059

 自然な流れでジャンヌとリアム君が話し合えるタイミング。

 これまでの経験からイエローストーンへ行く前か、最後のお姉さんの治療のときしかない。

 時系列的に前者なら直ぐだ。

 そんなわけでジャンヌがリアム君に声をかけると、返事ふたつで彼が客室に来てくれた。



「お姉ちゃんを治す方法がわかったの?」


「ええ。リアムにも協力してほしくて」


「うん、わかった。どうすればいい?」


「リアムに思い出してほしいことがあるの」



 俺は部屋の端でオブジェになるようジャンヌから指示を受けていた。

 抑え込むには腕力に不安があるし、彼がもし銃を使ったら避けられないから隠れる意味で。

 ジャンヌとリアム君は部屋の真ん中で立ち話をしていた。



「リアム、今年の3月のことなんだけど」


「うん」


「高天原学園に進学しなかったのはどうして?」


「え? 僕、ハイスクールになんて進学しないよ」


「!」


「だって、お姉ちゃんのお世話があるし!」



 想定された返事だとはいえ。

 リアム君は完全に俺たちのことなど忘れていることがわかってしまう。

 ジャンヌは一瞬だけ寂しげな表情を見せた。



「・・・そう。なら、ちょっと我慢してね」



 ジャンヌはそう断るとひと呼吸だけ置いて。

 リアム君の肩に手を回すと大事なものを抱えるように彼を抱きしめた。



「え、あ!? ジャ、ジャンヌ・・・!?」


「このままじっとして。あなたが大事なことを思い出すために」


「えっ!? えっ!? そ、そんな、恥ずかしいよ・・・」



 突然の抱擁にどぎまぎしているリアム君。

 ラブコメ的なワンシーンに見えるけども本題はもっと深刻だ。

 リアム君は前回のように暴れたりはせず、ジャンヌに抱きしめられたまま大人しくしている。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 ジャンヌは目を閉じていた。

 その強張った表情は祈るような心持ちだろう。

 驚いていた様子のリアム君もジャンヌに身を任せたのか抱かれるままだ。

 これでリアム君が思い出してくれれば。



「・・・どう、リアム?」


「・・・これで何か思い出すの?」


「っ!?」



 どぎまぎしながらも疑問符に包まれるリアム君。

 ジャンヌは眉を寄せて悲しげな表情を見せた。

 ダメか・・・。俺がそう思ったとき。



「ああ、リアム・・・」



 ジャンヌは抱擁を解き、いちど身体を離したかと思うと、愛おしそうにリアム君の頬に手を添えて口づけした。



「・・・!?」



 リアム君はびくりとしたが、なすがままに彼女を受け入れる。

 濃厚なキスが交わされていた。


 ・・・これさ。

 ・・・見てたら、また回し蹴りされんのかな。

 怖いから目を外しておこう。


 ・・・。

 ・・・。

 ・・・。


 うん。長い。

 ラブコメの部外者ってこんな浮き足立つような気分なんだな。

 この間、観覧車でソフィア嬢に悪いことをした。

 いくら覚悟があってもね・・・。


 呑気に思いを巡らせていたところで。

 ぷは、とふたりが息を吐く。

 終わったのかな?



「・・・武くん・・・



 背後からリアム君が俺の名を口にした。

 ・・・! やった、記憶が!



「リアム! 思い出し・・・!?」



 勢いよく振り返った俺の眼前に。

 リアム君が構えたハンドガンの銃口があった。

 あっ、と思ったときには、俺は反動で後ろへ弾き飛ばされた。

 音さえ聞こえなかった。


 その一瞬で見えたもの。

 彼の後ろで呆然と立ち尽くしているジャンヌ。

 そして涙を流しながら歯を食いしばって、何かに抗っているかのようなリアム君の顔だった。



 ◇



 前略、中略。

 おい、いい加減にしてくれ。4度目だよ。

 またも初日夜、グリーン宅の客室で俺たちは話をしていた。



「・・・あんたが3回も同じことやって何もできていないのはわかった」


「俺だってどうにかしてぇよ!」



 毎回、説明する身にもなってくれ。

 そもそもなんでお前は覚えてねぇんだよ!



「それにしてもリアムだけじゃないんでしょ? おそらくサディにも撃たれてる」


「そうだな。状況によってはバート教授も怪しいかもしれん」


「う~ん・・・」



 ふたりで考え込む。

 ジャンヌにとっては初日だが、俺の記憶の限りは1か月近く経過しているのだ。

 最大で3か月なだけでリアム君の救出は早いほうが望ましい。

 時間がかかって融合状態が進むと、ひっぺがすときに人格へ影響が出るかもしれん。

 もう時間はないと思った方が良い。

 


「リアムに何かをすれば殺される。死んだら戻る。完全に時間稼ぎよね」


「だったらどうすりゃ良いんだよ。リアムだけを狙っても殺られたんだぞ」


「リアムの心に響いてるのは確かなのよ。でなければ貴方のことを思い出さない」



 ・・・。

 よくよく考えよう。なぜか毎回即死だから痛くねぇとはいえ、もう死にたくない。

 それに時間もねぇんだ。



「今回で終わりにする。十分に考察するぞ」



 ジャンヌは静かに頷いた。



「まずこの精神空間はXの自由に構成できると思った方がいい。じゃないとループなんてしねぇ」


「そうね。それにアリゾナなんだからリアムの記憶を使って再現されていると考えるのが自然だわ」


「うん。だからリアムの精神がこの空間内にあるのは正しいと思う」



 そこに俺たちが異分子として紛れ込んでいるのだ。



「で。俺たちには幻だけ見せておけば良いのに、本物のリアムがいる理由がある」


「・・・?」


「俺たち含め、その人自身は再現できねぇんだろよ。人間を再現するならそいつの全てを知る必要がある。融合をしようとしていても、それが終わるまでは実質的に不可能だ」


「ええと・・・リアムはリアム自身だってこと?」


「その可能性が高い。そもそも自分自身を客観的に見た記憶なんてねぇだろ」



 そう、リアム君の記憶で構成される世界なら、自分自身は再現されないはずだ。

 だから彼が見聞きした世界に、彼自身を閉じ込めるしかない。



「それじゃ、トラックのおじさんやプロフェッサー・バートは?」


「リアムの記憶にある人なんじゃねぇかな。彼が関わったことがある人ならある程度は再現できんだろ。おっちゃんがグリーン一家を知っていた理由もそれで説明がつく」


「なるほど」



 ジャンヌは頷いて少し考え込む。

 頭を整理しているのだろう。



「・・・じゃあ、この世界のリアムがリアム自身だったとして。どうしてあんたを撃つの?」


「そこは操られていると考えるのが自然だ。融合状態ならリアムであってXなんだろよ」


「ふうん。それじゃさ、どうしてあたしは記憶が引き継がれなくてあんたは引き継がれるの?」


「・・・そんなん、俺が聞きたい」



 ・・・いや。

 思い当たる節はある。が、それはジャンヌには言えない。



「あんたが撃たれたらループするのはどうして? 殺したままほっといた方が楽じゃない?」


「俺が撃たれるときってリアムが思い出したときだ。それだと都合が悪いんだろ、ほっとくとリアムが高天原へ帰りたいって思って目覚めるからな」


「あんたを撃った記憶もなかったことにしてるのね」


「おそらく。リアムには幸せな思いをさせておく必要があるからだろう」


「・・・あんたさ、祝福ブレスとかで何とかできないの?」


「それは俺も考えた。外因からの防御には使えんだけど、融合しようとして内側に入り込んだやつは無理だと思う」


「なによ、役立たずね」


「・・・」



 もうこいつに蔑まれるのは慣れたけどさ。


 とにかくリアム君に思い出させよう。それが答えっぽい。

 だけどリアム君が思い出すとこの世界が俺たちを殺しに来る。

 それをどうやって回避するか、だ。



「忘れさせられてるリアムの記憶が完全に覚醒すりゃ、たぶんこの精神空間とおさらばできるんだ。ジャンヌがリアムに想いを伝えて、そっから死なないよう立ち回れば良い」


「・・・ほんとうにそんなに都合よくいくかしら。毎回殺されてるのはあんただし」


「俺が隠れてりゃ良いんじゃねぇか?」


「それで部屋の端にいて撃たれたんでしょ?」


「・・・」



 そもそもお姉さんにも撃たれたのだ。

 それにいちばん最初はジャンヌも狙われていた。

 だけど後は俺狙い。俺である理由があるのだ。


 仮に俺が別の部屋にいたところで近くの誰かに撃たれる可能性だってある。

 だから現場にいるのがいちばん状況判断がしやすい。



「隠れるのが駄目なら、リアムにもっと強い情動を与えりゃ良いんじゃねぇかな。銃なんて撃つ間もなく全部を思い出すくらいの。レゾナンスできればいちばん良いんだろうけど、俺もお前もまだ共鳴してねぇから」


「・・・彼に強い感情を抱かせれば良いのね?」


「お姉さんやほかの人を殺るとかナシだぞ? あいつの殺意で何がどうなるかわからん」


「わかってる、それとは別の方法よ。・・・不本意ながらあんたにも協力してもらうから」


「あん?」



 ◇



 そうして4度目のチャレンジ。

 前回と同じく、翌朝、お姉さんへの面会前にリアム君に客室へ来てもらった。



「お姉ちゃんを治す方法がわかったの?」


「ええ。リアムにも協力してほしくて」


「うん、わかった。どうすればいい?」


「リアムに思い出してほしいことがあるの」



 この、セリフを再現すんのやめてほしい。

 ビデオを見てる気分になって現実感がなくなる。



「タケシ、ちょっといい?」


「おう」



 前回と異なる行動だ。

 ジャンヌに呼ばれて隣へ行く。

 ・・・つーか、あらかじめ打ち合わせしてくれよ。

 何をすんのか知らねえし。



「リアム。よく見て、よく感じて」


「うん」


「タケシ、いくわよ」


「は? ・・・むぐっ!?」



 うおぃ!?


 ジャンヌはいきなり俺にキスをしてきた。

 ちょ、待て! 何の心構えもしてねぇ!!

 説明ぐらいしとけよ!!


 身長差があるからジャンヌは俺の顔に手を添えて自分の高さまで引っ張っている。

 ぐい、と手繰り寄せられた力の強いこと。

 だけど唇を重ねるとやはり女の子なのだと実感してしまう。

 フローラルな匂いと柔らかい感触。

 ん、ん、と貪るような艶めかしい息遣い。

 それだけで抵抗心が奪われてしまう。

 すぐに彼女の為すががままになった。


 正直、照れよりも衝撃が大きすぎた。

 頭が混乱して逆らうよりもびっくりしたままだ。

 そもそもどうしてリアム君じゃなくて俺!?

 え、なんか俺が思い出すことあんの?

 疑問符が頭を駆け巡って何が何だか・・・。


 そしてリアム君の様子を見ようにも目の前にジャンヌの顔。

 見えるわけない。

 彼女は彼女で目を閉じてて何を考えてるのかわからん。


 ・・・。

 ・・・。

 しばらく俺の中で時間が止まった。

 何も考えられないまま、ジャンヌは長い口づけを終えた。

 ぷは、と吐き出される吐息で俺も自分を取り戻す。



「・・・はぁ」


「はぁ、はぁ・・・!?」



 ジャンヌが俺から離れたとき。

 彼女の眉間に皺を寄せた切なげな顔が印象に残った。

 嫌々やっている顔ではなかったからだ


 が、それ以上に俺が衝撃を受けたのはリアム君。

 彼は俺たちを呆然と見つめながら・・・涙を流していた。



「・・・あ、あれ? 僕・・・?」



 理屈で理解できない出来事を感情で理解してしまった。

 リアム君の顔にはそう書いてあるようだ。

 あとからあとから押し出すように溢れ出る涙に彼は戸惑っていた。



「っう、っひ・・・ど、どうして、どうして止まらないの!?」



 彼の知らない、溢れ出る熱い想い。

 リアム君は得体の知れないものに驚きや恐怖を感じているようだった。

 両手を胸に押し付け苦しそうにしている。

 だが彼の中に眠る感情は嘘をつかない。



「っひぐ・・・う・・・うう・・・」



 何度も何度も涙を拭っていた。

 その答えを知る術もなく。



「・・・タケシ、あんたがリアムを」


「・・・。言いたいことはわかった」



 そういうこと。そういうことね。

 ジャンヌの強引な方法に俺も盲点を突かれた。

 だけど今、畳み掛けるしかない。


 俺はリアム君の傍に立つ。

 小柄な彼の肩に手を添える。

 そして彼の頭を優しく胸に抱いた。



「リアム。俺だ、武だ。思い出せ」


「ひぐっ・・・んん・・・!?」



 涙に気を取られていたリアム君は無抵抗だった。

 見た目通りの華奢な身体。

 力を入れすぎると折れてしまいそうだ。

 すべてが幻想だというのにしっかりとした匂いも感じる。

 春めいた明るい花のような香りが彼の存在を強調した。


 彼は少しだけ驚いてびくりとしたが、俺の抱擁にすぐに身体を預けた。

 俺の腕の中で声を押し殺しながらその暴れる想いに身体を震わせている。

 その突き上げる情動はまるで彼を燃やし尽くさんとしているようだ。



「う・・・うぇぇぇぇ・・・うう・・・!」



 俺のシャツにしがみつき、嗚咽を漏らすリアム君。

 ・・・こうして俺から彼に身体をくっつけるのは初めて。

 いつも彼から俺に抱きついていたから。


 身体を寄せ合うのは良い。

 相手の体温を感じると落ち着く。

 きっと彼もそうなのだと思いたい。



「・・・ぐすっ・・・不思議・・・こうしてると、胸がぽかぽかする・・・」



 俺の胸を熱く濡らすリアム君。

 やがて彼も俺の身体に腕をまわし抱きついてきていた。

 だんだんと彼の疼きが収まってくる。


 様子を見ていたであろうジャンヌが後ろから囁いてきた。



「・・・ん、ね、タケシ」


「ん?」


「もっと」


「・・・もっとって・・・」


「っぅ、もっと、よ! ほら!」


「・・・わかったよ」



 ジャンヌの喉を詰まらせたような声。

 ちらりと彼女を見れば目を赤くして潤ませている。

 ・・・お前・・・。


 ・・・。

 もっと、ね。

 この次。

 次ね・・・。


 ・・・ここ精神空間だから、ここで起きたことはなかったことにできるって?

 そんなん当事者が覚えてれば「あったこと」になるに決まってるだろう。

 と、つべこべ考えて拒否する猶予なんてない。

 俺は覚悟を決める。同時に自分の胸中に確認もした。

 そうしてから胸に抱いていた彼の頭を自由にしてやった。



「・・・リアム」


「ぐすっ・・・ぐすっ・・・ん・・・」



 リアム君は身体を少し離して俺を見上げる。

 惚けたようにその白い顔を朱に染めていた。

 その金色の潤んだ瞳が俺の意識に訴えかける。

 彼のその上気した表情が、無意識に抑え込んでいる俺の欲求を呼び起こした。

 ・・・可愛い顔してんな、コンチクショウ。


 ・・・。

 ・・・。

 もっと、彼に想いを寄せて。

 ・・・。

 ・・・うん。

 ラリクエゲームでは、リアム君が女の子みたいと萌えたりした。

 彼をほかの主人公で攻略するとき、彼の目を潤ませた困った顔にキュンとしたものだ。


 けれども今はそうじゃない。

 この世界で彼と過ごした時間が、俺の中の彼の姿。

 いつも笑顔で俺たちを明るく癒やしてくれた、KYムードメーカーのリアム君だ。

 いつも気を回して俺たちを気遣ってくれるのも。

 勉強して目を回すお茶目な姿も。

 健気で頑張る可愛い美少年だ。


 そして彼も。

 ほかの主人公の誰でもなく俺を見ていた。

 それがここにある真実だ。


 そう、お前がお前であるために。

 もっと俺たちを頼って良いんだ。

 俺たちが築いて来た絆だ。

 お前は仲間であり「家族」なんだから。


 俺は自然と彼に呼びかけるように想っていた。


 こうして。

 彼の知らない情動に触れているうちに、俺も感化されてしまったのか。

 その洪水のように溢れ出す彼の気持ちに俺も押し流されていった。



「リアム」


「・・・武くん・・・ん!」



 ふたりで見つめ合った後。

 自然と唇と唇が重なった。


 まるで女の子とするかのようにふわりとした感触だった。

 少し熱くなった彼の唇。

 その荒くい息遣いが彼の想いを体現しているかのようだった。


 じんわりと。

 俺の胸の中に熱いものがこみ上がって来る。

 少なくとも同性だからという嫌悪ではない。

 別の何かだった。



「・・・う・・・っうう・・・」



 ふと、後ろから押し殺すようなジャンヌの声が聞こえた。

 だが今は彼女へ意識を向けることはできなかった。


 ん、ん、と押し殺しても漏れ出す息遣い。

 彼が俺の首にまわしてきた腕。

 重なった唇の感触。


 彼と触れ合う部分が伝える彼の存在感。

 俺が自覚した彼への想い。

 それが俺の中で重なったとき、ずくん、と胸の奥から弾けるような感覚があった。

 全身を駆け巡る、快感をもたらす電流。

 びくんと跳ねた身体に・・・俺は彼とのレゾナンスを自覚した!

 同時にばしんと、周囲へ何かが弾け飛んだ。


 びりびりと腕や脚が痺れたように俺は動けなかった。

 彼も感じているのだろう、時折、ぴくりと動く感触があった。

 互いに通じ合った瞬間だった。


 しばらくして彼は名残惜しそうに唇を離した。

 泣き腫らしたリアム君の表情は落ち着いていた。

 茶色い奔流が、嬉しいという彼の気持ちを伝えてきているのに。

 彼は眉根を寄せて俺に訴えた。



「・・・・・・武くん。僕、怖い・・・」


「怖い?」



 リアム君が訴える。

 不安で仕方がないという様子だ。



「うん・・・無くしちゃうから」


「ああ。無くすのは怖いよな」



 不安だという気持ちが伝わってきた。

 大丈夫だと伝えるために抱きしめてやる。



「・・・僕、お姉ちゃんに会えなくなるのが怖くて。・・・帰れなかったの・・・」


「そりゃ怖いよな。会えないのは寂しい」



 リアム君は頷いた。

 ただ彼の吐露を受け止める。

 必要なことだと思ったから。


 そうして俺に巡って届く薄茶の奔流が語りかける。

 その憂慮には深い悲しみが根ざしていたことを。

 その悲しみに触れたとき、俺の口から自然と言葉が出ていた。



「・・・なぁリアム。俺たちは家族だろ? 怖いなら一緒にいてやるよ。ジャンヌも一緒だ」


「うん・・・」


「不安なら俺やジャンヌのところに来い。寂しくてもだ。一緒にいてやる」


「うん・・・」


「だから安心しろ。お前はひとりじゃない。3人で一緒にアリゾナへ行こう。そこでお姉さんに会おう」


「うん・・・うん、武くん・・・!」



 収まったと思った涙をふたたびぽろぽろと流しながらも。

 にぱっと、小さな花が咲いたように。

 リアム君はいつもの笑顔で微笑んだ。


 その表情を見て、ああ、俺の知っているリアム君だ、と確証を得た。

 薄茶になって俺の中を駆け巡る流れが彼の深いところに俺の想いが届いたことを教えてくれたから。


 正座して痺れた足のような快感に全身を晒されながらも。

 俺は両手足の感覚がいつもどおり動けるよう戻っていることを確認した。

 うん、大丈夫。もう動ける。

 このタイミングしかない。

 俺は胸板に顔を預けて微笑むリアム君を抱え、全力で前へ飛んだ。



「リアム!」


「うわあ!?」



 強引に彼を引っ張る。

 咄嗟に悲鳴をあげるリアム君。

 部屋の端までジャンプしてふたりで倒れ込む。

 同時に、があん、と床を叩く音がした。



「なっ!? どうして避けられたの!?」



 俺はすぐに体勢を立て直し、リアム君とともに立ち上がる。

 部屋の中央に立っていたのは・・・斧槍ハルベルトを床に叩きつけたジャンヌだった。



「いい加減、同じ手は食わねぇぞ! Xさんよ!」


「・・・大人しくしていれば苦しまずに戻れたのに」



 ジャンヌ・・・を模したヤツは大きく溜め息をつくと、俺たちに刃を向けた。

 憐憫の表情で俺たちを舐るように見つめている。



「ジャ、ジャンヌ・・・?」


「リアム、あれはジャンヌじゃない!」



 俺は庇うようにリアム君の前に出た。

 ヤツが元凶だ!

 ようやくたどり着いたぜ!


 そう俺が確信したところで。

 ぴし、ぴし。

 何かにヒビが入るような音がした。



「!?」


「な、なに!?」



 俺とリアム君は音のする方に視線を流す。

 見れば空間に亀裂が走っていく。

 いや・・・これは!?

 俺たちを中心にして、部屋だけでなくこの世界全体に亀裂が広がっていく・・・!?


 びし、びし、ばきん!


 亀裂が走った世界は、窓硝子が砕け散るように背景ごとばらばらと崩れ落ちる。

 がしゃん、ばりん、と硬いものが砕け散る音ばかりがあちこちで鳴り響く。

 後にはただ暗闇が取り残された空間が広がっていた。


 そうしてすべてが崩れ落ち、すべてが闇へと散っていったその空間の中。

 世界のすべてに取り残された俺とリアム君の前に・・・。

 斧槍ハルベルトを手に、悲しげな表情のまま俺たちを見据えるジャンヌが立ち尽くしていた。




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