流刑(ショートショート集)

軸音

流刑

 とある男がふらりと貧民街に現れて居着いたのだが、言葉が通じないらしく、居心地が悪くなって街を離れたらしい。

 しばらくして城壁沿いの壊れた物置小屋を見つけ、そこに住み着いたのだった。

 城門の守衛達は、見慣れない服を着ていて奇妙な言葉を使う男を気持ち悪がって、特に害は無いだろうと放置していた。


 ある日、男は、武装した街の住人が城壁の外の森に入り、獣を狩って素材を剥ぎ取り生計を立てていることに気づいた。

 彼らは冒険者と呼ばれていたが、言葉の分からない男の知る由では無かった。だが、思うところがあったのか、男は物置小屋にあった寂れた剣を手に取り、彼らの真似事をしてみようと決意した。

 男はまず冒険者の後を付けて、どんな得物を狩りどんな素材を剥ぎ取っているのなどを、じっくり観察した。男の視線を冒険者たちは気づいていたが、珍獣でも扱うように放っておいた。

 やがて一人で森に出かけた男には、狩りの適正があった。それはこの街に辿り着く前に同じような仕事をしていたからだった。男には獣の気配が分かり、その獣が強いのか弱いのかが分かり、一人で狩れるのかどうかが分かった。狩った獣は食用にできるのかも分かり、男の食糧事情は少しづつ改善していった。

 狩りをしていたある日、冒険者のグループが男に話しかけてきた。といっても言葉が通じないのは分かっていたので、身振り手振りでコミュニケーションを図ろうとしてきた。どうやら男が剥ぎ取った素材と、自分達の食料品などを交換しないか、と言っているようだった。その中には男が欲しいと思っていた物、例えば香辛料などがいくつか含まれており、冒険者の一人の手を取って頷き、OKの返事をした。


 しばらくして男の生活に少し変化が生じた。

 収穫の無かった冒険者たちが男の物置小屋を訪ねてきて、物々交換をしにくるようになったのだ。男は何となくぼったくられているのが分かったが、それでも生活を向上させる品が手に入るのは有難かった。

 時折強奪まがいなことをしようとする冒険者もいたが、男は剣の腕がかなり立つようで、そんな噂が立ったのもあり、そういったことをする冒険者は次第にいなくなった。

 いつものように物置小屋で冒険者と物々交換をしていた時、一人の女が交渉に割って入ってきた。そして声高に叫んだ。

「これって森大蟹の甲殻でしょう?そんな干し肉数枚程度じゃ割りに合わないわよ!ぼったくりも大概にしなさいよね!」

 どうやらかなりぼったくられていたようで、見るに見かねて口を出したらしい。

 そんなことよりも、男は口を大きく開けて驚いていた。

「言葉が・・・わかる?なぜだ?君の言葉が分かる・・・どうしてだ!」

 男は興奮して女の肩を掴み問い質した。女はその手を振りほどいて答えた。

「精霊の加護よ。言葉の精霊。私はその加護のおかげで異国人とも会話ができるのよ」

 言ってることはよく分からなかったが男はその場で膝をついて涙を流した。

 言葉の通じない土地で孤独に苛まれていたのが、やっと会話をできる相手を見つけたからだ。

 そしてあの日のことを思い出した。


 男は以前、猟奇連続辻切り魔だった。強い相手弱い相手を見極めて、強い相手には勝負を挑んで斬り殺し、弱い相手はいびり刻み殺した。

 そしてついに捕まり、判決を言い渡された。『異世界流刑』。次元管理局が執り行う、極刑中の極刑だった。

 裁判官は男にこう言い残した。「言葉も風習も文化も技術体系も違う異世界で、果たして孤独にどこまで耐えられるか。じっくり味わいなさい」と。

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