061


「・・・なに? リアムが死ぬわよ?」



 ジャンヌに見下されるのは友愛の一貫として受け入れられていたけれど。

 ヤツに見下されるのは我慢ならねぇ。



「・・・お前のその歪んだ顔は見たくねえんだよ!」



 俺は叫んだ。

 こいつの思い通りにはなってやらん!

 呼応してやつは斧槍ハルベルトを振り上げた。



「次で後悔して来なさい!」



 その切先が俺に迫る。

 だがそんなものに気をくれてやらず俺は叫んだ。



「やってみやがれ! 其の境は彼我になし――魔力同期マジック・リンク!」



 ・・・パスが繋がった感覚!

 俺とジャンヌはカプセルで触れ合っているはずだ。

 これで魔力が流れ込む!


 詠唱が終わると同時に俺とヤツの身体が薄く光り始める。

 驚いて自分の身体に気を取られたヤツに、パスを通して白の魔力が流れ込みはじめた。

 魔力が枯渇してるなら供給してやる!

 目覚めろジャンヌ!



「ぐっ!? な、こ、こんな・・・!? 押し出される!? あと少しなのに・・・!! きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」



 サディに化けたヤツは断末魔のような大きな悲鳴をあげた。

 全身が白く光ったと思ったら、弾けるようにびくびくと痙攣した。

 そして、その身体がぐずぐずと溶けるように崩れはじめた。



「お姉ちゃん!? あああ!!」


「リアム、ああ、リアム・・・」



 突然のサディの変化にリアム君が悲鳴をあげる。

 彼女の鮮やかな栗毛色の髪は汚泥のような黒に染まっていく。

 持っていた斧槍ハルベルトも服も、何もかも泥のように溶ける。



「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」


「リアム・・・私の大事なリアム・・・」



 縋るリアム君にサディは穏やかな笑みを浮かべていた。

 ドロドロと溶ける手を持ち上げリアム君の頬に添える。

 リアム君はその手に手を添えるが、それもすぐに崩れ落ちていく。

 


「約束よ、いつも向日葵のようでいて・・・笑顔を絶やさないでね・・・」


「ああ、ああ・・・駄目、駄目だよ! お姉ちゃん、お姉ちゃぁぁぁん!!!」


「・・・あの子のぶんまで・・・」



 リアム君は跪いてその泥を掬い上げようと必死だ。

 だが無情にもサディの姿は崩れ落ちていく。

 粘液のようになったそれは、支えようとした彼の両手両腕をすり抜け地面に流れ落ちていった。



「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!!」



 サディだった何かは溶け落ち、黒い水たまりとなった。

 すると周囲にあった暗闇が霧状になりその物体へと集まっていく。

 もやもやと集まった黒い霧は、その黒い水たまりに集約していった。

 やがてぐにゃぐにゃとスライム状になって、その場でコールタールの水たまりのようになった。



「お姉ちゃ・・・お姉・・・うえええぇぇぇぇ!! ええええぇぇぇぇ・・・!!!」



 リアム君はその傍で号泣した。

 ・・・最後のサディからは悪意を感じなかった。

 純粋にリアム君への想いだったように聞こえた。

 もしかしてヤツが抜けた少しの間、記憶の中の、本物のサディになっていたのかもしれない。


 あまりに痛々しい。そして後味も悪い。

 偽物でも大好きな肉親が目の前で溶けたんだ・・・。

 かける言葉が見つからない俺は、ただリアム君が泣き崩れるのを黙って見ているしかなかった。



 ◇



 魔力がぐんぐんと減っていくのがわかる。

 怪我をした身体にこの魔力消費。

 観覧車のときのように一気に力が抜けて目眩がする。

 ああ・・・主人公連中に魔力供給するときは気をつけねぇと。


 消費する魔力に気を持っていかれないよう意識する。

 それでもそいつから目を離さない。


 ヤツが支配するこの精神空間は暗闇で構成されていると思っていた。

 でも暗闇はヤツが展開していた何かだったようだ。

 暗闇が去った後には真っ白な空間が広がっていたから。


 ジャンヌからヤツを追い出したのが決定打になったのかもしれない。

 おそらく今は姿も保てないくらい、相当に弱っているからあの水たまりなのだろう。

 これで終わり、か?


 ヤツのすぐ近くで崩れ落ちているリアム君。

 周囲が明るくなったことにも反応せず、ただ四つ這いになっていた。

 時折、ぐすぐすと鼻をすすりながら震えている。

 ・・・声、掛け辛ぇな。


 でもリアム君に正気に戻ってもらわないと元へ帰れない。

 そう思って彼に近づこうとしたとき。

 俺はリアム君の向こうに倒れている人影に気付いた。



「! ジャンヌ!」



 うつ伏せに倒れていた彼女は、俺の声に反応したのかぴくりと動く。

 そしてばっと顔を上げて周囲を見渡した。

 リアム君と俺を確認するとばばっと跳ね起きる。



「・・・あんた、ふざけないでよ! 散々に騙して! 絶対に許さないんだから!」



 ジャンヌは俺を見つけると怒りの表情で睨みつけてきた。

 ・・・ヤツはそこでコールタールになってる。

 このジャンヌはたぶん、本物。

 んで、彼女はヤツに見せられた幻に怒り狂ってるってところだな。

 ジャンヌが見た幻は俺で、きっとその俺に散々に煮え湯を飲まされたのだろう。



「おい待て! ジャンヌ、何周したのか知らんが俺は本物だ。元凶はそこの水たまりだ」


「は!? そんなこと言ってまたあたしを騙す気でしょ!? もうその手には乗らないわ!」


「落ち着け! それよりリアムだよ。リアムが目覚めればぜんぶ終わるんだから」


「リアム!? ・・・・・・あんたはそこから動かないで!」



 警戒心バリバリのジャンヌ。

 でもさすがに頭の回転は早い。何が目的かは理解してくれた。

 まぁ・・・俺もさっきまでジャンヌとやりあってたわけだし。

 同じ姿をしてりゃ警戒もするわな。

 


「距離は置くから話を聞け! 先にリアムをその水たまりから離してくれ。そいつが元凶だ、意思をもった何かだ!」


「わかった。・・・気持ち悪いわね」



 黒い水たまりはうねうねとスライム状にうごめいていた。

 ようやく決着がついたところだ、わざわざちょっかいを出す必要もない。

 刃物で切ったとしても倒しきれるように思えん。


 ジャンヌは呆然としているリアム君の手を引きヤツと距離をとった。



「リアム、リアム!」


「・・・」


「どうしたの!? しっかりして!」


「・・・」



 ジャンヌは必死にリアム君へ呼びかける。

 だがリアム君は涙を流しながらも電池が切れた玩具のように反応しなくなっていた。

 やっぱり・・・あれだけのショックだ、茫然自失というところか。



「・・・目の前でお姉さんに化けたヤツが溶けて、その黒スライムになったんだ。ショックが大きいんだよ」


「!? 駄目! あんたは動かないで!」


「動いてねぇよ! とにかくリアムを気付けてやってくれ」


「・・・わかったわ」



 ・・・何だかなぁ。

 俺が味方だって証明するのなんて、悪魔の証明だろうよ。

 まるで○○クエ4の裏切りの洞窟みたいだ。

 「○んじるこころ」が欲しい。

 ・・・そもそもアレ、なんで見ただけで信用できんだろ?



「リアム。あたしよ、ジャンヌだよ」



 ジャンヌはリアム君の傍にしゃがみ込み彼に声をかける。

 今までに聞いたことのない、ふわりとした優しげな声が耳をくすぐる。

 ・・・それが彼への愛情だということは疑いようもなかった。

 ジャンヌは反応しないリアム君を支え、彼を抱きしめた。



「リアム、リアム・・・悲しいね、辛かったね・・・」



 彼女の寄り添う心。

 俺がすぐにできなかった共感の言葉。

 やわらかい慈愛の音色でリアム君に語りかける。


 ジャンヌは涙を流しながらリアム君をひしと抱いた。

 すると呆然と涙していたリアム君が声を出した。



「うっ・・・」


「リアム・・・」


「ジャンヌぅ、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが・・・」


「うん、うん・・・」


「お姉ちゃん・・・ううっ・・・うああああぁぁぁぁぁぁ!!」



 震える声が重なる。

 どうしてこんなに胸を締めつけるのだろうか。

 その静かなさめざめとした慟哭は、その真っ白な空間に似つかわしくない響きだった。



 ◇



 どれくらい時間が経ったのか。

 俺は彼らから少し離れた場所にいた。

 ヤツの、黒い水たまりの傍だ。

 まだ現実に戻ったわけじゃない、俺まで油断するわけにもいかなかったから。


 ここでヤツを見守ることにしたのだ。

 まだ彼らには時間が必要だ。

 きっとその後は大丈夫だろうと思えたから。

 黒スライムはぶるぶると大人しくしている。


 少し安堵したところで自分自身に意識を戻して気付く。

 体力も魔力も激しく消耗していた。


 気付いてしまうと駄目だった。

 俺はふらふらと地べたに腰を下ろした。

 怪我が治ってくれりゃ良いのに治ってる身体を想像しても治らない。

 痛みがじくじくと酷くなって集魔法をするほど集中もできなかった。

 なんでひとりで満身創痍なんだよ。くそっ。


 ここ、精神だけの状態のくせにどうして血まで流れるのか。

 左脚の縛って止血した部分がどす黒く染まっていた。

 同じ色をした水たまりが横に見える。



「・・・お前、外に出て何するつもりだったんだよ」



 少しだけ思考を持て余したせいか。

 俺は黒スライムに話しかけていた。

 そもそもこいつは本当に夢魔なんだろうか。

 魔物だったらさっさと人間の精神を取り込んでいるような気もする。

 なんかやり方がまわりくどいんだよな・・・。


 そう思ってスライム状のそいつを眺めていると。

 すこしうにょうにょと反応していることに気付いた。

 こんな状態でもまだ活動できんだな。

 不思議に思って少し指先でつっついた。


 ぴり、と指から全身に電気が走った。

 びくんと身体が跳ねる。

 ・・・あれ・・・?



 ◇



 ・・・

 ・・・・・・


 ここはどこだ?

 どこかの家の中だ。


 目の前には・・・。

 金髪の男。知らないイケメン君。

 高天原の生徒だ。制服姿なのでわかる。

 誰だろう。背が高くて格好良いな。

 レオンみたいな筋肉質ではないけれど身体はしっかりしてる。

 にこやかにこっちになんか言ってんぞ。

 って、音が聞こえねぇよ。


 これ、誰かの回想か?

 なんか凛花先輩の記憶を覗いたときに似てんな。


 金髪の男はこちらへ近づいてきて。

 跪いて俺の視点の人に何かを手渡してくる。

 何だろう。・・・箱に入った指輪だ。

 小さなダイヤモンドのついた指輪。

 プロポーズ?


 ・・・この視点の人、指輪の箱を受け取った。

 きらきらと輝く指輪に感動している様子。

 彼は指輪を手に取り、この俺の視点の人の左手の薬指につけた。

 ちょうど視点の人の身体が見えた。女性だった。

 そして・・・彼は俺、じゃなくて彼女を抱きしめた。


 あ、キスしちゃう?

 この身体、まさぐってますね。

 うん・・・え、あの、見えてます。はい。ごめんなさい。

 睦み合いをVR視点で、しかも女性側でお送りしています。

 詳細は割愛。

 俺は何を見せられてるんだ。


 ・・・


 場面が切り替わる。

 ここは・・・病院かな?

 ん? 隣を見てる。

 小さなベッドがある。

 赤ちゃんだ。うわ、生まれたてだよ!

 新生児なんて久しぶりに見た。

 上にかけられた布団を蹴飛ばすくらい元気。

 ああ、素っ裸になっちゃったよ。女の子だ。

 小さなベッドにネームプレートがある。

 『ルーラ』と名付けられたその子は薄っすらと金髪が生えていた。

 視点の彼女は布団をかけ直してやっていた。


 もしかしてさっきのイケメン君との子?

 イケメン君と同じ金髪だし。

 あ、彼が来た。

 すんげえ嬉しそうに、涙まで流してる。

 うんうん、嬉しいよね。

 子を持つ親としてよくわかる!

 頬をつつく前に消毒すんだぞ?


 つか、イケメン君、制服姿だ。

 高天原って学生結婚OKなのか?


 彼は自分の腕にはめていた銀色の腕輪を外し、その子の頭の横に置いた。

 俺の視点の彼女も自分の腕にはめていた腕輪を取って、その赤ちゃんの傍に置いた。

 小さな赤ちゃんの横にお揃いのふたつの腕輪。

 元気に育つようにとのおまじないなのかな。

 彼らのその行為がその子への慈しみであることは疑いようもなかった。

 

 ・・・


 また場面が切り替わる。

 ああここ、アトランティスだよ。

 凛花先輩の記憶で見た雰囲気にすんげえ似てるもん。

 石畳とぼんやり光る廊下と、それにたまにある区画のプレート。

 うん、間違いない。


 俺の視点の誰かとイケメン君は奥へと進んでいく。

 時折、斧を持ったミノタウルスのような大型の魔物が出現するが難なく倒して進む。

 あの魔物、けっこう強かったと思うんだが。


 すげえな、このふたり。

 イケメン君は具現化リアライズで炎の槍を出し敵をことごとく貫いて倒してる。

 何でも貫通すんのすげえ。

 まるで棘魔槍ゲイ・ボルグみたいだ。

 俺の視点の誰かも水斬撃の魔法で文字通りバリバリと敵を倒してる。

 このふたり、しっかり共鳴してんだな。

 互いの赤と青の魔力が混じり合って紫になったりしてるから。

 きっとレゾナンスで能力値アップしてるんだろう。

 『キズナ・システム』なんて要らねえって?

 ほんとこのへんどうなってんの?


 ・・・


 また場面が変わった。

 今度は・・・げっ!?

 目の前にさっきのイケメン君!

 今にも死にそうになってんぞ!?

 腰から上だけとかやめて!?


 いったい何が・・・!

 視点が動いた先には八俣の大蛇のような蛇の頭がたくさんの巨大な魔物。

 彼の下半身を咥えてる首があった。あの化け物に食いちぎられていた。

 ・・・うえ、南無三・・・。


 俺の視点の彼女は必死に彼の手を握っている。

 事切れる前、視点の合っていない彼は微かに口を動かした。

 

 ――ルーラを、頼む――


 唇の動きで、そう言っているような気がした。

 そうして次の瞬間、俺の視点は暗転した。


 ・・・・・・

 ・・・



 ◇



「いい加減、起きなさい!!」


「ぐぇ!?」



 何!?

 腹に一撃はやめろ!



「ぐぅぅ・・・起こすならもっと丁寧に起こせよ!」


「ひとりで呑気に寝てるんじゃないわよ!」



 微睡んでいたような感覚。

 無理矢理に起こされたから何もかもが台無しになった気分だ。

 俺は例の白い空間で横になっていた。

 眠っていたようでジャンヌに蹴られて目が覚めたところだ。

 何か夢見ていたと思うんだが今の衝撃でぶっ飛んでしまった。



「武くん、大丈夫?」


「あ、ああ」



 そして俺を心配してくれているのはリアム君。



「! リアム、お前こそもう平気なのか?」


「うん。・・・ジャンヌが、ずっと寄り添ってくれたから」



 彼はそう言うと・・・ちょっと照れくさそうにジャンヌの手を握った。

 え・・・!

 そんな一気に関係が進んだの?

 びっくりだけど予定外に嬉しい。



「リアムはもう大丈夫よ」


「・・・そうか。ありがとな」



 ジャンヌの晴れやかな笑み。

 ・・・うん。ふたりの気持ちはよくわかったよ。

 そんな上機嫌なら、その優しさで起こしてほしかったかな!


 先日の遊園地での急展開と、さっきの幻の急展開と、目の前の急展開と。

 ここしばらくの出来事で考えることが多すぎて。

 頭が追いつかず何から考えれば良いかわからなくなる。


 でもいつまでも寝ているわけにもいかない。

 そう思って俺は起き上がった。



「っ・・・つぅ」



 忘れてた、左脚はやられてたんだった。

 止血した部分がずくん、と痛んだ。



「武くん!?」


「ああ、平気平気。ちっと掠ったくらいだからな」



 大袈裟にならないよう、やせ我慢をしながら。

 俺は右膝に手をつきながら立ち上がった。



「よっと。・・・そんで、戻れそうなのか?」


「ええ。ダイブした全員で『戻ろう』って念じれば」


「リアム、良いんだな?」


「・・・うん。僕、戻るよ」



 未練はありそうだけれど。

 リアム君ははっきりと戻るという意思を示した。



「よし、戻ろう。・・・そうだ、リアム」


「うん?」


「俺と、ジャンヌと、お前で。戻ったらアリゾナへ行こうぜ」



 俺の言葉にリアム君は驚いた表情を見せる。

 そして少し顔を曇らせた。

 ・・・まだ迷ってるって?



「俺もジャンヌも傍にいるって」


「ずっと一緒にいてくれる?」


「大丈夫。あたしたちはずっと一緒よ」



 俺とジャンヌの言葉に。

 暗い雰囲気だったリアム君は、ようやく向日葵のような笑顔を浮かべてくれた。



「うん、お姉ちゃんに、お父さんに会いに行こう」



 その言葉が引き金だった。

 『この精神空間から戻って、アリゾナへ行く』という意思を全員が共有したからだろう。

 ぶわっと白い霧のようなものが視界に広がった。

 互いがホワイトアウトして見えなくなっていく。

 皆の声もすぐに遠くなっていった。


 ああ・・・ダイブが終わるんだな。

 俺は直感的に理解した。



「――タケシ、あんた――ったわよ」



 ジャンヌがはにかみながら何かを口にしていた。

 既に下半身が見えない。

 確かめる術もなく――。



「武くん、僕たちは――よ」



 リアム君の声も。もはや途切れ途切れだった。

 そうして白くなっていく視界の中で。

 この空間にぽつりと取り残された足元の黒い水たまりが目に入った。

 ・・・胸の奥がチクリと痛んだ。



 ◇



「――心配しすぎだよ~」


「――ほんっと、心配かけて!!」



 ・・・。

 ・・・リアム君とジャンヌの声だ。

 ん・・・ここは?


 少し薄暗いところで目が覚める。

 音が反響して窮屈な感じ。

 ああ、シミュレーターのカプセルで横になっていたからだ。

 ・・・ようやく戻って来た。


 状況を理解した俺は身体を起こした。

 右脚の傷は・・・ない。

 うん、現実だ。

 すぐ横でリアム君に抱きついて喜んでいるジャンヌの姿があった。

 良かった。みんな無事だよ。



「武、よくやってくれた。たいへん珍しいデータが取れたぞ」


「人の命までかけてやる研究じゃねぇでしょうよ」



 戻ったことよりも研究が捗ったことに喜んでいるパンゼーリ博士。

 俺の突っ込みも気にせずデータを覗いてはしゃいでいた。



「あ、武くんだ」


「ようやく目が覚めたのね! ・・・あんた、どうしたの?」


「あん?」



 ジャンヌに指摘を受けて俺は間が抜けた声を出す。



「武くん、どうして泣いてるの?」


「・・・何でもねぇよ。戻って来られて嬉しかったんだ」



 いつの間にか熱くなっていた目頭から零れ落ちた雫を腕で拭って。

 俺はあの世界で見た想いの残滓を受け止めていた。








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