6. 優先課題の考慮事項
これまでの章では、サステナビリティの概念と SDGs への参加、そしてその導入手順について説明した。ここからは、SDGs 導入の実際で考慮する点について考えていこうと思う。まずは、ステップ 2 で学習した優先課題を決めるときに考慮する点を見てみよう。
「4. 事業に SDGs を組み込むには (1)」に記述したステップ 2 では、バリュー チェーンに沿った SDGs の目標を優先課題として選択する、と述べた。
出版業は、このバリュー チェーンが作品の発掘から電子または紙の形式での出版・流通、紙の本であれば物理的に廃棄されるまでと案外短い。本は電子媒体であれば、作品の作成から配信までデータだけで済んでしまうし、紙の本だとしても、材料は基本的に紙とインクだけなのでサプライチェーンを遡るのはそれほど大変ではない。
大変なのは製造業だ。パソコンでも作ろうものなら、プラスチックの調達から廃棄までリサイクルを念頭に置かなくてはならないし、金属部品は産出元まで遡って紛争鉱物が入っていないことを確かめなくてはならない。部品や本体の製作を海外でしていれば、その工場の人権問題も把握する必要があるし、有害物質の追跡など環境関連の目標に関連することが満載だ。
出版業で環境関連の SDGs に貢献するには、再生林認証を受けた紙で本を作るとか、紙として消費した木材の量を相殺するために再生林に投資するとか、植物性インクで印刷するとか、そのあたりだろう。
その他の環境面での貢献は、デジタル化を推し進めることだろう。書籍市場の 70% は未だに紙の書籍や雑誌が占めているが、2014 年の電子書籍の市場規模に比べると 2021 年で 4 倍近くに伸びている(*12)。しかも電子書籍の方が炭素排出量が少ないらしいので(*13)、出版業の SDGs 目標としては適している。バリュー チェーンを考えたときに、流通を通さずに直接販売したり電子書籍ストアと直接交渉したりできる点、物理的な在庫を持たなくていい点、さらに返品が無い点も事業としての優先課題を満たしている。ただし、バリュー チェーンの最後にある、自社では管理できない物理的な端末の炭素排出量をどのように計算するかが面倒かもしれない。
それよりも、出版業での最大の貢献はコンテンツの作成段階で SDGs の社会的な目標を目指していく側面ではないかと思う。その中でも一番手っ取り早いのは SDG メディア コンパクトに署名することだろう。SDG メディア コンパクトは 2018 年に発足した、報道機関とエンターテインメント企業に、記事、動画、および出版物を通じて SDGs 達成を促進してもらうための仕組みだ。グローバル コンパクトよりは要求事項が少ないので、SDG メディア コンパクトにだけ署名している日本の新聞社や放送業は多い。出版社も数社が署名している(*14)。その後 2020 年に SDG パブリッシャーズ コンパクトが発足した。全社はエンタメ系中心に SDGs を盛り立ててくれれば OK な組織だが、後者のパブリッシャーズは出版社向けの組織で SDGs 関連のグローバル コンパクトほどではないが進捗報告などが必要になる。日本では 1 社だけが署名しているが、公式 web サイトに SDGs の貢献についての記述も報告も無いのがちょっと気にかかる(*15)。
そもそも、なぜいろんな団体に署名して貢献や報告をしなければならないのか、と思う向きもあると思う。自由に SDGs に参加してできることを貢献すればいいじゃないか、と。細かく規制を設けるのは、ひとえに SDG ウォッシュ (SDG washing) を避けるためだ。SDG ウォッシュとは、企業が SDGs への貢献を謳っているものの、実際には行動していなかったり、自社の取り組みと実際の事業が矛盾していたりすることをいう。日本でも大手企業が SDG ウォッシュを指摘されている(*16)。
これまで見てきたように、本気で SDGs に貢献するには非常な努力が要る。次の章では、SDGs の理想と現実について説明する。
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