初恋

東郷みゆき

第1話

失恋した。

田中ゆいみは初めて失恋を経験した。

今考えたら、好きになった人が自分を好きになってくれるのが当たり前、であるわけがないと思うが、そうなることを期待していた自分がいた。


だって何度もホテルに行ったし、処女も捧げた。このままうまくいくと思ってもおかしくはない。


ゆいみの初カレ翔真には好きな人が他にいた。

小学生の頃からというからゆいみの片思いよりは長い。それは知っていたけど、子供の淡い恋には勝てるんじゃないかと思っていた。体の関係だってあったもの。


翔真との出会いは友達同士の飲み会だった。

特に合コンをする予定はなかったのに、友達の友達が集まり、男女10人程度のパーティーになっていた。

その中に彼がいた。あいつ、長年の片思いを拗らせてるから、と彼の友達がゆいみの耳元でささやいた。

ゆいみは彼氏いない歴=年齢。男の人を好きになったこともなく、そんな機会もなく今まで生きてきた。

彼氏が欲しいと思っていた時期もあったが、自ら誰かと会うこともなかったし、紹介してもらうこともなかった。ゆいみには友達も多くない。たまにこうして飲み会に誘ってもらってわいわいするので十分だと思っていた。

けど。処女は捨てたかった。

初めてにそれほど期待はしていなかった。知識もなかったし、ただ、どんなものか試したい好奇心が強かったのだと思う。

酔っていたのもあり、思う人がいるなら後々面倒にもならないだろうという思いもあり、勢いでホテルに引っ張っていった。


24歳。まだ男を知らなかったゆいみには、勢いで処女を捨てるための名目も必要だった。

好きな人と結ばれない可哀想な男と初めてを捨てたい干物女。

お互い初めてなら、試しにどうかなって。

翔真は初めて、ではないという。でも素人童貞だったらしい。素人童貞?要するにまあ、そういう店の女の子とやったことはあるってことみたい。

フーゾクに行ってる人ってほんとにいるんだね、というと、無理矢理友達に連れていかれただけ、一回だけだと慌てて弁明した。


初めては痛いとか、いまいちだとか聞いていたが思ったほど痛みはなく、思っていたほど嫌でもなく、なんとなく気もあったことからその後も何度かデートを重ねるようになっていった。


最初は処女を喪失するため、面倒にならない相手として翔真を選んだはずが何度も会ううちに、どんどん好きになっていった。

翔真はとにかく優しかった。ゆいみが風邪を引いたら看病に来てくれたし、25歳の誕生日はサプライズで祝ってくれた。

ゆいみは当然、このまま彼と付き合うことになると思っていたのに。


翔真の片思いの幼馴染が海外から帰ってきたと同時に振られたのだ。


何度も連絡して、ちゃんと話し合いたいとお願いしたが、もう話すことはないの一点張り。ラインも既読にならなくなり、みじめな気持ちは心の傷をさらに深いものにした。

泣き腫らした顔は思った以上に不細工で、今日は会社をサボってしまった。このまま1人で年を取り1人で死んでいくのかもしれない。それでもいいと思った。


あれから3年。翔真はあの幼馴染と結婚したと友達から聞いた。初恋実らせたんだな、と思うと同時に少しだけ心にチクチクと軽い痛みが残った。

ゆいみはこの3年、結局誰とも付き合うことはなかった。翔真を忘れられなかったと言ううより、ひとりの時間を楽しく過ごしていたからだ。

週末はジム、エステ、仕事帰りに税理士の資格をとるため、専門学校に通っていた。

会社の経理をしているゆいみだが、簿記は3級しか取っていなかった。

ちょうど翔真と別れた頃、経理に後輩のアヤが配属された。専門学校卒で簿記は2級を持っていた。自分よりも詳しく、理解するのも早い。

振られた後、しばらくは翔真のことばかり考えていたが、どんどん仕事を覚えこなしていくアヤを見ながら仕事への焦りが生まれた。

このままじゃいけない。恋も仕事もダメなんて、立ち直れないじゃないか。

まず簿記2級まで取ることにした。 

苦戦したがなんとか取れ、会社に報告しようとした時、アヤから

「先輩も税理士目指すんですか」と言われた。

先輩も、ということは彼女は今、税理士を目指し勉強しているのだと気づいた。

社会人になってから今まで一体私は何をしてきたんだろう。処女喪失しただけか、と苦笑した。


アヤの紹介でゆいみも税理士を目指して専門学校に通うことにした。

後輩のアヤとは、会社以外でも会い、勉強も教えてもらい、今ではアヤが唯一無二の親友になった。

こんなに資格勉強に熱中することになるとはあの時は思ってもいなかった。勉強があったから失恋から立ち直ることもできたと思っている。

同じ専門学校に通うサトルとも仲良くなった。今は3人のグループラインが日々の楽しみになっている。

アヤは会社を辞めて今は会計事務所で巡回監査をしているキャリアウーマン、サトルは大手メーカーで労務関係の部署にいるという。

社労士じゃなくて税理士?と聞くと

労務の仕事は自分には合わないから、会計事務所に入るために税理士になりたいらしい。



アヤは今25歳、サトルは30歳。アヤから現場の話を聞き、サトルからは社内の労務問題などを聞く。どちらもゆいみにとって知らなかった世界であり、大学でちょっとだけ経済をかじって事務をしているゆいみにとって、とても刺激になっていた。


アヤがサトルのことを好きだということを知った後も、3人の関係は続いている。

アヤはあと一つで税理士免許が取れるところまできていた。晴れて税理士になったら告白するらしい。

2人から今後も勉強させてほしい。そして2人がうまくいくことを心から願っていた。


翌年、アヤは無事に税理士資格を取得した。

お祝いしようと、居酒屋を予約した。

久しぶりに行く、翔真との出会いとなった居酒屋だ。予約しながらまさか会うことはないだろうと思いながら、3人分の予約を済ませた。


居酒屋ではアヤとサトルが同時に税理士試験に合格したお祝いで、大いに盛り上がった。

ゆいみは2人よりスタートが遅かったのもあり、また地道に取得をしていたため、うまくいけば来年同じ舞台に立てるだろうと、2人からエールをもらった。

サトルも一緒に合格したことは聞いてなかったけど、今日のサプライズにするつもりだったのかなと思って盛り上げた。

2人は今後も協力するからと肩をたたいてくれる。税理士試験に合格したら、アヤの勤める会社に転職するつもりだ、と話すとアヤは喜んで、今からおいでよと言ってくれた。

その時、サトルもみんなに発表したいことがあるといいだした。

アヤは何なに?と目を丸くしながらサトルに寄り添った。

サトルから「結婚する」という一言を聞くまでは。

仲良くしていたのに、この3年、サトルの恋愛については全く聞いたことがなかった。

確かに今年31歳。結婚をしておかしくない年齢ではある。しかし。

アヤの方を見た。アヤは普通に喜んでおめでとうと拍手していた。

ゆいみもつられて、拍手した。

サトル、水臭いじゃない、全然知らなかったよ、と言うと

アヤ、ゆーちゃんに言ってなかったの?とサトル。

アヤは肩をすくめて、何となく言いづらくて、としどろもどろになりながら答えた。


もしかすると、今日告白するためにアヤはサトルに色々仕掛けていたのかもしれない。

2人はゆいみと違う講座を一緒に取っていたはずだ。その時何かあったのかもしれない。

もう告白したのかも。アヤの気持ちに気づいたサトルが、これ以上気を持たせてはいけないから、結婚を考えている人がいることをアヤに伝えた、のかもしれない。

これはアヤから色々聞かないと。

居酒屋を出て早々にサトルは帰って行った。ゆいみは早速、アヤの肩を掴み、

「何があった?」と問いかけた。

するとアヤは眉間に皺をよせ

「もう一件、いきません?」とちょっと困ったような笑顔で言った。

今日は金曜日。とことん聞くよと近くのBARに入った。


「実は去年の試験のあと、サトルと2人で受けた講座があって。その時に翌年の最後になるはずの試験は同じにして、講座も一緒に受けることにしたの。

嬉しかったし、あの時ほんと好きだったから舞い上がっちゃって。

一緒に帰ったりしてさ。

その帰り道で、サトルがボソっと彼女と別れたって。

え?彼女いたんだってさ。もう少しで好きだって告りそうな私の横で。

でも別れたって割と明るく言うから、彼女のこと、色々聞いたの。

高校の時から付き合ってたんだって。もう10年以上も。

最近は結婚の話もでていてね、まだ結婚できないっていうサトルに愛想尽かして、彼女は去っていったのかなと思ったら、彼女に好きな人ができたからだって。振られたんだって。

そんなのサトル可哀想じゃん。

だから私と付き合おうよって勢いで言っちゃった」

ちょっとまって。

去年の試験終わった後、そんな話になってたの?聞いてないよ。

でも、サトルはアヤじゃなくて他の人と結婚するんだよね。おかしくない?

「まあ、聞いてよ。

その時にサトルは付き合おうとは言わなかったけど、その日私は引っ張ってホテルに連れて行ったんだ。

ふふ、ゆーちゃんの真似しちゃった。

付き合わなかったとしても、私、ずっと好きだったから、いいやと思って。」

どきりとした。体の関係から始まり、最後振られた自分のことを思い出した。

翔真も幼馴染に恋して、幼馴染と結婚した。自分は単なるセフレだったと気づいて、しばらくどん底を味わった。

「それから同じ講座を受けた後はお互いの家に行ったりホテル使ったりして会ってたの。

私としては嬉しかったし、このまま私はサトルと結婚してもいいと思ってたんだけど」

アヤはそう言って目の前に置かれたジントニックを飲み干した。

「講座受けてる間も模試とかあるじゃん。毎回一緒に答え合わせするんだけど、時々意見が分かれたり、私の成績の方がよくなると、途端に不機嫌になるの。どうしたらいいかわからなくて、フォローしたり、明るく振る舞ったり他の話に変えたりもしたんだけど、サトルは一度不機嫌になると、なかなか調子が戻らないの。

そんなことが続いて、ある日私はわざと間違えて、合格判定を落としたことがあったんだ。

その時のサトルは上機嫌でさ。

いちいちと私がわざとだけど、間違えたところの解説をするのよね。

今思えばうざったいけど、あの時はサトルかわいいなって思えて。

その後もちょっとずつ間違い、サトルより点数を落とすようになった。

今回受からなくてもいいやって気持ちにまでなってた。

でも、それから数回の模擬試験の時に、ついに私がわざと問題を間違えたことがバレちゃった」

それはダメだよ、今まで一生懸命やってきたことを...

「ほんとだよね。でもあの時はサトルさえいればいいって思ってたの。そうしてわざと間違えてた自分ってさ、健気でかわいいと思ってたんだ」

うん。かわいいよ、アヤは。ほんとにいい女だよ。

「ありがと。

で、わざと間違えたことバレたときのサトルは怒るわけでも責めるわけでもなく、なんていうかショックだったのかなあ、今まで一緒に帰ってどちらかのうちで過ごしてたのに、その日は帰るって1人で帰っちゃったのよ」

怒ってたんじゃないの?ちょっと意外な面の話ばかりで、サトルってそんな人だったんだ。

「付き合ってみないとわからなかったとこもあったね。

でね、それから私、何度もラインして、ほんとにいまいちわかってなかったから間違えたとか、問題読み違えたとか言い訳めっちゃしたの。必死だったよ。

そしたらサトルから、そうだよね、わかってるんだけど、ってなんとなくさ、煮えきらない返事ってのが続いて。

講座で会えば横に座って話したけど、まあ、問題の話ばっかりで、帰りも不安なとこの答え合わせみたいな会話てさ、お互い2人きりにならない日が続いて。

わざと間違いがバレて大体2週間くらいたってから、サトルから話したいってラインきたの。

その時は、もうね、何ていうか、私もちょっと面倒くさくなっていたっていうか。

もちろんその時はやり直すために色々やる気ではいたんだけど。

久しぶりにうちに来たの。それでサトルがまた友達に戻りたいって言い出して。

そりゃ嫌だって言ったよ。こんな風に振られたくないしさ。

でも、サトルがすっごい謝ってくるのよ。一緒に税理士になって、いつか一緒に働きたいよねって話していたのに、私の方が合格に近いとこにいるのわかって、焦って意地悪なことしたり、女のくせに、と思ったりして、自分が小さい男だと気付かされてきついってさ。

そんなことないって言ったんだけど、実は私もこいつちっせーやつ❗️て思っていたのは確かだから、いくら口であんたいい男だよ、すごい人だよと言っても心がこもってないからかな、嘘ついてるみたいになっちゃう。

しばらく2人黙ってしまったよ。

だんだん腹もたってきて、私が悪いの?それっておかしくない?って言いたくてもやもやしたんだけど、結局言わず、1週間この話は保留にしてまた来週話し合うことにして、サトルには帰ってもらった。

もう無理だろうなと思ったら泣けてきたし、自分もがんばって、寄り添いたいって思ったのに私が悪いみたいになって、ほんと嫌で嫌で。

そして1週間後、またうちにサトルがきたの。私たちのことを話し合うことになっていたのに、サトルは元カノと復活するかもしれないって言い出したのよ。は?あんた何?って。

呆れるしびっくりしたし、酷いと思ったんだけど

不思議とホッとしたんだよ、なんでかな。

こいつが悪いんだ、どうしようもないやつだ、と思うと逆にどうでもよくなってさ。

勝手にしなよ、私とのことはもうなかったことにしようって言ったんだ。

それからは前みたいに普通に試験にむけてがんばったし、こいつよりいい点数で合格してやろうって思って、模試ももちろん成績はよかった、サトルよりもね。

もうサトルは私に刃を向けることはなくなって、負けん気で取り組んでいたと思う。

だからさ、今日までまともに話してはなかったの。結婚のことはラインで送ってきた。詳しくはわかんない。

でもあの幼馴染と結婚するってことはわかったのと

幼馴染と別れたほんとの原因は彼女の親がリストラに会って、借金かかえたりしたらしくて彼女の方が身を引いたんだって。

あっそー。だよね。私って何だったんだろ」

すごい勢いで話し終わったアヤは思っていたよりスッキリしていた。

でもそれならどうして相談してくれなかったんだろう。なんで?

「3人で仲良く勉強してきたじゃん。サトルの方が得意分野あるし、ゆーちゃんがサトルと距離置いてしまうと悪いかなって。

グルチャで質問したり、盛り上がったりしてたじゃん。

私のせいでこの関係が壊れるのも嫌だなって思ったの。

だからサトルが合格していたら、話そうと思ってたんだ。そしたらもうサトルいなくていいじゃん。あとは私、勉強付き合えるから」

翔真と自分のことにリンクする。まだゆいみは翔真とのことを整理はできていないと気づいた。翔真もずっと好きな人がいたのに、私というエサをつまみ食いした最低男だ。

自分は一時の気の迷いで付き合った都合のよい女だった。

こっちから持ちかけたとはいえ、あの時私たちはちゃんと付き合っていた、と思っていた。今冷静に考えたら、私は都合よい女だったんだと実感した。

アヤとサトルは本当に付き合っていたんだなと思った。サトルはアヤの才能に嫉妬を隠さず、ありのままぶつけていた。

アヤの方がサトルより5つも若いのに。サトルからのわがままを受け止めて。

ゆいみと翔真の場合、喧嘩もしてないし思いをぶつけたのは別れをつげられた後、ゆいみからだけだった。翔真はその後逃げたんだ。


「アヤって、かっこいい!」

「ちょっと何よ。恥ずかしいから」2杯目に頼んだビールを飲み干して、

「ただ、ちょっと私も意地悪はしたんだ」え?何したの?

「彼女、実はね、私の女子校の先輩だったんだよね。後からわかったんだけど」

え、すごい偶然!それでどうしたの?

「高校のOB会に入ってたみたいだから、私も参加してね。」

えー。どういう心境なのよ。

「うーん。最初はどんな人なんだろうって興味から会ってみたんだけど、

何にもできない人なんだよね。

居酒屋に集まってみんなで注文とるじゃない、その時もずっと何もしないで座ってる。大人しいだけじゃなくて何もしない人ね。

だけど頑固かな。時々席を移動して、先輩後輩と親睦深めようってなったときに、彼女だけ自分の席から動かないのよ。

そこがいいって。

確かにすぐ外にもでれる端っこのいい席だけど、協調性ないったら。

でね、私がその彼女の隣に座ってやったの。それで、サトルの話をした」

いきなり?ハードル高すぎない?

「どうかな。私腹立ってたし。勢いかもね。サトルと一緒に資格勉強してるって話をして、やつはダメダメなところはあるけど2人きりのときは優しいんだって」

それで?

「ふうんって。それだけ。

で、その後さ、何て言ったと思う?

サトは、1人じゃだめな人なの。私と別れたら絶対他の人と付き合っちゃうの。すぐにね。それでその子とうまくいかなくなると、私に電話してくる。ってさ。

電話あったから、また女の子と喧嘩したんだろうなと思ってた。あなただったんだね。

って!ちょっと私もイラッとして、喧嘩とかじゃないですよ、元々付き合ってたわけでもないしって。

じゃあ、私、サトとまたくっついてもいいの?次は別れないよ、てさあ!

何バカにしてんのよ、ねえ。振り回されて、こっちは疲れてるんだから、リア充しねよ」

ていうか、結局どうなったの。

「結局?元さやよ、元さや。で、もうふらふらしないようにその彼女と結婚するって、サトルから連絡があった。

あっそーですか、おめでとう。試験も終わってもうそんなにあんたと会うこともないし、最後にゆーちゃんと3人で飲んで、おわりよ、終わり。ゆーちゃんにはあんたとのことは言ってないからね。普通にしてよって言っといた。

そこで結婚報告とかする?普通。あいつほんとアホじゃない?」

アヤはロックグラスを勢いよく空けた。飲み過ぎじゃない?ねえ、

「ゆーちゃんの気持ち、わかった。ほんと、振られて辛いし苦しかったけど、なーんかばからしくもなって。」

アヤはポロポロ涙をこぼしながら笑った。

つられてゆいみの目からも涙がこぼれた。

次はもっといい男捕まえようね、と2人で抱き合い、店をでようとしたとき、ドアからお客が入ってきた。

翔真だった。

ゆいみは気づかない振りをして会計を済ませ、アヤの方ばかり見ながら出口へと進んだ。

「ゆいみ?」

懐かしい翔真の声。あの頃は名前を呼ばれただけでも鼓動が激しくなった。本当に大好きだった。

今は、名前を呼ばれたことに嫌悪感が走った。そんな仲じゃない。もう今は。

ゆいみは聞こえない振りをして、アヤと一緒に店を後にした。

その後から翔真が追いかけてくる。

肩を掴まれ、思わず手で翔真の手を思い切りはらっていた。

何?何か用ですか?

翔真はアヤをチラッと見ながら

「ごめん」と一言いった。

今から私たち、帰るところなの。失礼します

そう言って翔真に背を向けた。

「別れたんだ、あいつと」

え?と振り返ろうとしたとき、アヤが腕を引っ張った。

「ゆーちゃん、ダメ。もう振り返ったらだめ」

「待ってくれ。おまえと別れてあいつと付き合いながら、おまえのことがずっと忘れられなくて」

「ちょっとちょっと、あんたさ、都合よすぎない?あの時どんだけゆーちゃん、傷ついたか、わかる?初恋だかなんだか知らないけど」

翔真はだまっていた。

「とにかくね、そんな話、酔った勢いでするもんじゃないわよ。

改めて連絡しなさいよ」

「着拒されてるから、連絡とれなかった」

「そこは何とかしなさいよ!ゆーちゃん行こう」

アヤに引っ張られたが、手を離し、ゆいみは翔真の前に歩み寄った。


どんな理由で別れたのか、何があったのか知らないし知りたくもないけど

私はあなたとまた付き合うことはないよ。

あなたは私と一緒にいても誰かを思っていたよね。ずっと。

またそんな日々が続くなんて嫌。

楽しかった。あの頃。でももうおしまいだよ。あなたのことはもう好きじゃないし好きになれない。さよなら。翔真。


ゆいみはアヤのところへ小走りで近寄り、2人で駅へ向かった。

やっときちんと終わりにすることができた。

あとは1科目残した税理士試験に集中して、来年こそは合格するぞ、とアヤに宣言し、手を繋いでホームへ向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋 東郷みゆき @miyuki42

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ