公園でのちょっとした大騒動

 お互い下の名前で呼ぶことを承諾して何をしようかという話に。

 彼に聞くと別に俺は何でもいいぞと。

 何かで勝負したいなと何故か思っていた。どれがいいのか少しだけ考えてみることにした。


 ジャングルジム……どちらが早く登られるか。

 これは圧倒的に大河君の方が早く登り終えそうだ。

 じゃあ滑り台はどうだろうか。いや何を勝負すればいいのか全く思いつかない。

 こんな風に考えていって残ったのはブランコだった。

 ブランコで勝負と言えばあたしの中では今も当時もただ一つ。


 そう靴飛びだ。靴飛びにはとても自信があった。

 小学校の頃には晴れている日にはいつも、校庭のブランコに行って靴飛びをしていた。

 中学校になってからも毎日ではなかったけど、気が向いたら公園に行ってしていた。

 ということもあり靴飛びには謎の自信があった。


 「靴飛びしない?」

 彼にブランコを指して言った。

 「靴飛び? 靴飛ばのことか?」

 「えっ、くつとば?」

 最初は靴飛ばという言葉の意味が分からなかった。

 でもすぐに靴飛びの別の呼び方だと言うことに気が付いたのだ。


 「あ~そうそう靴飛び靴飛び……靴飛びって呼んでるのあたしだけ?」

 靴飛ばって呼び方なんて初めて聞いた。

 大河君からしても靴飛びなんて初めて聞く呼び方だったのだろうなと思った。

 「どう……だろうな、俺とか俺のダチはみんな靴飛ばって言うけどな」

 「そういうものなの?」

 「……そういうものだろ多分」


 この呼び方が特殊だったのだろう。

 あの後調べてみると、靴飛ばしを略して靴飛ばが一般的な呼び方だった。

 基本的に一人でやっていたからほかの呼び方があるなんて知らなかった。

 文香ともやったことはあるけど彼女はきちんと名前を呼ぶことなくて。

 あたしがしているのを見てあっそれかぁ、なんて言ってた。


 会話が終えてから少し経ち、彼は笑いを堪えるようにしていた。

 しかも少しだけ震えていた。

 余程あの呼び方が面白かったのだろうなんて思っていた。

 「何でそんなに笑ってるの?」

 「いや……靴飛びって靴が飛ぶみたいな言い方だなって思って」

 「そ、そう……かなぁ」

 そんなに面白いものなのだろうかとただ思っていた。当時も今でも。

 そしていつの間にか堪え切れなくなったのか声を出して笑っていた。

 授業中や休み時間によく笑ったりしていている彼。それ以上に笑っていた。

 「そんなに……面白い……の?」

 ここまで笑われると気になる。それは自分だけではなく他の人も気になると思う。

 大河君は笑いながら頷いた。声にも出せない程面白かったのか。

 笑いのツボが変わってるなと思った。


 ただ黙って彼が笑っているのを見ていた。本当に小さい子供みたいに思えて可愛く見えた。

 男の子って元気が貰えて可愛いな、なんて思ったりもしていた。

 その時から彼の全てが魅力的に見えていたのだろう。今になってはそう思える。


 あの時は何も思わなかったけどきっと、あの時から彼のことが好きだったのだと思う。

 恋なんてそんなものだと思う。いつの間にか好きになっていた、みたいな。

 一目惚れというのもあるけど自分の場合はいつの間にか好きになっていた。

 でも当時に恋しているって気付いたのはもう少し後の話になる。


 まあ二回目の脱線となっちゃったけど話を戻して、ブランコで靴飛びをすることになった。

 ただひたすらに漕いでいたけど彼は余裕なのかゆっくりと濃いでいた。

 「余裕そうだね」

 その言葉を聞き、彼はにやりと笑った。

 「当たり前だろ。野球部でどれだけ色々とトレーニングしていると思ってんだ。今がその成果を見せる時だろ」

 どうやらとても自信があるようだった。まあ確かに大河君ならとても飛ばしそうな気がしていた。

 特に根拠なんてものはないけど、なんとなく。


 そこからはひたすらブランコを無言で濃いでいた。

 そして彼的にいい感じの高さになったのだろう。右の靴を飛ばした。

 角度を少しでも間違えれば近くにある木に引っ掛かる筈。

 なのにそれを真っ直ぐ飛ばしここから少し離れたところにある滑り台の付近まで飛んで行った。


 「すっ凄い……」

 「だろ、野球部舐めんなよ」

 自慢げに笑う彼。

 負けてしまいそうだとこの時既に感じていた。でもやってやるとは思っていた。


 隣のブランコに座り、一目散に漕ぎ始めた。とりあえず全力でやってみるしかない。

 その時はThe無表情でただただ無我夢中に濃いでいただけだった。

 勝ちたいという気持ちだけが頭の中を埋め尽くしていた。


 自分の中でいい高さになったなと思った。右の靴を飛ばしたがそれは上手く跳ばなかった。

 彼は真っ直ぐに飛んだのに対して真上に飛んだ。

 しかもそれが運悪く、近くにあった木に引っ掛かってしまった。

 「あっ」

 彼と声が重なった。そして徐々に焦りという感情が自分の中で現れ始めたのだった。


 「ひっかかったぁぁぁぁぁぁ!」

 心の中で言っていたつもりが声に出てしまっていた。

 ただの普通の木に引っ掛かっていただけならまだいい。

 でもよりにもよって結構高い木に引っ掛かってしまっていた。しかも一番端に。


 「嘘でしょおおおおおおっ!」

 人前ではあまり感情的になることはあまりない。けれどこの時は例外だった。

 そしてその時に引っ掛かった靴は先週の土曜日にお母さんに買ってもらったばかりの新品だった。

 無くしたなんて言えばお母さんに怒られる……。

 つまり何が何でも取り戻すしか術はなかったのだ。

 「見事に挟まったな」

 なんてのん気に言う彼についカチンと来てしまった。

「見事じゃないわよ、バカっ! あの靴はお母さんに先週の土曜日に買ってもらったばかりの物なのっ! 無くしたなんて言ったら……あたしっ……」


 いつの間にか涙が零れていた。

 人前で泣くなんて当時の自分ではあり得ないことだった。

 その様子を見て彼は慌てることなく溜め息をつき、こう言った。

 「……俺が取って来てやるよ。結はここにいろ」

 と言って大河君は木を器用に登っていった。


 「えっ」

 一瞬のことだったからすぐに理解できなかった。

 大河君のしている行動を見て気付いたのだった。

 「あっ危ないよ! そんなにすぐに登らなくても、もっと良い方法があるかもしれないし……」

 必死に彼を止めようとした。

 木登りで足を滑らせるという昔に見たドラマの展開が自分の頭の中を過ぎったからだ。


 そのドラマの詳細はこうだ。

 男の子が女の子の持っていた風船が木に引っ掛かってしまい、木登りで取ろうとする。

 だが降りようとした時に落下してそのまま亡くなってしまう……という悲しい内容だった。

 彼はそんな声を無視して木を器用に登って行った。

 スピードは速くはなかったが遅くもなく確実に登って行っていた。

 でも一瞬止まって後ろを振り向かずに言った。

 「俺は大丈夫だから。心配すんな」


 安心した。ほんの少しまでは必死に止めようと思っていたのに。

 彼は大丈夫だと思った。

 その時に改めて、彼は他の野球部の人達と違うと思ったのだ。


 彼に答えないと急に思った。でも何を言えばいいのか分からなかった。

 彼は順調に登って行きついに靴がある枝の分かれ目の近くまでに来ていた。

 「まっ……待ってるからねっ」

 思いついた言葉がこれだった。何故か緊張していてとても心臓がバクバクとしていた。

 この言葉に気付き彼はあたしの方を見ていた。

 まだ言葉が足りなかった気がしたから付け足した。

 「大河君の言葉……信じてるからねっ……!」


 両手がぷるぷると震えていた。こんなに緊張したのは人生で初めてだった。

 正直に言うと答える必要なんてなかった。

 でも答えたいと思ったから心の底から。

 こんな場面は少なからずあった。

 だいたい相手がどう大丈夫なのか説明してくれないと、安心できない性格だった。


 それなのに彼の言葉と態度だけで安心出来た。安心させてくれた。

 だから彼の言葉に答えたかったのだ。

 その言葉の通りに彼は何も危ないと思わせることもなく、靴を取り無事に降りてきた。

 しかも木を降りる時は完全に下りずに、少し高い所から飛んだのだった。


 「ほら、これ結の」

 手渡しで渡してくれた。あまりにも凄いものを見た気分でいたので呆然としていた。

 「あっありがと……。大河君って凄いね」

 「そうか?」

 すぐに大河君が言った。

 何か言われると思って構えていたのだろうか。

 それともすぐに言葉が思いついたのか。

 きっとどれかだったのだろう。

 「凄いと思うよ。だってあたしだったら怖くて登れないもん。本当に凄いよ大河君」

 ただひたすら褒めちぎった。そんなつもりはなかったのだが思いついた言葉がこれだった。

 「おっおう、あ……ありがとな」

 少し彼が照れていた。それが可愛く思えた。もっと弄りたくなった。


「にしても今さっきの木登りは本当に凄かったね~。木登り選手権というものがあるなら優勝しそうなレベルだったよ~。いやーそんなレベルのモノをこの目で拝むことができてあたしは満足満足ぅ」

 こんなに人を褒めたのは初めてだった。

 彼の反応がどうなるのか気になったから、あえてオーバーにした。

 そしてちらりと本人を見る。

 これが予想外というか、今までの反応を見ていたら想像がつくような反応だった。


 「お、おう……そ、そうか……」

 台詞だけ聞くとただべた褒めしたことにひいているだけだと思うが、そうではなかった。

 彼は片手で顔を覆っていた。きっと照れていたのだろう。

 本当に彼に感謝していたから感謝していますよ、という気持ちを伝えたかったのだ。

 そうしようとした結果がこうなったというわけだ。

 この時、頭の中は終始冷静じゃなかった。

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