とうひこう

川口 暗渠

その部屋からは、海が見えた。

天気が良いと、遠く水平線の奥に湾の対岸も見える。


部屋は少し高台にあって、海からは標高にして100mほど登ることになる。

直線距離はあまりないため、帰りはひたすらに登りだった。


僕がその街に来たのは夏だった。前にいた街とは規模も立地もまるで異なり、なにより距離が離れていた。

どこでも電子的につながってしまう世の中で、物理的な距離は大切だ。

自分を置き去りにしてでも、一度距離をとってみるべきだと僕は思う。


僕は遠くへ来れただろうか。

記憶の隅に半ば根付いた、得体の知れない人生の一端から、逃れることができるだろうか。

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