その3 エルベスの危機
ごく普通の街だったエルベスに彼らが訪れたのは、三〇〇年ほど前のこと。
空から方舟に乗ってやってきた彼らは、この地へ降り立つためにエルベスの城壁を押しつぶし、中にいる住人ごと家屋を粉々にし、街を壊滅させてしまった。
だけど、彼らは人々が知らない、不思議な力を持っていた。死んだ人々を蘇らせ、自分たちが乗ってきた方舟の中にエルベスの街を復元し、人々をそこに住まわせた。
彼らからもたらされた技術によって、エルベスは以前よりも発展し、より豊かな暮らしができるようになった――。
エルベス庁舎内のカフェテリアで、ゼノさんはエルベスの成り立ちを教えてくれた。
「――どうです、なかなか衝撃的な歴史でしょう?」
「なんというか………失礼ですが、史実なんですか?」
「ええ、当時の公的文書もちゃんと残っております。少しばかり、誇張があるかも知れないですがね」
にわかには信じがたい話だった。
歴史ある都市にありがちな、竜が住んでいただの賢者が建てただの、そういう伝説の類いに思える。
だけど、信じざるを得ないような、人智を超えた現物があるのなら。
「……ここは、その方舟の中なのね」
ネフが窓の外を眺めて呟いた。
風つかみから見た、白くて巨大な建築物。内部に太陽の光は届かないが、それを代替するように暖かい光を投げかける大規模な発光装置。
その下に広がる巨大な畑は何段にも重なっていてまるで工場のよう。しかも土がないのに生き生きとした果実を実らせている。
細かいところまで見ずとも、こんなに大規模な円筒形の外郭に沿った都市を造ることなんて、今の技術では不可能だろう。
頑張って造りました、よりも人類以外の誰かが造り上げました、のほうが納得がいく、そんなエルベスの姿だった。
「彼ら、とは誰なんですか?」
「詳しいことはわかりません。人々の間では、神の使徒だということになっています。なんたって、死者を生き返らせているのですから」
私個人としては、他の星から来た宇宙人なのではないか、と考えています。根拠はありませんが……、とゼノさんは笑った。
「そんなに進んだ彼らの技術を、この街は使いこなしている――。利用できているということも、よく考えてみればすごいことよね」
「ははは、伊達に歴史を積み重ねてきた訳ではありませんからね。エルベスを治める者は代々、彼らの技術の研究が責務とされておりますから。もっとも、まだ使いこなすというより使い方を知った程度ですが」
「代々……ということは、ゼノさんも研究しているということですか」
「もちろん。私だけではなく、管理委員の皆も共同で研究しています。 ――そして、ここからが本題なのですが……」
ゼノさんは声を潜めた。
思わず僕らも椅子をがたっと前のめり。
「数年前から、エルベスの施設を動かしているエネルギーの生成プラントが停止してしまっているのです」
いつの間にかぽかりと口が開いていた。
思わず、それって大丈夫なんですか、なんて馬鹿なことを聞いてしまう。
大丈夫な訳がない。
「深刻な事態です。残っているエネルギーを使いきってしまえば、エルベスのインフラは全て止まってしまいますから。幸い、故障の原因はどうやらエルベスの制御区画にあることが分かりました。おそらく修理してやればプラントは動き始めるはずです」
「よかった、修理できるんですね」
「ええ。理論的には」
「理論的には……。ということは、なにか問題があるの?」
ネフの言葉に、ゼノさんは深く頷く。
曰く、制御区画はエルベスの心臓部なだけあって、住民はおろか歴代の統治者でさえも入ることはできなかったというのだ。
入ることができたのは彼らのみ。その彼らも、今はもういない。
「……万事休すじゃない」
「ええ。ですが、数ヵ月前にある発見がありましてね。希望が見えてきたのです」
なんだ、よかったと背もたれにもたれ掛かったネフの動きが。
「彼らの技術を動かしているエネルギーが、魔法と酷似した性質を持つことが判明したのですよ」
――ぴた、と止まった。口もぽかー、と開く。
お構いなしに続けるゼノさん。
「彼らが魔法を使っていたのだと仮定すると、制御区画に入るためには魔法を行使する能力が必要なのではないか。私たちはそう考えています」
もうお察しかとも思いますが、と前置きしてから、ゼノさんは固まっているネフを見つめて――。
「魔女である貴女に、エルベスを救っていただきたい」
重々しく、依頼を口にした。
(その4へつづく)
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