天使と堕天使と人間 歪んだ世界の恋路
仲仁へび(旧:離久)
第1話
昔の昔。
神様は、言葉で他者とコミュニケーションをとる生命、人間を作った。
そしてその後、神様は次に天使を作り出した。
その天使には、人間と違って他の生命を癒す治癒の力が備わっている。
それはどんな傷でもたちどころに癒す、強大な力だった。
神様に作られた人間と天使は、それ以来ずっと共に暮らしていた。
しかし、ある日とある天使が人間を殺してしまった。
その天使は堕天使となり、治癒の力を封じられてしまう。
堕天使は隠れ潜みながら生き延び、わずかに数を増やしていく。
現代社会では、そんな堕天使は迫害されながら生きていた。
人間達は天使を愛し、堕天使を傷つけながら生活している。
高校二年生のカミトは、よく他の女性からもてていた。
見た目が整っていた点もあるが、性格がよく、誰にでも優しく接する事が出来るからだ。
そんなカミトにはつきあっている女子がいた。
それは、多くの者達が毛嫌いしている存在。
堕天使だ。
「また今日もこんなところにいたんだ」
学校の帰り。
人気のないさびれた神社へと向かうと、そこには一人の少女が隠れていた。
少女の背中には真っ黒な羽が生えている。
それは、堕天使の証拠だった。
多くの人に嫌われる堕天使は、日常的に石をなげられたりして嫌がらせをされている。
だから、人気のない場所で隠れるようにひっそりと生きていた。
「ニカ、きみのいい所を皆が分かってくれればいいのにな」
しかし、カミトは他の者達と違って堕天使にも優しく接していた。
人に対する警戒心が強いその堕天使のニカは、カミトにだけは心を開いていた。
「カミト、また来てくれたんだね。嬉しい」
ニカとカミトが出会ったのは、数か月前。
カミトがお参りしに神社へ来た時に、迷い猫を見つけて保護しようとした。
しかしその時に、猫にひっかかれてたくさんの傷をつくってしまったのだ。
その時に、神社に隠れていたニカがでてきて、消毒薬や包帯をくれたのだった。
日常的に傷をつくっているニカは、手当てが得意だった。
カミトはそんな優しいニカにひかれたため、付き合う事にしたのだ。
「ニカはとても優しくていい子なのに、どうして皆は分かってくれないんだろう」
自分を傷つけた人間と同じ種族であるカミト。そんなカミトをニカは助けた。
カミトは優しいニカを他の者達の輪に入れたかったが、堕天使を嫌う者達がほとんどでうまくいかなかった。
「三丁目の昭三さんは分かってくれたのにな」
「しょうがないよカミト。私だってカミトと出会う前は、人間なんてみんな同じだと思ってたもん。みんな堕天使を虐める人達だと思ってた」
「でも」
カミトは諦めきれなかった。
ニカと他の人達をなんとか仲良くさせたいと思っていた。
そんな二人の前に、天使があらわれる。
「カミト、またそんな堕天使なんかと一緒にいるのね。そんな事ばっかりしてたら、カミトも嫌われちゃうわよ」
その天使は、人目を引く少女だった。
すらっとした体系に、愛嬌のある顔立ち。
町を歩けば誰もが振り向く美女がいた。
そんな天使の名前はアンジェ。
カミトの事を好いている少女だった。
「そんな堕天使なんかより、私と遊びましょうよ。私と一緒なら、皆が親切にしてくれるわよ」
天使であるアンジェは大勢から好かれる存在だった。
たくさんの人達がアンジェに声をかけ、親切にするのを、カミトも知っていた。
しかし、カミトは首を振る。
「ニカを一人にはさせられないよ」
アンジェはぎろりとニカを睨みつける。
ニカはカミトにはふさわしくないと考えていた。
それどころか、人間と仲良くすること事態が、気に食わなかった。
「今日学校で、こんな事があったんだ」
神社の裏手で他愛のない話をつづけるカミトとニカ。
二人は、特別な事をしてはいなかった。
ただ、一緒にいて、同じ時間を過ごすだけ。
それでも、二人は幸せだった。
「カミトはどうして私に優しくしてくれるの? 私が可哀想だから?」
「それもあるけど一番は僕がニカといて楽しいからだよ」
「どうして、私には良い所なんて何もないのに」
「そんな事ないよ。人間に嫌われてて嫌な思いをしてるのに、僕を助けてくれたじゃないか」
けれど、そんな二人を引き離そうとする者達がいた。
「通報にあった場所は、ここだな。いたぞ、凶悪な堕天使だ!」
警察が大勢やってきて、ニカを捕まえてしまう。
「何で、ニカは何もやってない」
「君はこの堕天使に騙されてるんだ。近所の人から君がこの堕天使にたぶらかされているという通報があったんだ」
「そんなの嘘だ」
「それは調べればわかる事だ。この堕天使は署に連行する」
「そんな!」
ニカはやってきた警察に連れていかれしまい、カミトは一人その場にとりのこされる。
「どうしてみんな堕天使としてのニカしか見ないんだ。ニカはニカなのに」
カミトは打ちのめされていた。
ニカが警察に連れられて行ってから数日。
カミトは毎日警察署へ赴き、ニカの無実を訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。
ニカの近況も訪ねても答えてもらえない。
何も分からないままだった。
そんな中、アンジェがカミトの前に現れる。
「カミト、残念だけどニカは刑務所の中で自殺したわ。だからもう二カに囚われても無駄なのよ」
「そんなの嘘だ」
アンジェは、悲しそうな表情で続ける。
「私、カミトのためにニカの形見をもらってきてあげたわ。ほら、これよ」
そして、アンジェはニカが持っていた髪飾りを渡してきた。
それは、カミトがニカにプレゼントしたものだった。
「そんな、ニカっ。本当に死んじゃったのか!?」
うちのめされるカミトを、アンジェが抱きしめて慰めようとしたが、カミトはその行為を拒絶する。
「今は、一人にしてくれ」
アンジェがいなくなった後、カミトはいつまでもその場で泣き続けた。
それから、アンジェは嘘のようにニカに対して優しくなった。
亡くなったニカの事を悪く言う事はせず、カミトの悲しみにいつでも寄り添った。
カミトはだんだんとそんなアンジェに惹かれていき、好意のようなものを抱くようになった。
だから自然とカミトは、ニカにプレゼントしたように、アンジェにも髪飾りを送ろうと考えるようになった。
しかし。
「本当に馬鹿な堕天使よ。私に騙された事も知らずに、警察署に連れていかれて。過酷な尋問に耐えかねて死んじゃうなんてね」
学校の中で。
アンジェがそんな真実を、彼女の友人とはなしている場面に遭遇してしまうのだった。
カミトは翌日、アンジェを学校の屋上に呼び出した。
そして、昨日買った髪飾りをプレゼントして、一緒に校舎の上から景色を眺めた。
町の景色の中、神社が遠くに見えた。
ニカの事を思い出すと、気持ちが沈んでしまう。
反対に、アンジェは嬉しそうにしている。
カミトの目からは、酷い事をするような少女には見えなかった。
しかし、昨日の出来事はまぎれもない事実。
アンジェが話をしていた相手を問い詰めたら、白状していたからだ。
カミトは非情になる事にした。
カミトは、髪飾りをつけたアンジェに尋ねた。
「アンジェ、君が警察に嘘を言ってニカを連れて行かせたんだね」
「何を言うの? 私はそんな事をしてないわ。信じてカミト」
「君の友人から全部聞いたんだ」
カミトはアンジェの腕を掴む。
「君を警察につき出すよ。そして法の裁きを受けてもらう」
「やめて、お願い。私は無実よ、信じてカミト!」
「真実かどうかは法が判断してくれるはずだ。僕は君を信じたかったよ」
そして、そのままアンジェを警察署に連行していった。
けれど、世界は天使に甘くて堕天使に厳しかった。
「世界の害悪たる存在、堕天使を討伐した功績は、決して責められる事ではなく……」
アンジェは無罪になって、刑務所に入る事がなかった。
その結果を聞いて、唇をかみしめるカミト。
口の端が切れて、血が流れてくる。
そこにアンジェがかけよって、天使の魔法で傷を癒していくが、カミトはその行為を拒絶した。
「やめてくれ。法が君を裁いてくれないというのなら、僕が君を裁く」
そして、カミトはもっていた包丁でアンジェに襲い掛かった。
カミトは周囲の人間が驚くほど、思いつめていた。
「カミト! どうしちゃったの! あなたはそんな人じゃなかったでしょ!? やっぱりニカと接しておかしくなっちゃってたの?」
逃げるアンジェを追いかけて、包丁で相手を刺した。
アンジェはカミトの手によって、深く傷つけられた。
傷口から血が流れだしていた。
しかし、治癒の魔法を使えるアンジェはどれだけ傷つけられても、その傷をすぐさまなおしてしまう。
そんなアンジェを見て、カミトは絶望した。
「そっか、この世界はどうしようもなく歪んでるんだね。ニカの無念もはらせない世界なんて、もう何の価値もないよ」
カミトは自分に向けて包丁を振りかざす。
「やめてカミト!」
カミトは死にたいと思っていた。
脳裏にはありし日のニカの笑顔が浮かぶ。
次に生まれ変わる世界があるなら、心優しいニカが誰からもいじめられない世界が良いと思った。
カミトは、アンジェが傷を癒す前に、死ねる事を、この世界から消える事だけを考えていた。
天使と堕天使と人間 歪んだ世界の恋路 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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