帰り道
靴が挟まった騒動でもう体力を使い果たしてしまい、その日は帰ることに。
自分は自転車登校で彼は電車登校。
自転車を押しながら隣に並んで駅まで一緒に帰ることにした。
「……今日のこと誰にも言わない?」
つい彼に顔も見ずに聞いてしまった。
信頼してなかったわけではないのだけれど、信頼しきっていると言えばそれは嘘になる。
小学校5年生のことだ。
同じように叫んでいた様子を同じクラスの男子に見られたことがある。
勿論恥ずかしかったから誰にも言わないでね、と口止めをした。
その男子も言わないと言ってくれた。だから安心してその子にバイバイと言って別れた。
次の日、教室に行くと黒板に何か描かれていた。
青色や赤色や黄色のチョークが使われていてとても色とりどり。
その黒板を見たクラスメイト達はひそひそ話していたり、驚きの表情を浮かべていたり話し合っていたりしていた。
先生が何か描いていたのかな、なんて思い黒板に近付いた。
『水本、公園で叫ぶ!!!』
と大きくチョークで書かれていた。
その近くには悪意しかないあたしと思われるであろう女の子のイラスト。
吹き出しには「あつ~~いっ!」と。
やりやがった。確かにあの時の男子は言わないと言ってくれたけど。
家帰ってから思い出したことだけど、どこからか噂を拾って仲いい奴と笑っている奴だったということを思い出した。
まぁ言わないと言ってくれたから信じようと思ったけど、間違っていた。
無言で自分の席にランドセルを置きその男子の元に行く。
その男子は教室の真ん中の後ろにいた。
他の男子と昨日の自分の様子をオーバーに再現して大笑いをしていた。
近づいて来たことに気付いていなかった。
怒りはすぐに頂点に達し、その男子の顔を右ストレートで思いっ切りぶん殴った。
男子は壁のすぐ近くにいたからその壁に激突した。
クラスの女子が悲鳴を上げみんなが一斉に離れた。
その方が好都合だったから有難かった。
男子の鼻から血がポタポタと流れていた。
「水本……?」
男子は顔を見上げた。あたしは真顔で右手の拳を握りしめていた。
「昨日の言葉はなんだったんだよ。おい」
「あっ……」
忘れていたのか男子の顔がサーっと青くなる。
「まぁみんなに言ったことはまだ許すけどさ。あれ何?」
黒板を指した。怒りの最大の原因だった。
書かれた内容ではなく。下手くそなイラストに対して怒っていた。
小学校の頃からもう髪が長いのに、イラストでは頭がつるつるにされていた。
目も鼻も口も全てチョークで丸く塗りつぶしただけで、とても雑。
下手くそでも可愛かったら別にいい。
ただその男子は絵が上手いということで有名だった。
よく絵を描いて賞を取っていた程のレベルだった。
つまり意図的に下手くそにしていたのだ。
みんな離れて様子を見守っていた。
誰も何をしでかすか分からなかったから、安易に先生に言いにいけなかったのだろう。
「あっ……あれは……」
別に理由なんて興味なかった。右足で思いっ切りその男子の股間を蹴った。
「ああああああああっ!」
自分には分からないけど男子にとってはそれはそれは激痛で、床をのたうち回っていた。
「……雑魚がイキってんじゃねぇよ」
短く舌打ちをして自分の席に戻ってランドセルを取った。
そして自分の席を思いっきり蹴った。
ただただ腹が立って仕方なかったのだ。
みんなに言って黒板にわざわざ書いたあいつが一番悪い。
でもそれと同じくらいに見て見ぬふりをして、更には笑ったりひそひそしていた奴らも腹立つ。
あいつと同じようにみんなぶん殴ってやりたい。でもその気持ちはどうにか抑えた。
これ以上、騒ぎを大きくするのはまずい。
近くの席と同時に激しく音を立てて倒れた。クラスの女子が短く悲鳴を上げた。
それを無視して教室の入口まで行くとぴたりと足を止めた。
「お前らみんな最低だ……」
そう言い残すとドアを勢いよく閉めて家に帰った。
今になって思い返すとやり過ぎてしまったなぁと思う。
あの後、家に帰ってからお母さんに何かあったのか聞かれた。
言い出せずにいると学校から電話がかかってきて先生から事情を聞いた。
お母さんは殴ったり怒ったりもせずに、その子に謝りに行くわよとだけ言った。
やり過ぎたなと少し反省していたので素直に従った。
相手の母親は優しくうちの子にも悪い所があったので大丈夫ですよと言ってくれた。
急所は無事で鼻もそこまで重症じゃなかったらしくお母さんとホッと胸を撫で下ろした。
でも腹正しくはなかったが学校に行くのが嫌になり一週間くらい休んだ。
文香とその時は別のクラスだった。
そんな出来事があったから今も引き摺っているほど気にしているわけではない。
だがあまり信頼というものが出来なかった。
ちなみに人前で暴れたのはあれが初めて。
少し短気な所があるのだが基本的に抑えるようにしている。
人前で暴れたのはあれが最初で最後だと思うけど本当にそうかって言われたら自信がない。
先ほども言ったのだが、別にクラスのみんなへ言いふらしたことについては
そこまで怒っていなかった。
だからつい彼にそう聞いてしまったのだった。
「言わないよ」
即答だった。
あたしは反射的に哲哉君の顔を見た。
大河君は真顔だった。真面目にそう言っているのだとあたしには分かった。
「水本……結には結の事情があったんだろうし、俺だって同じ立場だったら絶対言われたくないし。そこらへんは結も同じ気持ちだと思うし」
彼は想像以上に人の気持ちを分かってくれる、優しい人だった。
「まぁこれが俺じゃなくて別の奴だったら言いふらしてたかもな~。特に野球部の奴ら」
それはそう思っていたと口に出しそうだったけど、言わなかった。
確かに他の野球部の男子なら口止めする前に先に走って逃げだしてしまいそうだ。
そして前にされたようなことをそのまんましてきそうな気がする。
そのまんま同じようにするんだろうな、なんて思っていた。
「まぁみんな元気だもんね~。野球部の男子達は特に」
そうやって会話をしているといつの間にか駅前に着いていた。
何で楽しい時間というものはあっという間に過ぎるのだろう。
楽しかった。もっともっと話したい。でも口には出せなかった。
空は夕焼けから少しずつ暗くなっていた。
お互いに帰らないと両親が心配してしまうであろう。
でももっと色々と話したい。そう考えているとあるアイデアが思いついた。
「ねぇ良かったらLINE交換しない?」
そう。SNSという手段だ。何ですぐに思いつかなかったのだろう。
この時代に学生として生きてて良かったと思える、私独断のランキング1位のスマートフォン。
アプリゲームやカメラやSNSなどと便利な物が詰まっている。
そしてSNSという、離れていても話すことも出来て電話番号を知らなくても電話できるアプリ。
これを開発した人に拍手と賛辞を贈りたいレベルだ。
「あっあぁ……いいよ」
心の中で盛大にガッツポーズをした。勿論、実際にはしていないのだけどね。
ついニヤけてしまいそうになった。
「ありがとう! じゃまた明日ねっ」
その日はLINEを交換し終えて、別れたのだった。
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