第24話 お誘い

 壁際の席で白雪は七海とご飯を食べている。笑っていてなにやら楽しそうだ。くすくすと肩を揺らす動きに合わせて白雪の黒髪が揺れている。


(……放課後にするか)


 クラスメイトの皆の前で誘う光景が頭に浮かぶ。なんとなくそれが少し恥ずかしい。


 仕事の用件ならなにも気にせず聞けていたけれど、自分の個人的な都合の話を持ちかけるのは初めてで、慣れていなかった。


 昼休みは教室の人が多い。そんな多くの人の注目が集まる中で誘う勇気はなかった。


 仕方なく二人の願いを請け負ったわけだが、想像以上に緊張することなのでは? と遅まきながら思った。


 放課後になり、人もまばらに教室を出て行く。白雪は七海との会話が終わったところで、リュックに荷物を詰め始めた。


 話しかけるならこのタイミングしかない。


「ちょっと、いいか?」

「黒瀬さん。なんでしょう?」


 教科書から顔を上げ、宝石のような双眸が俺の姿を捉える。きょとんとした姿がどこか小動物っぽい。俺から声をかけてきたことに驚いているのだろう。


「今度、テスト勉強一緒にしないか?」 

「はい?」


 僅かに目を丸くして固まる白雪。目をぱちくりとさせる。

 

「それって……」

「いや、友達が一緒にやりたいって言っててな。俺は別にいいんだけど」

「そう、ですか」

「ほんとだぞ? 俺は別に思ってないからな?」

「……分かりました」


 ちょっと焦った感じで早口になってしまったがなんとか言えた。


 しっかり友達が言ってるってことは伝えなければならない。これで俺がしたいと思ってるわけではないことは伝わったはず。

 頷いた白雪の口元が、僅かに上がっていたことだけは気になるが。


「大翔と俺と蒼、そっちは白雪と七海でしないか?」

「なるほど」


 ふむ、と何やら思案顔の白雪。やっぱり無理だろうか。男嫌いだし、わざわざ受ける意味もない。

 ただ、多少は俺の周りの男子への風当たりは弱い雰囲気があったので、いけると思ったのだが。


 左手で顎を摘むようにして黙り続けている。

 すぐに断られないということは、望みはあるかもしれない。


 これでも一応蒼の恋は応援している。大翔はどうでもいいけど。

 今回のもいい機会になるのは間違いないので、成功させたい。


 これは大翔の発言を使うしかない。どのぐらいやりたがっているか、伝えれば分かってくれるだろう。


「これは友達の話なんだけど」

「……っ。はい」


 急に真剣な顔になった。口をきゅっと結んで、こちらの言葉を待つ。


「白雪とどうしても一緒にやりたいんだって。勉強が捗るみたいで」

「そうなんですか?」

「やっぱり、白雪みたいなが人がいるとやる気が出るみたいだぞ」

「ふ、ふーん」


 ちょっとだけ俺から視線を逸らしてくるくると髪をいじり始める。

 

「私と一緒に勉強するだけでそんなにやる気が出るんですか」

「そりゃあ出るだろ。憧れの人だからな。可愛いっても言ってたし」

「!?」


 目をまん丸くして、頬を朱に染める白雪。


「そ、そんなことを?」

「ああ、もちろん」

「そ、そうですか」


 僅かに声を上擦らせる。顔を逸らして隠れた口元が僅かに上がっているのがちょっとだけ見えた。


「そのぐらい一緒に勉強したいみたいなんだが、ダメか?」

「……仕方ありませんね。いいですよ」


 どうやら作戦は上手くいったらしい。呆れた微笑みと共に頷いてくれる。


「本当にいいのか?」

「ええ。そこまで言うならいいですよ」

「ありがとう」

「言っておきますけど、華が承諾してくれたらの話ですよ?」

「分かってる」


 まだ決まったわけではないが、これでかなりの確率で上手くいくだろう。なかなか頑張ったのではないか? 

 勉強会を白雪に承諾させたのだから、二人には明日絶対飯を奢ってもらおう。


「随分、嬉しそうですね?」

「正直断られると思ってたからな。ちょっと緊張した」


 これでも蒼の恋を応援してるので、その機会の可否が自分で決まるとなれば緊張もする。結果としては上手くいったので満足だが。


 白雪は「黒瀬さんも誘うの緊張するんですね」と楽しそうに微笑んでいた。


 


 

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