電車って乗っているとなんか黄昏たくなるよね
「そうは言っても上りか下りかだな~」
ここに来て電車に乗るのはこれで3回目。まさか今日乗ることになるなんて。
他の街のことなんて全く分からない。ここからは手当たり次第に行くしかない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り、鉄砲撃ってばんばんばん、柿の種っと」
困った時のおまじないによって、下り方面に決まった。
まず一つ先の駅に行くことにした。一つ一つ降りて確認するしかない。
でも出来るだけ急がなきゃ。まる一日かかってしまいそうな予感がする。
いや、ほぼほぼそうなる可能性が大いに高い。
次の電車は……あと5分後か。思ったより時間があるようで良かった。
ホッと一息をつき、切符を購入して改札を通る。
ほんとはICカードをきちんと持っていたけど、自宅に置いてきた。
この市内で流石に買えるだろうと思っていたから。
今日は金曜日、いわゆる華のフライデー。やはり東京は人が多い。
平日とは言えど金曜日。だからほぼほぼ土日と変わらないっていう感じはある。
そうは言ってもいるのは子連れの夫婦とかサラリーマンとかだ。
学生はこの時間、学校だからいなくて当然っちゃ当然なんだけどね。
と言っていたけど撤回する。一人だけ学生がいた。
ブレザー制服を着ている黒髪の長い少女。学校はサボっているのだろうか。
あまり高校生活を楽しんでいるようには見えない。何か深い事情があるのだろう。
ぽつんと一人でベンチに座っている。周りには誰もいない。
「話しかけてみるか」
もし行き先が一緒なら、良き旅人になりそうな感じがするし。
「やぁ、名も知らぬガールよ」
少しだけ距離を空けてベンチに座り声をかける。
まさか声をかけられるだろうとは思っていなかっただろう。
びくっと体を震わせて勢いよく私の方を見る。
「だっ……どっどち……ら……様……です……か」
何を考えているか分からないけど、酷く怯えている。
「まぁ名前は分からなくてもいいじゃないかっ。私が知りたいのはあんたが今からどこに行くかってこと。それ以外今は聞かないから安心しな」
「ほっ……本当に……ですか……学校の人に……言ったり……しま……せんか」
理由は分からないけど予想は的中した。てかそれくらいしか思いつかない。
「言わない言わないっ。私はね、新発売のミルクティーを買いに行くの。ここにはもうどこにもないから、とりあえず隣の駅にね。それであんたも隣の駅に行くなら一緒に行きたいな~ってだけの話よ」
「えっ……同じ……です。私も同じ目的……です。しかも行く場所も……同じです」
偶然にも目的も行先も一緒。これは奇跡だ、これを奇跡と呼ばずに何というものか。
「えっ嘘~! じゃあさ今日はさ今から一緒に行動しな~い?」
少女は少し戸惑いながらも首を縦に頷いた。
「やった~! 嬉しい~ありがと~」
私はつい舞い上がってしまい抱きしめた。
「そっ……そんなに……嬉しいもの……ですか? ひっ……ひと……一人じゃ……ないだけで」
「そうよ、こんな些細なことで幸せな気分になれるのよ。少なくとも私は、ね」
ひょんなことから一緒に行く人を見つけた。予想外の展開だけど、とても喜ばしい。
「せっかく一緒に行くことになったんだから、軽く自己紹介しよっか。あぁちなみに名前はもう何でもいいよ、ただし本名以外ね。私も本名じゃない名前を言うつもりだし。本当に何でもいいよっ。名前らしいものでも良ければ、お菓子の名前でも文房具でもなんでも良きっ」
「本名……以外……です……か、そんなこと……初めて……言われました」
「いわゆるマイルールってやつね。やっぱり色んな名前を使ってみたいし。本名はまたの機会ってことでね」
「はっ……はぁ……」
少女は困惑気味、まぁそりゃそうか。本名以外って限定されたらそうなるよね。
普通の人なら当然だ。
「改めまして自己紹介っ。私の名前は伊集院ほのかっ、19歳だよんっ。甘い物や可愛いものやミルクティーが大好き。特にアフタヌーンティー様のはもう最っ高! The王道だねっ。一応フリーランスってやつだよ~。目指せ個人事業主っ!」
「いっ……伊集院……ですか」
「そ、なんかさお金持ちっぽくない? お嬢様って感じがしてさ。エレガントで華やかで可憐で美しい女性を連想させるから、今日はこれ」
「今日ってことは……毎日違う名前……を?」
「その通~り! 気分によって名前を変えてるのさ。と言ってもあまり名乗る場面がないから、意味が無いけどね~。あんたが初めてかも、こうやって名乗るの。いつも考えるだけ考えて誰にも言えずじまいだからさ~」
と言ってるけどもしかしたら名乗ったことがあるかもしれない。
覚えていないだけで。基本的に今を生きているから過去のことはあんまり覚えていない。
本当に印象的なことは覚えているけど。修学旅行とか卒業式とか。
「次は……私の番……ですね」
少女は大げさなくらいに深く深呼吸をした。きっと緊張しているのだろう。
「私の名前は……ココア……マカロン……です。じゅっ……17歳です……高校生です……あっ……あの……」
「ん、どしたの」
「本当に……学校の人に……言わない……ですよね……」
「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ! 私ココアちゃんの学校知らないしっ」
「そう……ですか……。あの……良かったらもう少し詳しく……言っても、大丈夫ですか……もっと話したい……ので」
「いいよいいよーっ。ぜんっぜん大丈夫! がんがん話しちゃってぇ~」
私の言葉を聞いた途端に、少しだけ表情が柔らかくなっていた。どうやら少しだけ打ち解けたみたいだ。
「輝愛高校に……通ってます……今日は……授業があったのですけど……。そんな気分じゃなくて……なんなら凄く消えてしまいたいな……って気分で……。りっ……理由があるんですけど……きっ聞いてくれますか……」
「うん、いいよ、聞いてあげるから話してごらん」
彼女が話した内容はこうだ。
家では両親と父方の祖父母と一緒に暮らしている。
学校でも決して多くではないけど、きちんと友達が数人いる。
特にいじめらることもなく高校生活を楽しんでいるとのこと。
問題なのは家にいる父方の祖父母だ。
まず祖父はとても心配症、だから何回も色んなことを確認してくる。
少し問題が起きただけで報告しに来る。正直に言うと鬱陶しい。
そして自分では何もしない癖に、横から口を出してくる。
更に喋りのスピードが基本的に少し速い。その上にぼそぼそだからいまいち聞き取りにくい時がある。
これだけでも十分にストレスは溜まるのに、祖母にも問題があるのだ。
祖母は母の代わりに時々料理を作ってくれたり家事もしてくれる。
様々な人と仲が良くて、よく縁側でお話をしているのをよく見かける。
世間体がとても良い人と言えるだろう。
しかし時々、母に意地悪を言ったりわけの分からないことでキレたりする。
昔の人間だからと言えばそれで片付くかもしれない。
けど嫁は如何なる時もきちんと家事をこなすものと考えているとのこと。
あまりにも考え方が昔過ぎる。
母はハンドメイドのお店をネット上で運営している。
だから基本的に在宅。もちろんきちんと働いていることをみんな知っている。
それなのに料理は作って当たり前などと考えているのだ。
料理を作っていると言ったけど、圧倒的に母が作っている回数の方が多い。
祖母も最近は少し別の料理も作るようになった。
母が料理を作れない時はずっとカレーライスにきゅうりの漬物ばかりだった。
それ以外は一切作らない、なんて時期もあった。
それには理由がある。そう、認知症だ。去年の三月辺りからそれらしい症状が出て来た。
だから何回も同じことを聞いてくる。その上に聴力も下がる始末だ。
祖父母の会話なんて、ずっと聞いていると気が遠くなりそうになる。
もう少しゆっくり喋ればいいのに喋らないから何度も祖母が聞き返す。
はっきり喋らないから尚更だ。しかも内容に少し耳を澄まして見れば
どうでもいい世間話だったり、全く二人は気にしなくてもいいことばかり。
ちなみに父は普通に会社で働いているサラリーマン。
どんなことをしているかは詳しく知らないとのこと。
何回かストレスで頭がおかしくなりそうになったけれど。
友達に話したりSNSで非公開の誰もフォローしていないアカウントで、愚痴ったりとどうにかやっていけていた。
しかしもう無理だと思ってしまう出来事が起きた。それは昨日の夜の話になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます