ハロウィンの日の朝
10月31日。少し肌寒くなってきた日のこと。スマホのアラームで目が覚めた。
と言うよりか眠りを妨げられたの方が正しいかな。
何でこうも朝の目覚めというものは悪いのだろうか。誰か頭の偉い人よ、教えてくれ。
高校の頃からの悩みだった。そんなに夜更かしをしているわけではない。
ただほんのちょこっとだけ、夜更かしをしているだけ。言い訳になるかもしれない。
でも聞いて欲しいのだ。
睡眠時間は約7時間もある。8時間は寝ろって言う人もいる。
けれど、そんなに寝なくたっていいじゃないかと思う。
7時間も寝れば十分じゃないか。あたしだって、仕事で疲れるのだから趣味をしたいのだ。
本を読んだり、ドラマや映画やアニメを見たりなどと。
24時間より、もう少し長くならないのだろうか。
明日になったらテレビのニュースで速報が流れて、今日から我が国は一日が26時間になりました! なんて言ってくれないかな~。
いやもっと長くしてしまおう。キリがいいから一気に30時間、くらいにしてもいいかもね。
などと、誰にも伝わることのはずがない言い訳を考えながらも、いやいや体を起こした。
……いや起きないというか起きたくない。
壁に掛かってある時計を見る。午前7時を示そうとしていた。出勤時間は午前9時。
「タイマーの設定……ミスったな……」
1時間も早かったのだ。いや自宅から出勤場所は近い。10分もあれば、どうにかなる距離だ。
となると1時間45分も早かったことになる。
「……最悪」
思わずため息をつきそうになる。
タイマーを今度はきちんと、午前8時45分に設定して、もう一度寝ることにした。
本当は寝られていた数秒が寝られなかったことを思うと、腹立たしくなる。
それもあいつのせいだ。あいつが急がせたから間違える羽目になったんだ。
目を擦りながら周囲をじろじろと見まわす。当の本人は何処に行ったんだ。
あいつという呼び方をすると、大抵の人が恋人や同居人を想像するだろう。
それは断じて違うと言い切れる。そもそも人間ではないのだ。
その張本人は奥のキッチンから優雅に、空中を泳いでやって来た。
「あんたねえ……」
そう、その正体とは金魚。萱草かんぞう色の金魚だ。長く伸びた吹き流し尾が特徴的だ。
とりあえずあたしの傍にいるのは、コメットという種類の金魚らしい。
初めて出て来た時になんとなく調べて分かったことだ。
初めて会ったのは2年前のこと。詳しい日付は覚えていない。
いつの間にか傍に、ずっといるようになっていたのだ。
もう働き始める時には傍にいたと思う。それなりに長い付き合いだ。
別にそんなに気にしていなかった。この町では懐かれるなんてことは、日常茶飯事だったから。
近所のおじさんやおばさんからよく聞いていた。
懐かれてしまって数日ほど家に居る、とかずっと居るから飼うことにしたなどと。
そんな感じのパターンなんだろうなあと思っていた。
でも次の日も次の日もそのまた次の日も。あいつはに傍にいる。
勤務先にもついて来るので、友達に言ってやった。
「なんかさ~、金魚に懐かれてるんだよね~」
はははと苦笑い。でも友達の顔は疑問符を浮かべているような、表情をしていた。
「えっ、金魚なんてどこにもいないけど」
「はぁ?」
いやいや何を言っている。君のすぐ、目の前にいるではないか。お前の目は節穴か。
その金魚はあたしの周りをすいすいと泳いでいた。誰がどう見ても気づくはずだ。
友達は視力だけは、どちらもAだと自慢していた。だからそんなことはない。
となるとこいつは、自分だけにしか見えていないということになる。
そこから月日は流れて、今に至る。
「……」
金魚を恨めしそうに見つめる。
あいつはそんな視線など気にせず、すいすいと泳いでいる。自由自在に泳いでいる。
見ているとどんどんと腹が立ってきた。
あんたのせいでこんなに、早く起きる羽目になったと言うのに……。
咄嗟に手元の枕を右手に取り、上に振りかざす。標的をロックオン。金魚に向かって枕を投げた。
「家賃払えーーーーっ!」
何か叫びながら投げたかった。不意に思いついた言葉がこれ。
この一言で不満がとても分かると思う。
まだあいつが家賃を払ってくれる、ならいいのだけど。見た目は普通の金魚。
そんな夢物語みたいなことなんて、あるわけもなくて。
ということで汗水流して、せっせせっせと働いて払っているのである。
まあそこまで過酷な仕事ではないのだけど、この表現が一番正しいと思う。
この手で働いて稼いだお金で家賃を払っているのは、事実なのだから。
今になって思い出すと、あの時はヤケになっていたのだろう。
金魚に枕を投げるなんて。もし当たってしまったら、死んでしまう可能性もあったのに。
あの時は本当は眠られるはずだった時間を妨害されて、非常にイライラしていたのだ。
この町の金魚は何処でも泳げる。且つ枕というものは威力が弱いから、どうせ普通にまた泳ぎ出す。
そうその時は考えていた。
でもその企みは予想の斜め下にいくことになった。
なんと枕はきちんと金魚に向けて投げたのに、すっと通り抜けたのだ。
「えっ」
枕は壁に衝突して、大きな音を立てずに床にぽとりと落ちた。……何なんだこいつは。
こいつはもしかして金魚の幽霊なのだろうか。祟られるようなことをした覚えは、全くないぞ。
確かに幽霊ではないかと考えたこともあった。
でもあたしに触れることができるというのが、疑問に思う。
本当に幽霊なら触れることなど出来ないはずだ。
本当に不思議な存在だ。こういうのは深く考えない方がいい。
世の中には、知らなくてもいいことがあるとよく言う。そういう類いに入るのだろう。
そう思いながらもう一度、眠りについた。
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