第2話 さぁ、試練《でーと》の旅に行きましょう

 

 意識が途切れ、深い眠りに落ちていた俺は、閉じていた瞳をゆっくりと開けた。


 まず、周囲を見渡した。


 ふぅ~、俺は、疲れているのか。さすがに、これは、ないだろう。


「おい、おい、なぜ、森の中なんだ!?」


 辺り一面が緑で覆われている。あの抽選会場にいた少女もここにはいない。


「それに、これはなんだ?」


 その中でも、一際ひときわ目立つ違和感があった。俺は、カバンを持っていたはずだ。そうか、思い出したぞ。俺は、これを持って、今から学園祭の道具集めに商店街へカチコミに行くんだったな。


 ……そうなわけないだろうが、だ、だれか教えてくれ。


 なぜか、俺の右手に天使の羽が左右対称になった柄――、刀身が透き通るように美しい剣が握られていた。


『そんなに見つめないでください。照れちゃいます。私は剣でもただの剣じゃないんです。聖剣なんですよ。えへへ』


「…………」


 俺は目を擦る。剣が、しゃべってやがる。幻聴が聞こえるほど俺は疲れているのか。昨日は、徹夜で文化祭の必要書類をチェックしていたな。完全な寝不足だな。これは全て夢なのか。結論から言うと、そうに決まっている。


 俺は、現実逃避しようとした。


『これは夢じゃないんです。逃げてもダメなんです。私と一緒に試練でーとの旅に出るんです。あなたは私の運命の人だから……』


 俺は、もう一度目を擦って見直した。これは現実なのか。それにしても、この剣は何を言っているんだ。こいつは、俺の考えていることを、まさか、俺の心が読めるというのか。うわ~、気持ち悪いな。どこかに捨てるか。


『そ、そんなぁ~、私を捨てちゃうんですか? 酷いよ。あんまりだよ。それなら……あなたを殺して……私も死にます……』

 

 こいつ、病んでいるのか? かなり危ないヤツだな。これは、聖剣ではなく魔剣じゃないのか。


 俺には、見える。


 目のハイライトが消えた、少女の姿が……


『えへへ、どうします?』


 言葉を間違うと大変なことになるぞ。というか、ヤラれる。


『ねぇ、一緒に死んでくれますか? それとも試練でーとに行きます? それとも、結婚ですか? でも試練でーとが先ですよね。どうしましょう。困っちゃうよね。えへへ』


 この自称聖剣は何をいっているんだ。頭のネジがいかれているのか。このままでは殺されるぞ。


 ……俺は自分の首になぜか刃を向けている。まさか俺の身体まで操ることができるのか。


「分かった。分かった。俺の負けだ。君と試練でーとに行こう。それで、ここは、どこなんだ?」


 仕方なく、この聖剣とやらに現状を聞くことにした。


『この世界は、ミストリア大陸と呼ばれています。この森は聖なる森カーナ。そして、このカーナの森で祀られている聖剣エスカーナとは私のことなんです。すごいでしょう』


「ああ、ソウデスカ。スゴイネ」


『心がこもってないです。もういいです。さぁ、試練でーとの旅に行きましょう』


「俺に拒否権はないのか?」


『えっ? やっぱり一緒に死んでくれますか?』


「な、なにを言っているんだ。試練でーとに行くに決まっているだろう」


『嬉しいです。私の運命の人ですもんね』


 俺には、選択権がないようだ。これが、俺とエスカーナとの出会いだった。


☆☆☆


 ところで、俺は、この世界で何をすればいいんだ? いつ、帰れる?


 俺は、聖剣エスカーナに尋ねることにした。


「そもそも、試練とは、一体何をすればいいんだ」


『えーと、たしか、人々に害を与える魔物を倒すらしいです。でも、そんなこと、しなくてもいいんです。私との愛を深めてあんなことやこんなことを毎日しましょう。子供は何人ほしいですか? 女の子がいいですか? それとも男の子? デートのあとに何度もしちゃうと、きっとできちゃうかもしれません。赤ちゃんの名前はどうしましょう。あうっ、困っちゃうよね』


 早口すぎて、よく聞こえなかった。耳が悪くなったのだろうか。聞き取れたのは、『人々に害を与える魔物を倒す』だったか? 一介の高校生に何ができるというんだ。魔物が現れてみろ、チートすら何もない俺は、殺されるにきまってるだろうが。だが、戦うにはどうすればいい? 頭がアホな武器ならここにあるが。


『アホって酷いです。どうせなら、カナちゃんって呼んでください。呼び捨てにしてくれてもいいですよ。竜也さんのことを旦那様って呼んでもいいですか? お約束の言葉を言わなければなりませんね。お風呂にします? ご飯にしますか?  そ・れ・と・も……わ・た・し? きゃー! 恥ずかしいよぉ!』


 よくわからん奴だ。とりあえず無視することにしよう。


「ハイハイ、ところでどうやって戦えばいいんだ?」


『名前で呼んでくれないのは照れ隠しですか? 意外とシャイなんですね。でもいつか呼んでくれると信じてますよ。ベッドの上でならきっと正直になってくれますよね。「俺のエスカーナ」って言われたら、もう濡れちゃうかも。ああ、どうしよう。勝負下着をつけないといけませんよね。それともなしがいいですか、どうしようかな』


 まともな聖剣と交換できないのか。このままだと、俺はすぐに死んでしまう。

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