その11 旅はまだまだ、始まったばかり

 太陽がさんさん降り注ぐ下を、周囲の注目を一身に浴びて、ご機嫌に歩く少女がいた。ネフである。

 あの夜、僕たちは日付が変わらないうちにスリィネに帰ってくることができた。

 箒やら壺やら魔女やら、とりあえず全部担いで宿へ戻り、ネフをベッドに寝かせ、ベッドのそばに腰を下ろしたところまでは覚えている。

 気づいたら朝で、ネフはもう起きていて、なんで床で寝ているの、と怒られた。

 あいにく、女性の同意なしにベッドへ潜り込む勇気は持っていない。僕も疲れちゃってさ、と言葉を濁して切り抜けて、朝ごはん食べようか、と話を逸らす。

 フィリップさんとローラちゃんのところには、朝ごはんを済ませてすぐにお邪魔した。

 事の顛末——原因から髪の捕獲まで——の説明はネフがした。とっても得意げに。もちろんフィリップさんは驚いた顔で、


「魔法なんて、本当にあるのですね……!」


 ——そっちについても驚いていた。


「……わたし、最初に魔女だって言ったのだけれど」


「いやあ……正直胡散臭いと思っていましてね、あはは。占い師みたいなものかと。——ほら、魔女なんて話でしか聞いたことなかったものでね。でもまあ、こんな物を見せられてしまうと信じざるを得ませんよ」


 壺の中でうごめくローラちゃんの髪。フィリップさんはしげしげと見つめる。


「……ローラは、元に戻るのですか」


「ええ。髪も、笑顔も」


「……よかった。本当によかった」


 ——壺の蓋を開けると、髪はまるで磁石のようにローラちゃんへ引っ付いた。

 一度逃げ出したとしても、持ち主に近づきすぎると元に戻るのよ、とはネフの談。

 無表情だったローラちゃんの目にだんだんと光が戻っていく様を、思わず三人でじっと見つめていてしまい、ローラちゃんが怖がって泣きそうになるハプニングもあったけれど、ちゃんと上手くいったようで。


「魔女? お姉ちゃん、魔女なの!?」


 元に戻ったローラちゃんは、最初の印象とは正反対の、明るく好奇心旺盛な女の子だった。ネフが張り切って杖から虹を出したり、光で空中に絵を描いたりするさまを、ローラちゃんは目を輝かせて見入っていた。……実は僕も見入っていたのは内緒だ。

 それからネフは、ローラちゃんにある提案を持ちかけた。


「——ローラちゃん、手紙を書いたらどうかしら」


 気持ちを文字にするのって、相手の気持ちとか思いとかをいっぱい考えなくちゃいけないのだけれど、それは向こうも同じなのよ。そうすると、一緒にいた時よりもっと仲良くなれると思うの。


「手紙を待つ時間も案外、楽しいものよ? わくわくしたり、どきどきしたりね」


「わかった! あたし、シャーリーに手紙書く!」


 二つ返事で返すローラちゃんに、僕らは思わず笑ったのだった。





「魔女のお姉ちゃん、一緒に写真とって!」「サービスだよ、魔女の姉ちゃん! 持ってきな!」


 多分ローラちゃんが言ったのだろう、ネフは街中で大人気だった。

 出発の日の朝、お昼ご飯でも買ってから行こうかと街へ繰り出した僕たちは、お昼過ぎにようやく風つかみのところへ戻ることができたのだけれど。


「……なんだか、もう少し居てもいい気がしてきたわ」


 フィリップさんが報酬を多めにくれたこともあって、ちょっとした観光になってしまい……。

 お土産をどさどさと貨物室へ積み込みながらネフがつぶやく。


「旅の目的は影を取り戻すことだもんね。先へ進まなきゃだ」


「ええ。……残念ながら、手がかりは全くなかったけれど」


 聞き込み調査はフィリップさんの依頼と平行してやってみてはいたけれど、これといった情報は見つからなかった。以前、ネフに良く似た客を泊めたよっていう宿屋のおかみさんはいたけれど、ネフは覚えがないというし。ネフはこれが初めての旅だし、まあ人違いだろうな。


「──結局またこれ任せになるわね」


 取り出したのは、ネフ特製の占い道具。

 呪文が書かれた木の板を広げ、真ん中の窪みに棒を立てて、ネフは小さく何か唱える。

 ことん、と棒が指し示すのは。


「南だわ」


「……となると、エルベスか」


 地図を指でなぞった先に、その目的地はあった。





(湖の上の街 おしまい。次章へつづく)

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