深緑の集落

その1 あの化け物

「——フィリップさん、魔女なんて話でしか聞いたことないって言ってたわよね」


 不意にネフがつぶやいた。

 魔女なんてそこら中にいるはずなのに、と首を傾げるネフに僕は言う。


「やっぱり魔女って珍しいんだよ。僕もネフしか知らないし」


「レノンと初めて会った時、そう言われて驚いたわ。まだ半信半疑だけれど、もしかして本当にそうなのかしら? わたしの中の常識と正反対なのよ?」


「うーん……。そうだ、ネフは他の魔女に会ったことある?」


「魔女同士はあまり近くに住まないから直接会ったことは……。だけど、文通していた魔女はいたわ」


 でも確かに会ったことはないわね……、とネフは考え込んでしまった。

 そんなことはどうでもいいとばかりに、箒と風つかみは空を進む。





 日差しがぎらり、強くなったと思ったら、あっという間に紅の空へと変わってしまった。夜がすぐそこまで迫っている。

 湖の街スリィネからエルベスまでの間には広大な森があって、まさに今、僕らはその上を飛んでいた。開けた場所なんて全く見当たらない、暗い針葉樹の森。


「——なんだか、ネフの家がある森を思い出すよ。あのときは夜だったけどね」


「そういえば、レノンあなた、私を化け物と勘違いしたわよね。スラーミンにそっくりだったみたいなこと言われた気がする」


「それはごめん……というか、ずっと聞きたかったんだった。なんなのさ、そのスラーミンって」


「動物よ。ええと、言うなれば魔法動物かしら? マナを栄養源にしているの」


 スラーミンは翼を持つ大型の魔法動物で、見た目は蝙蝠こうもりとセミを合わせた感じらしい。ちょっとイメージが湧かないけれど、そのままネフの解説を聞く。

 夜行性で普段の性格はおとなしいが、敵と獲物に対しては凶暴。夜に動いている動物を襲ってマナを吸い尽くすという。おおお、結構怖いな。


「スラーミンって人間も襲うの?」


「真っ暗な中で歩いていたら危ないでしょうね。建物の中とか、焚き火のそばなら大丈夫でしょうけど」


 こういう森はいるんじゃないかしら? マナが多そうだし。

 ネフはそう言ってからりと笑った。不穏なこと言わないでくれ……。


「まぁ箒には追いつけないし、いざとなったら逃げればいいのよ。怖がることはないわ」


 向こうの空では、ちょうど夕日が沈んでいた。反対側はもう真っ暗だ。

 森の中では着陸できないし、夜にはなるけれど、今日中にこの森を飛び越してしまおう。

 わかったわ、とネフが頷いて、


「あっ、いた」


「どうしたの」


「ほら、あそこ!」


 ——後ろを指さして、言った。


「——スラーミンよ!」





(その2へつづく)

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