真実の愛を否定していた王子は、初恋の相手に告白を決意する

仲仁へび(旧:離久)

第1話




 愛に真実も偽物も存在しない。


 愛はただの愛だと思っていた。


 だから俺は、その人物を見た時に衝撃を受けた。


 真実の愛は、本当に存在していたのだと。







 それはおしのびで町へ出かけた時の事だった。


 いずれ王になる身だから定期的に庶民の暮らしを見て勉強をする必要があるのだ。


 身分が高いものは、庶民との価値観に差がひらきやすい。


 王として国を統治する際に、そういった齟齬を極力なくしたいと考えていたのだ。


 だから、護衛数人をともなって、定期的に町を見回っているのだが。


 その日はトラブルが起きた。


「こいつ人を刺したぞ!」


「男が逃げた! 誰か捕まえてくれ!」


 道端で傷害事件がおきたらしい。


 周りに兵士はいない。


 その傷害事件の犯人は、放っておいたら他にも犠牲者を生み出してしまうかもしれなかった。


 だから、護衛の者に指示して、捕らえさせようとしたのだが。


 その人物をくみふせる女がいた。


「観念しなさい」


 静かに、けれど透き通る声が発せられた。


 逃げる男の前に立ちふさがった女は、あっという間に男の足をはらって、その場に転倒させ、関節を固定し、動きがとれないようにしてしまった。


 その人物を見た時、心臓がうるさいくらい高鳴るのを感じた。


 気が付いたら、目が離せなくなっていた。

 






 その日から王子は、おしのびの日がくるたびに、その女の元を訪ねた。


 兵士に調べさせたら、女ははとある便利屋の従業員だと分かったからだ。


 だから王子は、身分をかくして、様々な依頼をもちこむようになった。


「この道具が壊れて使えなくなったので、修理してほしい」


「この時期、町で一番安くて美味しい料理屋はどこか教えてほしい」


「知り合いに祝いの品を送りたいのだが、何がいいのかアドバイスがほしい」


 それらの事に女は丁寧に対応していく。


 客と従業員として交わされる会話は多くはないが、王子はその時間がとても幸せだった。







 一か月も経つ頃には、かなり気安い関係になっていた。


「やぁ、今日も仕事を依頼しにきたんだけど、君はいかわらず美しいな。贈り物をしてもいいかい?」

「お客様、他のお客様の迷惑になるので、店に入るなり目の前にいる人間を気安く口説かないでください」

 

 王子はいままで、愛に夢中になる人間の事が理解できなかった。


 それどころか、愛に盲目になり、己の目を曇らせる者達を愚か者だと考えていた。


 しかし、実際の愛を知ってからは、無理もないと思っていた。


 その人物を思うだけで胸が高鳴り、熱にうかされたようになり、思考がとりとめもなくなってしまうのだから。


 そんな王子には婚約者がいる。


 婚約者とは何度か会って、やりとりを重ねたが、今のような感情は抱いた事がなかった。


 相手の事は、尊敬できる存在で、聡明だと思うし、できれば幸せになってほしいとは思う。


 子供の頃の付き合いがあるから、不幸な目には合ってほしくないとも思っていた。


 今まではそれが、愛なのだと思っていたが。


 友人からは否定されていた。


「真実の愛ってもんは、そんな友情みたいなもんじゃないんだぜ。もっとこう情熱的で真っすぐで、とにかく相手の事を考えずにはいられねぇ、そんなもんだ」


 たまに愛について熱く語る友人は、そのような事を言っていた。


 その時はよく分からなかったが、王子はそれが今はよく分かっていた。









「と言う事なんだ。だから、君とは一緒にはいられないかもしれない」

「まあ、王子である貴方にとうとう運命の方があらわれたのですね」


 だから、王子は自分の婚約者に正直に話した。


 自分が真実の愛に目覚めてしまった事を。


「このまま君とつきあっていくのは不誠実だと思った、こちらを許せないと言うのなら婚約は解消しよう」

「私はまったくかまいませんわよ。もとより国の為、民の為に婚約していたようなものですから。お互い様ですわ。謝る必要などありません」


 寛容な事に、婚約者は王子を許した。


 そして、告白が成功するように背中を押してもくれた。


「あなたの初めての恋が実るように応援しております。駄目だった時にはあらためて、これからの婚約の事を考えましょう」

「それでいいのか?」

「ええ、ですが私がもし真実の愛を感じるような人を、運命の人を見つけた時は、今度はそちらが協力してくださいね」

「ああ、分かった。ありがとう」


 王子は、婚約者に深く感謝し、プロポーズの事について考える。


 王子は相手の事が好きだった。


 しかし、相手が王子の事を好きかどうかはわからない。


 もしも、相思相愛であったとしても、身分の違いを理由に断られるかもしれなかった。


 けれども、真実の愛を見つけた王子は、止まる事ができなかった。


 例えどんな未来が待っていても、最愛の人と一緒になるという甘くて幸せな夢を、どうしても叶えたいと思っていた。







 数日後、王子は一つの決断をする。


「今日は君に大事な話があるんだ」

「あら、どうしたんですか。そんな大きな花束なんか持ってきて」


 その決断に、一人の女が首を縦に振ったかそうでないかは、後の歴史書が語っていくのだろう。





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