第十話 フワダマと師匠
その魔物はどこにでも存在する。
生息域は信じられないほど広く、草原から森、荒野、洞窟、果ては火山や雪山にすら生息するといわれる魔物。
最弱の名を欲しいままにするその魔物は、戦闘を生業とする冒険者の格好の練習相手となっている。
そんなフワダマの一匹がいまオレの目の前にいる。
「やあっ!」
オレの振るった横振りの剣がフワダマの中央を切りつける。
「ポフッ」
軽い音がして弾かれた。
全身が毛むくじゃらな魔物フワダマ。
斬撃、打撃ともにあまり効果はなく。
長く薄緑の体毛で衝撃はすべからく吸収される。
「このっ!」
体当たりを躱し、縦の斬撃。
「ポフ、ポフ」
「だあっ!!」
いくら恩恵について理解を深めたとしても、オレの剣の腕までは変わらない。
フワダマの攻撃力が殆どないからこそ勝負にはなっているが、オレはいまだ弱いままだ。
「でやあああっ!」
裂帛の気合いとともに剣を振る。
「ポフ〜〜」
ようやくフワダマに止めをさせた。
「で、なんの用だ」
「なに、朝起きたら居なくなっていたからな」
木陰から現れたのは女騎士。
コイツ、俺が剣の訓練のために戦っていたのを見ていたのか。
我が家の裏手にある林にはよくフワダマが出現する。
フワダマは殆ど人に危害を加える魔物ではない。
むしろ無害な魔物だ。
毎年何人かはフワダマの体当たりで転んで怪我をすることはあるけど、基本的にフワダマからの攻撃で傷つけられる人はいない。
討伐の依頼もいつの間にか家の周りで増えすぎたフワダマを駆除して欲しいというものばかりで、その報奨金も子供の小遣いレベルだ。
だが、そのお陰で万年Dランクのオレの訓練の相手にもなる。
オレは暇さえあればこの魔物で戦闘訓練を行っていた。
「弱いな」
「うるせぇ。そんなことを言いにここまで来たのか? それよりラーツィアを一人にして大丈夫なのか?」
オレの悪態混じりの質問に女騎士は物思いに耽るかのようにゆっくりと答えた。
「姫様は久しぶりに安心してお眠りになられているのだ。私がそばにいて邪魔する訳にはいかない。それに、私も昨日は身体を休められた。ここからでも姫様に近づく者の気配くらいはわかる。問題はないだろう」
この女騎士は姫様と一緒のベットでは畏れ多くて眠れないと言ってベットの脇で座りながら寝てたはずだけど、それでも休んだことになるのか。
「ところでお前まったくもって剣技がなっていないな。昨日のオーガとの戦いでは多少身のこなしには見れるところがあった筈だが……」
「ぐっ」
悔しいけど図星だった。
オレの剣技はこの女騎士に到底及ばない。
オーガ相手に華麗に戦う様には嫉妬すら覚えないほどの明確な差があった。
「お前、冒険者だろう。冒険者なら研修を受けた筈だ。望めば戦闘に関する講習も受けられる筈、なぜそんな拙い剣技をしている?」
「研修なら受けたさ。……オレには才能がないんだ。いつまでたっても弱いまま。それに、オレの恩恵は“ゴミ恩恵”だ。恩恵が発覚してからは講習なんて受けさせて貰えなかった」
冒険者ギルドでは初心者のための講習を開催している。
望めばそこで先輩冒険者やギルド職員から実戦に役立つ技術を教えて貰えるけど、孤児院出身のゴミ恩恵相手に戦闘技術を教えてくれる相手なんかいない。
「なに!? あれ程強力な恩恵なのにか!?」
「驚いてるところ悪いけど、あれはこの吸魔の指輪のお陰だ。これがなければオレの魔力ではあんなことはできない」
ラーツィアが譲ってくれたこの指輪がなければ、あんな大量の消毒液は出せない。
「流石姫様だ」
なんでお前が自慢げなんだよ。
「……」
ん?
なんだコイツ、さっきまでうんうんと頷いて一人で納得していたのに急に押し黙りやがって。
「い、一応私もお前には助けてもらった恩がある。……私で良ければ、剣について教えてやってもいい」
「え?」
「だから、あの家に匿ってもらっている間、お前に剣を教えてやってもいいと言ってるんだ」
「……それって冗談とかじゃないんだよな」
「そうだ! 自分ではわかっていないようだが、お前にも多少は剣技への適性が――――」
「……じゃあ先生だ」
「せ、先生?」
「いや……師匠か! レオパルラ師匠。ちょっと呼びにくいな、そうだっ! レオ師匠!」
「う……し、師匠……私が?」
突然のことに困惑するレオ師匠を横目に、こうしてオレは彼女の弟子になった。
誰からも見向きもされなかったオレが、初めて認めて貰えたような気がした。
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