その9 オープン・セサミ
杖先と扉が、不可視の直線で結ばれる。またしても、微かに弾けたような音がして。
──射線上にあった空気がぐらり、と揺らいだ。
単射ではなく、連射。ひとつでは空間の狭間に隠れてしまうほど細い、魔力の流れ。
立て続けに放たれたそれは空間を穿ち、押し退け、光を歪ませる。
もう音だけではなかった。杖先から伸びる存在が、揺らいだ空気が目で見える……!
「――ふっ、ふっ、ふっ……!」
細かく息を吐きながら、ネフは杖を振り続ける。黒髪が揺れる。ただひたすら、魔力の奔流を飛ばし続けるその姿は、まるで
やがてシルエットの頭の部分、着弾点が霞み始めた。砂埃が立ち上がる。繰り返される打撃に耐えきれず、固着していた表面が剥がれ始めている……!?
「これは……!」
身を乗り出すルノウさんと僕。
思わず拳を握りしめる。いける、いけるぞ!
頑張れ、ネフ……!
すでに砂埃で扉は覆われ、よく見えない。それでもネフは手を緩めずに撃ち続け、最後に大きく振りかぶって――。
「……ふぅっっっ、んっ!」
ばしん、と音を立てて撃ちきった。
壁へ、床へ、もうもうと砂埃が広がってゆく。
はーっ、と大きく息を吐いて、ネフはぺたん、とお尻をついた。
「――お疲れさま。大丈夫かい?」
「ええ、なんとか……ふぅ。これだけ、やれば流石に、足りるわよね……はぁー……」
肩で息をしながらも、やりきった顔の魔女。
水筒を渡しながら、僕は扉を眺める。もやもやして、いまだ良くは見えないけど、無傷ということはないだろう。
「……ついに開く。三百年の封印が、今……!」
専門家としての
ぱらぱらと音を立てながら、灰色のグラデーションがだんだんと薄くなってゆく。煙が散って、消えていく。
そしてついに、扉のベールが剥がされた。
――からん。
「……そんな」
ころころと、杖がネフの手を離れていった。
僕たちが呆然と眺めるその先に、相変わらず、黒いシルエットは鎮座していた。
――全くの無傷。表面の汚れだけが落ちたせいで、むしろ真新しささえ感じてしまうほど。
「これでもまだ、駄目なの……?」
くたり、ネフは背中を丸めてしまう。
ルノウさんは口を半開きにしたまま、ぼーっと立っていた。
信じられない。これだけの攻撃でも足りないと言うのか。むしろ地下でこれ以上の魔法を使うのなら、制御区画は耐えられても地盤が崩れそうなものだ。
ここで見てきたエルベスの技術にしては、随分と強引だな。ちょっとムカついて、思わず文句が浮かんでくる。他の技術は洗練されている印象があるのに……。
……洗練?
突然、すーっと頭が晴れた。
そうだ、洗練されていない。これまで見てきたエルベスの技術。近付くだけで開く自動ドア、人工の太陽光、無人の接客システム。どれも効率を突き詰めたような、無駄の無い技術だった。
ならばこの扉も同じはずだろう。魔法を使える者かどうかを調べるのに、わざわざ攻撃だなんて無駄なことをさせるのか?
もしかして、人型のシルエットは的ではないんじゃ……。
攻撃の対象じゃないのならば。
味方? 仲間? 友人……いや。
――自分自身。……入ろうとしている者自身を表している?
「……レノン。わたし、どうしたらいい……?」
ネフを見た。そしてその前に描かれた、人型のシルエットを見た。
黒い。まるで影のように……。
「――ちょっと試したいことがある。……立てそう?」
「……ええ。ありがと」
ぐい、と手を引っ張って、ネフが立ち上がる。
杖を拾って、さっと埃を払った。
もう、そんなに魔法は使えないのだけど……、と自信無さそうに言う。
大丈夫。ただ、そこに立ってみてほしいんだ。
「……? ──わかったわ」
ざり、ざりとネフは歩みを進め、扉の前で足を止めた。
ネフの影は盗まれて、今は無い。
だけどもし影があったなら、こう見えるのだろうか。
人型のシルエットに、ネフの影の幻影を映し見た、その時。
「まさか……そんなことがっ……」
ルノウさん、僕、そしてネフ。
みんなが息を呑むその前で、音もなく扉がスライドし始めた。
(その10へつづく)
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