その17 不穏な感覚
人の感覚というのは意外と鋭いものだ。
例えば触覚。見ても分からないほどの微小な凹凸も、触れば違和感として認識できる。
少なからず自信がある僕の聴覚も、広範囲に渡って微細な音を拾うことができるし、大まかになら音の発生源も特定できるほど鋭い。
だけど、人間はその感覚で得た情報を、一度脳で処理してから行動する。当たり前だけど、全て受け入れていてはパンクしちゃうから、自動で取捨選択する機能が備わっているのだ。
その選択がいつも正確ならいいんだけど、脳みそは感情に優先してリソースを当てるからか、よくミスをする。
感覚では捉えているのに、処理するリソースが足りないとその情報をスルーするのだ。いらない情報だと間違えるのだ。
……そして、こんなふうに重要な情報も捨ててしまう。
ネフのおかげで、心のもやもやが晴れた。霞んでいた感覚が少しづつ、解像度を増していく。
足裏から伝わる微かな揺れ、冷たそうな素材感、ツンと鼻を抜ける埃の匂い。
――それから、拡がりのない音の響き。
「……何か変だ。外の音が全くしない」
「……どういうこと?」
「このエレベーターの中――ここの音しか聞こえないんだ。外には空間があるはずなのに、全く音が伝わってこない……まるで空間が無いみたいだ」
外へと多少は漏れていくはずの音は、全て部屋の中を循環していた。
なんというか、気持ちが悪い。ぽっかりと、世界にこのエレベーターだけが取り残されているような感覚。空間から断絶されているとでも言うのだろうか。
――断絶……?
「……確かに変な感じだわ。マナも少なすぎる。もともと地下には豊富なはずだし、そもそも滅多に減るものでもないのに……」
ネフも首を傾げる。それから、音の違和感はよくわからないけれど、と付け足した。
耳の後ろで手を広げた集音モードのネフを横目に、僕はぐるぐる脳みそを回す。
断絶、という単語が何か引っかかる。つい最近どこかで聞いた気が……。
最近というならここ、エルベスでだろうけど。
うーん。――思い出せない……。
しん、とした部屋の中で、操作盤だけがぼんやり光っている。さっきまでの激しい点滅はどこへやら、押してしまったボタンはひっそりと影に紛れていて、それがとても不気味に思った。
[エネルギー生成量:許容値に到達]
[生命維持システム:稼働中、異常なし]
[艦内環境:良好]
[生産システム:稼働中、異常なし]
[エネルギーライン:全区画正常]
[統合判断:全システム正常。隔離ポッドの断絶終了条件をクリア]
[断絶システム:時間軸断絶操作を終了。源流時間軸への合流を試行中]
[断絶システム:合流完了]
(その18へつづく)
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