 やけに聞き覚えのある声だったので顔を上げるとそこには理人が立っていたのだ。

 理人の表情からはかなりの動揺がみてとれる。そりゃそうだ、気持ち新たに家を飛び出していった矢先意識もしていなかったところで蛍と鉢合わせたのだから。だがそんな事を蛍は気にする暇もない。なにか言おうとするが喉の奥で言葉がつっかえて出てこない。

 「ま、理人。おはよう」

 「お……はよう」

 ようやく出てきたのがそんな言葉だった。


 「ほら、早くしないと閉まっちゃう」

 「そうだな、分かった」

 密室空間に2人きり。理人の動揺した脳はその普通な気まずい場面――もといチャンスに遭遇したことで少しだけ冷静になった。そう、これは大きなチャンスだ。

 「な、なあ瀬良。ここで会ったのもなにかの偶然ってことでさ、その、一緒に学校行くか?」

 直球ストレート。彼には異性相手に婉曲的に物事を伝える技術はない。皆無だ。少し冷静になった理人とは対照に蛍はまだ頭が少しテンパっていた。その状況で更に自分が言うはずだったセリフを取られたことに混乱した。

 「え、えっと、分かった。そうだね、行こうか学校」

 少し当たり前のことを呟きながら蛍は頷いた。理人の第1フェーズは突破された。

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