短編:或る神社の話
@YoshiAlg
前編
「なんだ、これ?」
寂れた神社に僕はいた。鳥居は倒れていて、残っている本殿も柱は朽ちて、今にも崩れてしまいそうだった。
なぜこんなことになっているのかと言えば、インスタのネタを撮ろうと穴場スポットの山を登っていたところ、山道から外れて道に迷ってしまったからだ。朝日を拝もうとしていたのに、日が暮れる心配をしなければならない時間帯になってしまったのは皮肉なものだ。
「誰かいませんか?」
いるわけがないか。スマホの電源が落ちてしまっているからか、
「はーい!」
予想とは裏腹に、本殿の中から巫女さんが姿を現した。
「ようこそ!ここに人が来るなんて久しぶりだなー。さ、入って入って!」
手招きされるままに神社の中に入る。神社の中もお世辞にも綺麗とはいえない状態だったけれど、とりあえず座れるくらいではあった。
「ありがとうございます。僕、道に迷ってしまって。」
「そう、それは大変ね。そうだ!お腹すいてない?」
「えっ」
突然聞かれて当惑してしまった。昼ごはんも食べられていないから、お腹は空いているのだけれど、言ったところでどうせこんなところでご飯なんて――――
「食べられるんだね!今ごはんを用意するからちょっと待っててね!」
そういうと、彼女はそのまま神社の奥のほうへと入ってしまった。
とつぜん手持ち無沙汰になったので、すこしあたりを調べてみた。賽銭箱は壊れてはいなかったものの、空だった。鈴のひもは切れていた。そしてご神体があったであろう場所のしめ縄は落ちてしまっていて、そこには陶器が無造作に散らばっていた。これでは、なにを祀っていたのかもわからない。
「おまたせー!さ、はやく食べて食べて!」
思っていたより早く戻ってきた。彼女は散らばっている陶器の一つをテーブル代わりにして、山菜の漬物とお酒を並べる。空腹だからか、とてもおいしそうだ。
「ありがとうございます。いただきます。」
僕は漬物を口に運ぶ。
「おいしい!」
漬物の塩加減が絶妙で、箸が止まらない。一度に全部食べきってしまうところだった。
山菜に感動していると、彼女が僕のお猪口にお酒をそそいでくれた。
「さあ、飲んで飲んで!」
僕と彼女は一斉に酒を呑む。雑味のない、美味しいお酒だ。つまみもうまい。そのうえ前にいる巫女さんがぐいぐい呑むものだから、つられて呑んでしまう。酒瓶があっという間に空になってしまった。
「ごちそうさまでした。」
食事を堪能したところで、例の陶器の山をいじっていると、彼女が説明してくれた。
「ここに祀られているのは、雨と土の神様であられるの。」
「雨と土?」
「うん。大雨を降らせて、山を崩し、村を呑むの。」
おいおい、それじゃあ祟り神じゃないか。
「そしてまた、神様は雨を降らせ
へー、悪いことするだけじゃないんだ。
「だから人々は神様がお怒りにならないよう、そして五穀豊穣をもたらしていただけるよう、毎年儀式を行っていたの。」
「儀式って?」
「その年収穫した作物を、土に埋めるの。生贄と一緒に。」
「生贄!?」
「そう。穴を掘って、成人前の子女に米俵なんかを持たせて穴の中に入れて、そのまま穴を埋めてたの。もっとも、時代が進むにつれて陶器の人形で代用されるようになったんだけどね。」
「じゃあ、これは?」
そこにあった陶器をひろって見せる。
「儀式の形骸化が進んで、単に陶芸の腕を競い合う祭りへと変わっていったの。途中から、作品を土に埋めることもしなくなったって感じで。」
「へえー。」
この神社の歴史話に感心していると、彼女が軽くその場を片付け始めた。
「村の外まで案内してあげる。早くしないと日が暮れちゃうから、準備して。」
彼女の厚意に甘えて、僕は荷物をまとめて神社を後にした。
石畳が見えないほど草木が生い茂った参道を下りると、村が見えるようになってきた。
「あの村の人たちが、あの神社に参拝するんですか?」
「もうあそこには誰もいないよ。」
「えっ」
「こんな山奥だからね。若い人はみんな都会に行っちゃったの。」
そう語る彼女は涙をこらえているように見えて、これ以上何かを聞く気がしなかった。
夕日が沈みかけていた。電灯が消えたトンネルを抜けると、知っている道が見えてきた。僕は嬉しくなってつい駆け出してしまう。
「ちょっと待って!」
彼女に呼び止められる。
「これ、もらって!あんなところにあるより、そのほうがずっといいから。」
彼女が差し出したのは、魚を模した壺だった。そういえば、あの陶器の山の中にあったような気がする。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
僕は壺をもらい、近くの町まで行って、そこでホテルに泊まって一夜を明かした。
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