エピソード23
「もうすぐ、テストだね~」
「……は?……うぐっ!!」
4人でお昼ご飯を食べる事が当たり前になった学食。
私と麗奈が隣り合って座る前の席には海斗とアユムが座るのが定番になった。
麗奈が突然、発した言葉に驚いた私は食べていたお味噌汁が変な所に入りムセてしまった。
「汚ねぇな!!飯ぐらいゆっくり食えよ」
お腹が空き過ぎてがっついた所為でムセたと思ったらしい海斗が眉間に皺を寄せる。
「大丈夫?」
爽やかな笑顔で心配してくれるアユム。
「美桜、マジウケる~!!」
ムセる私を指差して大笑いする麗奈。
私はペットボトルのお茶を飲んで落ち着いた所でもう一度尋ねた。
「……テストって何……?」
「はっ?」
「はい?」
「えっ?」
見事に三人の声が重なって私を見つめる。
「……?」
首を傾げる私に三人は顔を見合わせた。
「美桜、知らないの?来週、テストがあるんだよ」
「……来週……」
「編入して来た時、西田ちゃんから聞いてないの?」
「……聞いてない……」
……テスト……。
まだ、編入して来て一ヶ月も経ってないのに……。
「だ……大丈夫だよ、美桜。とりあえず5教科それぞれ85点以上取ればいいんだから!!」
固まる私をフォローしようとしてくれた麗奈の言葉。
……でも……。
その言葉で私は、より一層テンションが下がった。
夏休み中に蓮さんが勉強を教えてくれたお陰で何とか授業についていけてるけど……。
それは、数学以外の教科の話。
聖鈴の授業は、週一回くらいのペースで小テストが行われる。
それの点数だって数学はいつも50点から60点の間を行ったり来たりしてんのに……。
85点以上なんて取れるはずないじゃん!!
「……ねぇ!!」
「な……なに?」
私の必死の形相に驚いた麗奈の顔が引き攣っている。
「もし、85点以上取れなかったらどうなるの?」
「い……一応、追試があるよ」
「追試!?」
「う……うん」
「それは、何点以上取ればいいの?」
「……85点」
私は掴んでいた麗奈の肩から手を離し大きな溜息を吐いた。
やっと私から肩を解放された麗奈は安心した表情を浮かべて大きな溜息を吐いた。
……無理だ……。
他の教科はともかく数学で85点なんて取れるはずが無い。
編入してすぐに、もう退学!?
……どうしよう……。
その日は午後になってからも私のテンションが復活する事はなかった。
帰り昇降口で三人に別れを告げた私は低いテンションのまま迎えに来てくれた蓮さんの車に乗り込んだ。
私の異変に気付いた蓮さんが私の顔を覗きこんだ。
「どうした?なんかあったか?」
優しく穏やかな漆黒の瞳。
私はその瞳を見つめながら答えた。
「……テストがあるんだって」
「テスト?」
「うん」
「楽勝だろ?」
その言葉に私は大きな溜息を吐いた。
「数学か?」
「……うん」
ズバリ不安の原因を言い当てられた私は俯いた。
そんな私の頭を蓮さんが大きな手で撫でてくれた。
「大丈夫だ、美桜」
頭の上から優しい声が降ってくる。
その言葉に私の不安が溶け出した。
いつの間にか蓮さんの『大丈夫だ』が私の心の安定剤になっていた。
この言葉を聞くと本当に大丈夫な気がしてくる。
日を追うごとに蓮さんの存在が必要不可欠になっているのが分かる。
その日の夜から、私は今まで生きてきた中で一番勉強した。
蓮さんの傍にいる為には組長との約束を守らないといけない。
その為には今度のテストで絶対に合格点以上を取らないといけない。
必死で勉強する私に蓮さんは、自分の仕事の時間を削って教えてくれた。
麗奈達も、私の数学の勉強に付き合ってくれた。
昼休みや自習の時間を使って分からない問題の解き方を教えてくれた。
麗奈は頭に大きな花が咲いてるし、海斗は銀髪で制服を着崩しまくってるし、アユムはいつも爽やかに笑っているのに……。
……やっぱり聖鈴の生徒だった。
私よりも遥かに頭がいい。
そんな三人が私の勉強に付き合ってくれる事に感謝の気持ちでいっぱいだった。
久々に本気で頭を使った所為かテストの最終日。
最終科目の数学が終わった後、私は熱を出した。
「……終わった……」
机にぐったりと倒れ込んだ私。
隣の席の麗奈が笑顔で「お疲れ!!」と頭を撫でてくれた。
そんな麗奈の表情が変わった。
「……美桜、熱があるよ!!」
麗奈の声に前の席に座っていた海斗とアユムが振り返った。
「……熱?」
私は自分のおでこを触った。
自分の手が熱い所為かいまいち分からない。
そう言えば今日の朝から身体がダルかったけど、生理前だからだと思っていた。
「保健室に行って来いよ」
海斗が私の顔を覗き込む。
「麗奈」
アユムが麗奈に視線を向けると麗奈が頷いて立ち上がった。
「行こう、美桜」
私は麗奈に手を引かれて保健室に向かった。
◆◆◆◆◆
保健室と書かれたプレートが下がる部屋。
麗奈がノックをしてドアを開けた。
中に入ると病院の診察室を想像させる空間。
鼻につく薬品の香り。
薬が嫌いな私は昔から保健室という空間が苦手だ。
「華ちゃ~ん。美桜、熱があるんだけど!!」
保健室にいた白衣姿の女の人に麗奈が話し掛ける。
薬品棚のチェックをしていたその人が振り返った。
「大丈夫?」
華ちゃんと呼ばれたその人は心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「……多分……」
小さな声で答えた私をイスに座らせると体温計を差し出した。
華ちゃんと呼ばれたその人は20代前半くらいの若い人だった。
白衣を着ているから多分保健室の先生なんだろう……。
私はそんな事を考えながら麗奈と華ちゃんの会話を聞いていた。
しばらくすると脇に挟んでいた体温計が電子音を発した。
「見せて?」
華ちゃんに体温計を差し出す。
体温計を見た華ちゃんの顔に驚きの表情が広がった。
「紺野さん、かなり身体キツイでしょう?」
「……?いえ。ちょっとダルイだけですけど……」
「本当に?」
「はい」
「でも、熱が38.6℃もあるわよ……」
「……はっ?」
「すぐに帰った方がいいわね。お家の方に迎えに来てくれるように連絡するわね」
「あ……あの、自分で連絡します」
私がそう言うと華ちゃんは「そう?」とニッコリと微笑んで麗奈に「紺野さんのカバン取ってきてあげて」と言い「担任の先生に報告してくるから」と保健室を出て行った。
今までダルイだけだったのに自分の体温を知った途端に頭がボンヤリとしてきた。
……蓮さんに連絡しなきゃ……。
今日はお昼までだって蓮さんも知ってるから、しばらくしたら迎えに来てくれるはずだけど……。
華ちゃんも『連絡して』って言っていたから、とりあえず電話だけしておこう。
私は制服のポケットから淡いピンクのケイタイを取り出した。
見慣れた蓮さんの番号を出し発信した。
『どうした?美桜』
数回の呼び出し音の後に聞こえてきた声に安心感が広がる。
「蓮さん、今、保健室にいるんだけど……」
『具合悪いのか?』
私の言葉を遮った蓮さんの声は焦っているように聞こえた。
「熱が少しあるだけなの。それで、華ちゃん……じゃなくて保健室の先生が『お家の人に連絡して迎えに来てもらって』って言うから……。でも、蓮さんもまだお仕事中でしょ?お昼まで保健室で待たせてもらっ……」
『すぐに行く』
また、私の言葉を遮った蓮さんはそう言うと電話を切ってしまった。
……蓮さん、私の話聞いてなかったよね?
そんなに慌てて迎えに来る事ないのに……。
私、大袈裟に言いすぎた?
……どうしよう……。
……なんか嫌な予感がする……。
ケイタイを閉じてから5分後、足音が聞こえてきた。
……まさか、蓮さん?
いや、まだケイタイ切って5分しか経ってないし……。
蓮さんのいる事務所からここまで車で15分は掛かるはずだし……。
あぁ!!麗奈がカバンを取って来てくれたんだ。
……でも、一人の足音じゃない気がする……。
二人?それとも三人?
麗奈と海斗とアユム?
私の事を心配して麗奈が二人を連れて来てくれたのかも……。
そうじゃなかったら、華ちゃんが担任の西田先生を連れて来てくれたのかも……。
あの、先生なら身体が大きいから足音が響くのかもしれないし……。
確実にこっちに近付いて来ている足音。
私の心臓は猛烈な速さで動いている。
な……なに?
な……なんだろう?
この嫌な予感は……。
足音は私がいる保健室の前でピタリと止まった。
勢いよく開けられたドア。
勢いがありすぎたドアは保健室の壁にぶつかり大きな音を響かせた。
その音に緊迫感がピークに達していた私の身体は大きく反応しその拍子に口からは「ひぃっ……!!」となんとも情けない声が漏れてしまった。
「美桜!!」
いつもなら安心を感じるその声にも……。
……後退りしてしまった……。
閻魔大王に近いくらいに険しい顔をした蓮さん。
「は……はい!!」
その表情に恐れを成した私はイスに座ったまま背筋を伸ばした。
本当は立ち上がってしまいそうな勢いだったけど、熱がある所為か、蓮さんが怖すぎたせいか……。
足に力が入らなかった。
私の姿を捉えた蓮さんは私の方に近寄ってきた。
イスに座る私の前にしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「う……うん」
私が、そう答えると蓮さんの表情が少しだけ和らいだ。
「す……少し熱があるだけなの……」
「そうか」
「ごめんね。心配を掛ける様な言い方して……」
「いや、気にすんな」
蓮さんの表情が安心した表情に変わる。
私もその変化に胸を撫で下ろした。
優しく穏やかな表情の蓮さん。
「どのくらい熱があるんだ?」
私のおでこに蓮さんの手が伸びてくる。
「……38.6℃……」
私がそう言うのと蓮さんの手がおでこに触れたのは同時だった。
蓮さんの眉間に皺が寄った。
私の耳が蓮さんの舌打ちの音を拾った時、私の視界が大きく揺れた。
「れ……蓮さん!?」
次の瞬間、私は蓮さんに抱きかかえられている事に気付いた。
「マサト!!」
滅多に感情を表に出さない蓮さんが強い口調で保健室のドアの方に向かって声を掛けた。
「はい」
いつもより険しい表情のマサトさんが顔を出した。
「病院に連れて行くぞ。連絡しとけ」
「はい、分かりました」
私を抱きかかえたまま足早に歩き出す蓮さん。
「ちょっ!!……待って……蓮さん!!私、自分で歩けるからっ!!」
私がどんなに暴れながら言っても蓮さんは足を止めてくれない。
蓮さんには何を言ってもダメだと悟った私は、一歩後ろを歩きながらケイタイを耳に当てているマサトさんに助けを求めた。
「マ……マサトさん!!」
私に名前を呼ばれたマサトさんは当てていたケイタイを耳から離した。
瞳で「助けて!!」って訴えてみる……。
そんな私にマサトさんは、優しく微笑むと言った。
「すぐに病院に行きますから」
……。
違うし……。
全然伝わってないし……。
『蓮さん!!』
今まで私がどんなに暴れても足を止めなかった蓮さんが後ろから掛けられたその声に足を止めた。
声の方を振り返る蓮さん。
蓮さんが振り返ると一歩後ろにいたマサトさんも足を止め振り返った。
そこにいたのは、私の鞄を持った海斗と心配そうな表情を浮べた麗奈とアユムだった。
「これ」
海斗が私の鞄を差し出す。
「海斗、悪ぃな」
「いいえ」
私を抱き上げていた所為で両手が塞がっていた蓮さんは
「おい、マサト」
とマサトさんに視線を向けた。
「はい」
海斗が差し出していた私の鞄をマサトさんが受け取った。
そのやり取りを私はボンヤリと眺めていた。
学校にいる時には蓮さんの事を“神宮先輩”と呼ぶ海斗が珍しく『蓮さん』と呼んだことに私はちょっとだけ違和感を覚えていた。
それから蓮さんは頭に大きな花を咲かせている麗奈に視線を向けた。
「麗奈ちゃん、いつもありがとう」
「い……いえ、お……お大事に……」
蓮さんに話し掛けられた麗奈はかなり動揺していた。
でも、すぐに蓮さんにお姫様抱っこをされている私を見た。
「美桜、ゆっくり休んで早く良くなってね!!」
「……ありがとう、麗奈」
私が小さく手を振ると、麗奈は嬉しそうに大きく手を振り返し、その手が海斗の肩に当たり睨まれていた。
◆◆◆◆◆
いつもと同じ様に昇降口の真ん前に止められている黒い高級車。
でも、その車は斜めに停まっていた。
マサトさんが後部座席のドアを開けてくれる。
蓮さんが私をシートに座らせるとドアが閉まる。
反対側のドアが開き蓮さんが乗り込んでくる。
蓮さんがネクタイを緩めYシャツのボタンを開けた。
その手の動きを私はボンヤリと見つめていた。
私の肩に蓮さんが腕を廻し引き寄せた。
車がゆっくりと動き出す。
私は蓮さんの身体に寄り掛かった。
車が校門を出た時、私の身体を包み込んでいた蓮さんの腕に力が込められた。
「……?」
「5分だぞ」
その言葉は私ではなく運転席のマサトさんに向けられたようだった。
「はい」
……なにが5分なんだろう?
そう思った瞬間、車がスピードを上げた。
多分、蓮さんの腕に支えられてなかったら私の身体はドアに激突していた……。
蓮さんは、いつも飛ばすけど恐怖心を感じた事がない。
マサトさんは、超が付くほどの安全運転で学校まで送ってくれる。
……でも、今日の運転は……。
怖い!!
車線変更を繰り返し、前の車にギリギリまで寄って道を開けさせている。
後ろからスピードのメーターを見て私は絶句した。
……あの……。
ここは高速道路じゃなくて一般道なんですけど!?
車が病院の敷地内で停車した時、私はぐったりとしていた……。
本当に死ぬんじゃないかと思った。
途中からは前を見る事も出来ずに蓮さんにしがみ付いて瞳を閉じていた。
それを蓮さんは、私の具合が悪くなったと思ったらしく、マサトさんに「急げ!!」と言い放った。
「はい」と答えたマサトさんはより一層アクセルを踏んだ。
熱がある事を忘れるほどの恐怖のドライブは、蓮さんが言った通り5分で終わった。
普通に車で走って20分掛かる距離を……。
事務所から学校に来る時も二人は恐怖のドライブをして来たのかもしれない。
……そう思ったけど聞く事は出来なかった……。
マサトさんが車のドアを開けるとそこには二人の看護師さんが待ち構えていた。
「だ……大丈夫です!!」と言う私の言葉を聞いてくれる人は誰もいなくて……。
無理矢理、車椅子に座らされた。
そのまま救急搬送用口を通って診察室に強制連行されてしまった。
車椅子で運ばれる私の後ろを付いてくる蓮さんとマサトさん。
病院の中ですれ違う人達は『何事!?』と言う顔で振り返っていた。
待合室で待つ事も無く診察室の前に付くと蓮さんはマサトさんに「ここで待っていろ」と言った。
……もしかして……。
蓮さんも一緒に診察室に入ってくるつもりとか?
……まさかね?
看護師さん達が慌しく私の体温や血圧を測っている間、蓮さんは険しい表情で腕を組んでずっと私の隣に立っていた。
しばらくして診察室に入ってきた白衣姿の先生は、その雰囲気に驚いていた。
診察中、険しい表情で見つめている蓮さんに先生は顔を引き攣らせていた。
「夏風邪ですね。夜になると熱が上がるかもしれませんからお薬を出しておききます」
先生がそう言うと、やっと蓮さんの表情が和らいだ。
先生が診察室を出て行くと蓮さんが優しく穏やかな表情で私の顔を覗きこんだ。
「きつくねぇか?美桜」
「……うん」
「家に帰るか」
「……うん」
診察室を出る時、車椅子に乗る事を拒否した私を、また抱き上げようとする蓮さん。
「ほ……本当に大丈夫だからっ!!」
力いっぱいにそう言うと蓮さんは大きな溜息を吐いて抱き上げる事を諦めてくれた。
蓮さんが私の腰に手を廻して支えるようにして診察室を出る。
診察室の前に立っていたマサトさん。
その手には薬の入った袋が既に提げられていた。
私の顔を見たマサトさんが「姐さん、大丈夫ですか?」と心配そうに尋ねた。
熱の所為で少しフラフラするけど、そんな事を言ったら、また強制的に車椅子に乗せられてしまうと悟った私は「全然大丈夫です!!」と答えた。
そんな私にマサトさんは安心したような笑みを向けてくれた。
駐車場に停車していた黒い高級車を見た時、さっきの恐怖のドライブの記憶が蘇った。
……帰りも高速道路並みのスピードを出されたらどうしよう……。
帰りは絶対に命が危ない。
もしかしたら数十分後、救急車に乗ってこの病院に戻って来ないといけないかもしれない……。
「やっぱり具合、悪いんじゃねぇのか?」
マサトさんが開けてくれたドアの前で呆然とそんなことを考えていた私の顔を覗き込む蓮さん。
その声で我に返った私は首を大きく横に振った。
恐る恐る乗り込んだ車。
そんな私の不安を他所にマサトさんの運転はいつも通りの安全運転だった。
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