第2話死と異世界
午後十時
ある程度人通りも少なくなり、静寂の時間が始まる少し前。
この日はそうはいかないようだ。
鳴り響くサイレンの音、その音は一つではない。
救急車、消防車、パトカー。
サイレンを鳴らす車が揃っている。
それも、何十台という数の。
「こっちだ!!生存者が居るぞ!!」
…うるさい
鳴り響くサイレン、野次馬の悲鳴、生存者を探す消防士や警察官、救急救命士の怒号。
銃で撃たれ、爆発に巻き込まれ、死に行く彼女にはうるさ過ぎる状況だ。
最期くらい…静かにしてよ…
どうせここで生き残っても…また、つまらない人生が続くだけなんだから…
「すぐに病院へ連れて行く!だから諦めるな!!」
うるさい…どうせ私は助からないんだ。
女性は、最後の力を振り絞って手を伸ばし、駆け付けた救急救命士の手を振り払う。
「優先…順位を…間違えるな……私より…まだ助かる可能性のある人を…先に……助けなさい」
「何を言ってるんだ!!あなたはまだ間に合う!!」
女性の世迷言を聞いて、救急救命士が怒鳴る。
しかし、女性はフッと笑う。
「私は…生き残りたいとは…思わない……司法は…生きる権利は認めても……死ぬ権利は…認めてくれないのか…?」
「何を世迷言を…」
「自分の死に場所くらい…自分で決めさせてよ……それが……生命活動の自由って…言うものでしょう?」
救急救命士の顔に、迷いが現れる。
この人は死を望んでいるのに、それを自分勝手な判断で否定してもいいのか?
自分は命を助ける救急救命士。
その名に掛けて、この人を救うべきだろう。
しかし、本人が望んでいないのに助けるというのは、ただのお節介ではないか?
「葛城…他の生存者の所に行くぞ」
「先輩…」
反対側に居た、先輩の救急救命士が立ち上がる。
その顔色には、迷いがはっきりと写っている。
しかし、
「ありがとう……決して…自分の……決断を………責め……な…いで……」
女性は、精一杯の笑顔を見せて、息絶えた。
それを見送った先輩の救急救命士は、帽子を深く被り、歩きだす。
「先輩…自分達のしたことは…正しかったのでしょうか?」
若い救急救命士が、ボソボソと質問する。
「正しい…とは、言えないだろうな」
「そうですよね…」
先輩の救急救命士の答えは、至極真っ当なものだった。
「しかし、少なくともあの女性は俺達のしたことに感謝していた。例え間違っていても、あの女性にとっては正しい事をしたと思うぞ」
「そうですね…」
それでも、納得出来ない部分もある。
しかし、少なくともあの女性は死を望んでいた。
すると、先輩の救急救命士が立ち止まり、煙が立ち昇る空を見上げる。
「『自分の決断を責めないで』か…」
ポツリと呟いた後、
「願わくば、あの女性に良き来世があらんことを…」
死を受け入れたあの女性の来世を祈り、仕事に戻っていった。
◆
いつからだろう。
私が転生者であることに気付いたのは。
「起きろ、563番」
最低限の家具が用意された、牢屋のような部屋。
自分に付けられた番号が呼ばれ、少女…いや、幼女はベットから起き上がる。
そして、ついさっき鍵が開けられたドアを開ける。
外も牢屋のような造りをしており、誰かを閉じ込めて置くための施設であることは確実だ。
「朝飯の時間だ。それと、会長が来ている」
「…」
幼女は何も言わない。
ただ、言われた通りにするだけ。
奴隷という立場を受け入れ、何事にも興味を持たずただ命令に従うだけの人形となった。
これは、酷い拷問を受けてこうなった訳ではない。
自分の意志でそうしているのだ。
「奴隷の癖に、朝から豪華な食事と酒が飲めるとは…流石は会長のお気に入りだな」
「…」
「命令に従順で、実力も申し分ない。これ以上ないくらい素晴らしい奴隷だ。国王すら欲しがるんじゃないか?」
「…」
歩きながら、幼女を褒める男。
この男は、昔からこの幼女の世話をしており、自分の子供のように大切に育ててきた。
名前が無いせいで、番号でしか呼べないことが酷く残念ではあるが、幼女はまったく気にしていない。
そして、しばらく歩いていると、先程とは打って変わって豪華な廊下が見え始めた。
「もうすぐ着くぞ。くれぐれも失礼の無いようにな?」
「…」
ここから先は、会長が出入りする場所。
会長の許可がなければ入れない場所だ。
男はカーペットの前で立ち止まり、突き当りの扉を目指す幼女を見送る。
扉の前まで来た幼女は、門番に扉を開けてもらい中に入る。
「失礼します」
「よく来たな、563番。君の席は…言わなくともわかるだろう」
部屋の中はまるで貴族の屋敷のように豪華で、大金が使われている。
その部屋には、小太りの中年男性と、幼女と同年代の子供達が六人居た。
部屋の中央に大きな机が置かれており、その机に人数分の食事と人数分の席が用意されていた。
椅子は既に埋まっており、一つだけ空いている席が、幼女の席だろう。
幼女はその席に腰掛ける。
「全員揃ったな。それでは、大地の恵みに感謝を」
「「「「「「「感謝を」」」」」」」
食事の挨拶を済ませ、全員が料理に手を付ける。
出された料理も、貴族が食べるような豪華なもの。
奴隷に食べさせるには、過剰すぎる。
しかし、ここに集められた奴隷達は、将来有望な才能ある者たち。
良い食事を与え、健康的に育ってもらう必要がある。
「お前たち、調子はどうだ?」
中年の男の質問に、男に一番近い席に座っている男の子が顔を上げて答える。
「問題ありません。また一歩、強くなったように感じます」
「そうか。それは上々、これからも精進しろ」
「はっ!」
男は興味なさげに適当な返事をし、自分から遠い席に座っている幼女…563番に目を向ける。
「563番、調子はどうだ?」
「言葉が…必要でしょうか?」
「そうか、素晴らしいぞ、563番。欲しい物があれば、なんでも言うんだぞ?」
「はい」
明らかな対応の差。
適当にあしらわれた男の子から、殺意のこもった視線を向けられる。
563番はそれを無視し、食事を再開する。
その時、欲しい物が思い浮かんだ。
「フレーラ様。私の願いを叶えていただけますか?」
563番の言葉に、全員の視線が集まる。
「なんだ?言ってみろ」
中年の男…フレーラが興味深そうに応える。
「名前を、頂けませんか?私は、563番ではなく、名前で呼ばれてみたいです」
563番のお願いに、部屋が静寂に包まれる。
そして、その静寂を破ったのは、先程適当にあしらわれた男の子だった。
「ふざけるな!!いくらフレーラ様のお気に入りとは言え、名前を頂こうなど、強欲が過ぎるぞ!!」
男の子は机を叩いて怒鳴る。
すると、男の子の前の席に座る女の子が注意する。
「483番、食事中ですよ?それに、フレーラ様の前に座っておきながら、その態度はなんですか?万が一、フレーラ様のお料理が溢れたりしたら、どうするのです?」
女の子は殺意を込めた視線を男の子…483番に向ける。
すると、顔を真っ赤にした483番が怒鳴る。
「黙れ592番!!お前が指図するな!!」
「お食事中に騒がしくしてしまい、申し訳ございません。フレーラ様」
592番は、483番を無視して、フレーラに謝罪する。
「構わないさ。続けなさい」
「ありがとうございます」
フレーラは優しくそれを許し、面白いものを見るように手を組む。
どうやら、二人の喧嘩を見て楽しんでいるようだ。
「おい592番、何故お前がフレーラ様に謝るんだ。お前はそんなに俺を蹴落としたいのか?」
「蹴落とす?私はあなたを利用しているだけですよ。もちろん、使えなくなれば捨てますが」
592番は、殺意を隠そうともしない483番を煽る。
すると、483番がぷるぷると震えだし、腰の剣に手を伸ばす。
そして、剣を抜いて592番に向かって振るう。
その剣は、フレーラに当たりそうになり、二人の言い争いを見守っていた奴隷達が息を呑む。
その時、ガタン!!という物音と共に、563番が483番の背後に現れ、首にナイフを突きつける。
「フレーラ様の近くで、剣を乱雑に振り回すとは…度し難いぞ、483番」
563番のナイフは首の薄皮を切っており、少しでも動けば頸動脈を切ることが出来る位置にある。
「剣をしまえ」
「チッ!」
483番は、563番の威圧に負けて、剣をしまう。
すると、フレーラが563番に話しかける。
「563番。お前の願いは、また今度叶えてやる。今は食事に戻れ。お前たちもだ」
フレーラの指示に、563番はナイフを下ろし、自分の席へと向かう。
他の奴隷達は食事を再開し、黙々と料理を食べる。
それからは、誰も喋ることはなく、そのまま食事は終わった。
◆
「おい、563番」
食事を終えて、自分の部屋に戻ろうとする563番に、483番が声をかける。
「お前、調子乗ってんじゃねえぞ?」
483番は563番の肩を掴み、殺意を込めだ低い声で563番を脅す。
しかし、563番はまったく怯まない。
それどころか、睨み返してくる。
「調子に乗ってるのはお前だ。お前がフレーラ様のお気に入りの一人でなければ、今すぐに殺しているぞ?大して強くもない癖に粋がるなよ、このゴミが」
563番は、483番のそれとは比べ物にならないほどの殺気を放ち、483番の手を振り払う。
そして、483番に背を向けて歩きだす。
「クソが…いつか、絶対殺してやる」
483番は、563番の背中を睨みつけ、必ず殺す事を誓った。
あんな女よりも、自分の方が優れている。
その事をフレーラに見せるために、563番をフレーラの目の前で殺すと誓った。
「フレーラ様、本当に役に立つのはこの俺です。あんな奴、すぐに殺してみせますから」
483番はもう一度563番を睨むと、自分の部屋に向かった。
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