エイプリルフールの恋人
@uz610muto
第一話
「タンポポの綿毛には、精霊が住んでいるの」
幼い頃の春の終わり、母はタンポポを手に持ち、僕の前で大きく息を吹きけた。
「ほら、皆、笑っているわ」
家の駐車場で笑う母は、光り輝いていた。
四月一日。ミスドのコーヒーを啜り彼女の前で、僕は話し始めた。一週間前、僕は彼女に告白した。彼女は、一週間待ってくれと言った。そして、今日、彼女から、このミスドを指定されたのだ。
「このドーナツ、おそらく作り手は三〇代女性。昨日彼氏と喧嘩している」
僕は言った。しかし、彼女は、母親とは似ても似つかぬ現実的思考の持ち主だ。こんな空想好きではあるまい。
「知り合いか何か?」
「いや、男の勘と言うものだ。ここのところ、チョコレートのかけ方が少し緩くなっている。これが、三〇代女性の緩みというものだ」
「へえ。見せて」
彼女は、皿をとり、そのままパクッと僕のチョコレートがけのフレンチクルーラーを食べた。
「うまい。これが三十代女性の美味しさね。うーん、でもダメ。これ、私には普通のミスドの味。それ以上でも以下でもないの」
僕は、まるであわてるように身を乗り出した。
「あっ、ドーナツの精霊がっ⁉︎」
彼女は、眉を顰めた。
「ドーナツの精霊って?」
僕は説明した。
「そのドーナツから、ドーナツの精霊が出てきて、僕に告げたんだ、『私、戸田夏子。ドーナツの精霊。私を作った人のことを教えるね』って」
彼女は露骨に嫌な顔をした。
「それ何?からかっているの?」
「僕には見えるんだ。ドーナツの精霊が。最後にチョコレートをかけた瞬間に生まれるんだ」
彼女は少し怪訝そうに尋ねた。
「そういえは、あなた飲食やっていたわよね。それと関係が?」
僕は、笑顔で答えた。
「そう、その頃、マスターが口を酸っぱくして言っていたんだ。『飲食というのは、料理を通してのお客さんとの会話だ』って」
彼女は言った。
「それってメタファーじゃないの?」
僕は、彼女に真面目そうに告げた。
「それで。僕はよく想像したんだ。お客さんが料理を食べる瞬間に、うんと念じれば、僕の思っていることが少しは伝わるんじゃないかって」
彼女は、やっと笑って答えた。
「あなた、変わっているわね。でも、好きよ、そういうの。私も服を売るときは、お客さんが試着する瞬間に念じるの。『私のみる美人になったお客さんが、お客さんの目にも映りますように』って」
僕は頷いた。
「おそらくこのドーナツもそう。その念を感じとれたんだ」
「はははっ。それ面白いわね。その念が姿をとっているの?」
「今、君の中。胃のあたりから声が聞こえる。『もういいわ。ここで、栄養になるの』って」
「ここで?」
彼女は、みぞおちのあたりを指した。
「そう、今、光が消えた」
私は、笑顔を作り、パンと手を叩いて言った。
「エイプリルフール」
僕は、笑みを浮かべてみせた。
「ふふふ」
彼女は私の方を見て言った。
「私は想像力のないあなたが嫌いだから、あなたからのありがたい告白だけどそれは受けないわ。明日は連絡しないで」
それから満開の笑顔を作ってにたにた笑いかけた。そして、彼女は言った。
「エイプリルフール。今のは全部嘘。私は、あなたことを嫌いになることはないわ。これだけは言える。でも。私と付き合うことになったら、私は、きっとあなたのことを嫌いだっていうことはあるの。これは、言えるわ。でも、そのときに私の言っていることは全部嘘だから、ちゃんと信じていてね」
彼女は言った。
僕は、神妙に頷いた。
「それって、付き合うってこと」
「そう、エイプリルフールの恋人だわ」
そう言って、彼女は席をたった。
「明日早いの。勘定はつけにしといて」
そういうと、にこやかな視線で僕をみて去っていった。
席に残された僕は、嬉しい気持ちでいっぱいだった。先のことは、明るい未来を想像していた。 (続く)
エイプリルフールの恋人 @uz610muto
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