運が良いのか悪いのか分からない日

 扉を開けると途端に、どこに吊るされているか分からないくす玉が開いた。

 本当に急だったから驚くことすらもできずに、ただノーリアクション。

 一体何なのだろうか。見上げるとくす玉は天井に、吊るされていた。

 それだけでなく沢山の金魚が天井を泳いでいた。

 群れで泳いでいるのもいれば、それを気にせずに自由に泳いでいるのもいた。

 天井だけでなく館内も普通に泳いでいたけど、天井の方が数は多かった。


 館内を立ち止まったまま色々と見渡していると、彼が優しく肩をポンポンと叩いた。

 「結、前を見て」

 ボソッと言ってくれたので、前を見た。

 多少の距離は取っていたけど、それなりに近い位置に館員だと思われる人が数名いた。

 しかもみんなとても笑顔。周りの人もあたし達をなんだなんだと見ている。

 「おめでとうございます!」

 スタッフ全員が声を挙げて、クラッカーを鳴らしていた。

 「……へ?」

 一体何がおめでたいというのだろう。呆然とするしかなかった。

 「お客様は今日透海美術館が開館してからの、記念すべき100人目です! この透海美術館は毎日開館してから、50人区切りでその方をお祝いしています」


 「……どゆこと?」

 理解力が乏しいせいだろう、あまり理解できなかった。

「つまりここは毎日50人区切りで50、100、150とのように祝っているってことすか」

 彼がまとめてくれた。なるほど、そういうことか。

 「そうですね。そういうことになります」

 やっと理解をすることができた。それを運良く、今日の100人目になったってわけか。

 今さっきまでの出来事は一体なんだったんだ。もしかしてこれの為か。


 「ちなみに今日はですね。レストランで麺類オンリーやdayをやっています」

 笑顔を崩すことなく言うスタッフの方々。流石プロと言ったところか。

 「ん?」

さらっと自分にとって、重要なことを言っていた気がする。

 「麺類オンリーやでいとは、どういう意味なんすか」

 心の声が聞こえたのかと言わんばかりに、代わりに聞いてくれた。

「言葉の通り、今日はレストランでは麺類しか扱っておりません!」


 人がそれなりにいたから大声を出さずにどうにかなったけど、今にも叫んでしまいそうだ。

 レストランにたくさんのレパートリーを求めてきたのに、今日は麺類だけだと。

 百歩譲ってその提案はまだ良いとしよう。せめて事前に言ってくれ。

 様々なメニューがあるから、ご飯も共に食べようと思っていたのに。

 麺類しか今日は食べることができないとなると、選択肢も狭くなる。

 今の気持ちを一言で表すとするなら……ふざけるな、これ一択だ。


 そんな様々な気持ちを押し殺してとりあえず愛想笑い。

 ちゃんと出来ているかも分からないけど一応、形だけでもしておく。

 本当なら怒鳴り散らしてもいいくらいな感情だ。

 でも周りには他のお客様がいるし、何より彼が近くにいる。

 そんなことは迂闊にできない。そして何より自分らしくない。


 「良かったらレストランまでご案内しますがいかがなさいますか?」

  何事もなかったように、案内をしようとするスタッフ達。

 何回もパンフレットを読んでいたから、覚えていたのだけど。

 せっかくそう言ってくれたし、案内してもらうことに。

 それらしいことを言ってるけど、まだ腹正しいから仕事を増やしたいだけなんだけどね。


 案内をしてもらっている時にふと、思ったことがある。

 あっあたし今、お寿司とミネストローネが食べたいな、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る