その8 寝起きどきどき
森はやっぱり、動物が多い。
鳥やら獣やら、たくさんの鳴き声があまり好ましくないハーモニーをお届けしてくれたおかげで、ばちり、と瞼を開けられた。
茅葺き屋根に一瞬戸惑って、そういえば、と昨日の出来事を思い出す。
オラングの集落に来たんだった。
身を起こそうとして、
「んぐ」
ぐんっ、と何かに引き戻される。
……右腕がやけに重い。
側に目をやると——うん、まあ想像はついていたけど。
「——ネフ、起きて」
それはもう安全ベルトのようにがっちりと、右腕がロックされていた。
オラングにとって家は寝る場所なだけで、その構造はテントに近い。
中は狭く、床に寝転んで寝る訳だから寝心地もあまり良くはない訳で……。
背中合わせに寝たはずだけど、ごろごろ動いちゃうのも無理はない。
——ないのだけど。
これはちょっと。
なにせ、ほとんど腕まくら状態なのだ。
柔らかい寝息が腕にかかって、あったかいような、こそばゆいような。
リラックスしているのが伝わってくるけど……。
ちょっと僕の心臓がもたなそうだから早く起きてもらおう!
さらさらの黒髪をよけて、ほっぺたを軽くたたく。
「ネフ、朝だよっ」
「……んー」
「ネーフっ!」
「……? あぁ……」
ゆっくりとまつ毛が動いて、ようやく目が開いた。
「おはよう、ネフ」
「——レノン。……朝ね。おはよう」
目をごしごしこすり、ふあ、とあくびを一つ。
ぱちぱち瞬いて、周りを見回して、僕を見た。
それから、下の方へ目線を落とす。
……抱きしめたままの僕の右腕。
「……ひゃっ!」
「二人ともおは……ひゃあっ」
ネフがばっと跳ねたのと、コノハが入ってきたのが同時だった。
違う、誤解なんだコノハ。あーやめて、顔を覆わないで。
三人揃って赤くなる。
「——やっぱり、二人ってそういう関係……?」
「違う、違うのよ! 事故なのよ!」
手をぶんぶん振って否定するネフ。
本当だよ、とか言ってみたものの、僕もネフも全く説得力がない。
指の隙間から見てるコノハの目の大きなこと……!
いつまでも続くかに思われたこの状況だったけど。
不意に朝日がネフを照らし、コノハがあることに気づいたおかげでなんとか有耶無耶になってくれた。
「えっ……ネフ、影がないよ?!」
「——そういうわけで、影を取り戻すために旅をしているの」
朝ごはんをいただきながら、僕たちは今までのことを話した。
ネフの影が奪われたこと。奪った犯人を追ってここまで来たこと。
さすがコノハは魔女だけあって、影と聞いたらすぐに禁則魔法の名前が出てきた。
「ノクターン……詳しい術式は公になってないはずだけど。でもそれだけだもんね、魔女の影が必要な魔法って。そんなことする魔女なんて今の世にいるんだ……」
「魔女狩りは昔の話なのに、なんのためにするのかしらね。なんにせよ止めないと」
——最低限必要な影っていくつだっけ?
——二十人分よ。
じゃあ少し余裕はあるね、魔女少ないし。そう言ったコノハに、ネフは首を傾げた。
「……少ない? どういうことかしら?」
「どういうことって……魔女はほとんどいないじゃん」
「うそ、わたしの知る限りでは、魔女は珍しくもないと……」
「ネフって異世界から来たりでもした? もう相当少ないよ、魔女の街にはまだ結構住んでるみたいだけど! 魔女狩りでいっぱい減ったんだよ、そのことは知ってたよね」
そういえばネフ、さっき魔女狩りって言ってたな。
ネフは頷きながら、でもまだ納得していない様子。
「——確かにそのことは知ってるけど……。そうね、おかしいわよね。それなら減っているはずだもの……でもわたしの記憶はそうじゃないのよね」
ぶつぶつ呟いていたネフは、空を見上げた。
からりと晴れた青空。まっさらで、何もない。
「理由はわからないけれど、わたしが間違っていると考えるのが自然よね。レノンもこの間のフィリップさんも、それに同じ魔女のコノハでさえ言っているのだもの」
よし、と頬をぱんっと叩き、ネフは顔を戻す。
無理やり納得させた感じだった。
——少しだけ変な感じだ。ネフは天然だけど、知識もあるし頭の回転も速い。
そんな彼女が、一般常識を間違えて覚えるだろうか?
今まで生きてきて、違和感すら感じないなんてことがあるだろうか?
「あ、そういえば! 風つかみを助けに行くんだったよ!」
そうだった!
コノハの声で我に返る。
立ち上がった時には、引っ掛かっていたことはどこかへすっ飛び、すっかり頭はクリアになった。
(その9へつづく)
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