その2 突然の申し出

「……ネフ、エルベスに来たことあるの?」


「いいえ、初めてよ。──悪いのだけれど、人違いじゃないかしら?」


 ネフに声を掛けたのは、身なりの整った男の人。歳は多分四、五十歳くらい。

 またまたご冗談を、するりとネフの顔を覗きこむ。

 なんだか嫌な感じがして、僕は前へ出た。


「──あの、彼女に何か?」


「──これは失礼。以前この街に訪れた魔女様と瓜二つでいらっしゃるので、つい……。魔女様はそちらのお嬢さんとそっくりの装いをしていたもので。人違いですか……」


 がっかりしたようにそう説明する男性。

 ところで、と話を続ける。


「お召し物から察するに、そちらのお嬢さんは魔女ですか? お二人とも、魔法に心得があったりします?」


「いいえ」


 なんか利用されそう。

 あまり詳しい素性を明かさないようにしようと思い、僕は知らないふりをした。僕自身魔法は使えないから嘘は言っていない。

 ネフも警戒感をあらわに、すすす、と後ろに下がりつつ──。


「ええ、使えるわ。わたしは魔女だから」


 ……正直にそう言っちゃった。

 とたんに男性の顔がぱっと明るくなる。


「おお、そうでしたか! それは素晴らしい! エルベスへようこそ、魔女のお嬢さん! そしてお連れの方!」


 両手を広げて歓迎してくれた。さっきまでの対応と随分違うな!


「申し遅れました、私はこのエルベスを治めさせております、ゼノと申します。以後、お見知りおきを。お二人さん、お名前を伺っても?」


 男性──ゼノさん──はなんと、町長だった。

 さっきとは違う意味で緊張する僕とは逆に、ネフは堂々と答える。


「わたしは、ネフ・エンケラ。それから——」


「──レノン・ブルーメ。冒険者です」


「ネフさんとレノンさんですか。ネフさんは魔女で、レノンさんは冒険者と。お二人で旅を?」


「ええ、そうよ」


「なるほどなるほど、それはそれは。長旅お疲れ様です。──ちなみに、エルベスにはどのくらい滞在なさるおつもりですか?」


 ネフと僕は顔を見合わせた。

 一週間くらいかしら? とりあえず三日間とかでどうだろう。そうね、そうしましょう。


「とりあえず三日ほど……」


「宿はもう決まっていますか?」


「いや、来たばかりなのでまだですが」


「それは丁度良い!」


 ゼノさんはぱん、と手を叩き、実はお二人に頼みたいことがあるのです、と抑え気味の声で言った。


「もし受けて頂けるなら、お礼とは別に、エルベス滞在中の宿泊場所とお食事はこちらでご用意させていただきますが……いかがですか?」


 それは正直、とてもありがたい提案だった。

 エルベスにいる間はお金の心配することなく滞在ができる。そのうえ、報酬も手に入る。

 ネフの影を盗んだ魔女の痕跡探しに、これ以上集中できる条件はないだろう。

 まぁ問題は依頼内容なんだけども。


「その頼みたいことって、難しいものかしら?」


「魔法が使えなければお手上げです。魔法が使えるネフさんならば、上手くいけば数時間でこなせるかと」


「ならやるわ。いいわよね、レノン?」


 即決!?


「ちょっと待って。──ゼノさん、詳しい内容を教えてもらってもいいですか?」


 ええ、ええ、そうでしょうとも、と頷くゼイさん。


「ここでは人目につきすぎます。場所を変えましょう」


 こちらへ、と先に進むゼノさんにつづいて、僕たちはエルベスのさらに奥へと歩みを進めた。





(その3へつづく)

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