055
暑い。
じりじりと肌に刺さる陽光。
この乾燥したオーブンのような暑さ、日本で体感したことがない。
「・・・はぁ、はぁ、はぁ」
「おい、がんばれ」
足が重い彼女を待つ。
汗を拭う。
あとからあとから滴り落ちて来る。
「水、水が飲みたいわ・・・」
「そこらへんに生えてるサボテンでも斬ってろ」
「そ、それで飲めるの・・・?」
「知らん」
俺の背丈の5倍はある巨大なサボテンが万歳をしているようにあちこちに見える。
サボテンの足元に背丈の低い茶色い草と砂利。
それが果てしなく広がっていた。
これ、西部劇で見るあの光景だ。
ほら、ガンマンが格好つけて立ってるようなところ。
枯草が丸くなって風に吹かれてくようなやつ。
そんな景色が延々と続いていた。
口を開けて舌を出し、犬のように彷徨う。
外気が体温を超えていたら意味のない行為。
少しだけマシな気がするので、まだ40度には達していないと思いたい。
「・・・ここ、どこよ」
「たぶんアリゾナだ」
「はぁ!? ステーツのアリゾナ州!?」
「リアムの故郷だろうよ」
砂利の砂漠と巨大な万歳サボテン。
状況から推測するとそれしか考えられん。
この間、彼の部屋で写真を見たからピンと来た。
だがわかったところで人家の雰囲気のない広大な大地。
普通に遭難案件だ。
こういう時の体力は体格に比例する。
身体の小さいジャンヌは俺より先にへばっていた。
「はぁ、はぁ・・・あたしがダイブしたときは学園のフィールドみたいなところだったのに」
「・・・なら、その空間を作る力でこの
「なんでリアムがいないのよ」
「そんなんこっちが聞きたい。お前が割り込んだからバグったんじゃねえのか?」
「あんただけ行かせるなんて心配でしょ!」
・・・そんなことを言われたら怒るに怒れん。
やっぱり口は悪いけど良いやつだ。
まだ口喧嘩をする元気はありそうだな。
だけどこのまま何もなければ死んでしまう。
異世界転移してハードモードだったらこんな感じかもな。
・・・実体験したくねぇんだけど!!
「ああ、ほら。喜べ」
「はぁ、はぁ・・・。なによ」
「道だ。車が通るかもしれん」
無限に続くと思われた荒地に一本の道路が姿を現した。
道路に立つと地平の彼方まで道が伸びていた。
もちろん車など走っていない。
この仮想空間に人がいるのだろうかと考えてしまう。
世界中で人口密度が減ったわけだから。
こんな過疎っぽい道、誰も来ない可能性だってある。
いや、そもそもこの空間が現実を写していない可能性さえある。
「・・・で、どうするのよ?」
「地平まで5キロはあんだろ? 歩いて1時間、何もなければ繰り返し。無理だろ。歩くより待とうぜ」
「日陰は・・・ないの?」
「あそこにちょっとだけあるぞ」
サボテンじゃ木陰にもならない。
ちょっと小高く迫り出した岩があり、その下が日陰になっていた。
小さな日陰にふたりで体育座り。
ようやくひと息つけた。
汗は止まらないが直射日光が来ないだけでかなり楽になった。
「・・・なぁ、この精神世界から戻るにはどうすりゃいいんだ?」
「あたしのときは脱出したいって思えば抜けられたわよ」
「ならいちど戻らねぇか? 初期位置がおかしいって」
「もう一度チャレンジしても、あたしが一緒なら結果が同じかもしれないわ」
「・・・お前が来ることが前提なのかよ」
「悪い?」
「・・・」
不毛な言い争いになりそうな予感。
それに気付いた俺は黙り込んだ。
ジャンヌも悟ったのか黙り込む。
・・・なんだか気まずい。
余裕がないと考え方も偏屈になっていく。
喧嘩をしないよう黙ったまま。
ふたりでぼーっと何もない砂漠とサボテンを眺める。
「・・・あんたさ」
「あ?」
「リアムのこと好きなの?」
「は? いきなり何言ってんだよ」
思わずジャンヌの顔を見るが彼女は正面を向いたままだった。
「そりゃ仲間として友達として好きだぞ」
「そんな子供みたいな誤魔化ししないで」
「・・・愛してるかって言われりゃ、よくわからん。嫌いではない」
「・・・そう」
同性だからって言葉を使った瞬間に切り裂かれそうだな。
ほんとラリクエ倫理を意識しとかないと発言を間違えそうだ。
・・・実際問題、彼には惑わされはするけど Love には達してない。
「あたしのがさ、リアムと一緒にいる時間が長いのよ」
「そうだな」
「それなのにあたしより想いが強いのって何でよ。一緒に勉強したくらいでそんなに惹かれるの?」
・・・ん?
嫉妬じみたその発言にひとつの可能性を感じる。
そうだったかジャンヌ!
全力で応援すんぞ!!
「俺はリアムにそんな惹かれてない。リアムが一方的に俺のこと好きなだけ。俺だってジャンヌのほうが共鳴率高いと思ってたぞ」
「はぁ・・・共鳴率があるってことはそんなわけないの。相思相愛の率なんだから。あんたがリアムを好きなはずなのよ」
「んな自覚ねぇって」
と言いつつ、彼との接点を考えてみる。
SS協定の付き添い。
最近は週に3回、マラソンをしている。
期末試験前に数日、勉強漬けになった。
・・・短期間だけを見れば、確かに距離は近かったかもしれない。
「・・・最近、ちょっと一緒にいる時間が長かっただけだ」
「それを嫌だと思ってないでしょ?」
「まぁそうだけど。でも友達といるときだって似たようなもんだろ?」
「ふうん、リアムのほうがそうじゃないのに。ほんとうにわからない?」
両手を上げて降参ポーズをとる。
本気でわかりません、他意はありませんって意思表示だ。
「え、ほんと? 本気で友達としか思ってない?」
「いえす」
「・・・あんたってほんっと、わからないわ。突き放したと思ったら助けに来るし」
「・・・」
それを言われると。
普段は共鳴しないよう突き放してるけども、何か問題があったら人として助ける。
この間、リアム君と一緒に勉強したのだってそうだ。
これはこの世界に来た中学のころから俺の基本姿勢だ。
香にも似たようなことを言われた気がする。
当たり前と思ってそうやって行動してたけれど、確かに傍から見れば矛盾してんな。
「その思わせぶりでさくらやソフィアを手玉にしてるんじゃない?」
「・・・」
俺の方が手玉にされている、と言いたいけれど。
否定できん。耳が痛すぎる。
「そんなつもりじゃない」って発言ほど白々しいもんもない。
・・・つか、お前ってそんな問い詰めるような鋭いキャラだっけ?
「とにかく、リアムはあたしが助ける。あんたは必要なときにサポートしなさい」
「わかった。できる限り応援するよ」
結論がそこに至るなら良し。
是非頼む。ジャンヌが解決してくれるなら俺的に万々歳なんだから。
彼女の望みを全力で叶えるぞ!
「なぁ。ついでに聞くんだがよ」
「なによ」
「お前、俺のことはどう思ってんだ? 単なる仲間か? 最初はお前の意思でなく協定に参加しただけだろ?」
「・・・最初は命令されてたから潜り込む意味で参加したの。オーラが目についた、くらいしかあんたへの印象はないわね。今はリアムの言葉を借りれば『何となく』気になる、かな」
「うん? 俺とお前、そんな接点ねぇだろに。せいぜいリアムの件で絡んでるくらいじゃね?」
「あたしもそう思ってるの! でも気になるものは仕方ないじゃない!」
赤くなってそっぽを向くジャンヌ。
・・・ツンデレ乙。
しかし、本気でこいつが俺を気になる理由がわからん。
つーか、並行して人を好きになれるこのラリクエ倫理よ。
俺に向かう気持ちは留保でよろしく。
「・・・ん?」
彼女が黙り込んだので遠方へ目をやったところ、何か動く物が見えた。
・・・道路の果てだ。もしかして車か!?
「車だわ!」
「・・・見えねえよ。お前、視力良すぎ」
豆粒だぜ、あれ。
どうして車だって断定できんだよ。
「土煙をあげてるじゃない? 走行してる証拠よ!」
目を凝らすがまったく見えん。
焦っても仕方がないのでそのまま待機する。
そうして数分が経過したころ、ようやくそれが車だという結論を俺も得る。
やったよ、地獄の一丁目から脱出だよ。
「おーーーい!!!」
「助けてぇーーー!!」
俺たちはふたりで立ち上がり、近くまで来た車に全力でアピールした。
◇
この世界中に君臨するデイリーチェーンストア、フェニックス。
ゲームには出てこないくせに商流から商品開発、果ては農林水産業や貿易まで一手に引き受ける超巨大企業だ。
紅い不死鳥のマークは一度見たら忘れないほど燦然と輝いている。
そのチェーン店の本拠地はアメリカのアリゾナ州。
店がその名を戴くことになった都市フェニックス。そう、このアリゾナの州都だ。
「さすがお膝元。すげえな」
「ほんと」
「HAHAHA! そうだろう、ステーツの自慢だからな!」
目の前にはアメリカンサイズの巨大な不死鳥の店舗。
高い視点の大型トラックのフロントから見ているのにこちらが小さく感じる。
日本でみかけた店舗の数倍はあろうかという大きさだ。
遠くには本社ビルと思わしきガラス張りの高層タワーが見える。
「この街のほとんどの奴は、このフェニックスで働いてるんだぜ」
「はー、なるほどねえ。文字通りフェニックスの街か」
俺たちを拾ってくれたのは運送屋のおっちゃん。
ゴリラみたいな体躯の彼は元軍人で世界語が堪能だった。
退役時には少佐だったらしく、いろいろな国の人を率いていたからだそうだ。
「・・・ちょっと、タケシ」
「あん?」
「何しに来たのよ」
「・・・わかってるって」
ジャンヌが俺をつっつき小声で促す。
談笑してばかりでなく目的を忘れるな、と。
「あの。このあたりでグリーンさんのお家って知りませんか?」
「ああ? グリーン? もしかしてバート・グリーン教授のことかい?」
「! そう、その人です」
やった! 知ってた!
リアム君の父親の名前だ!
ラリクエでアリゾナに帰省すると彼のファミリーに会える。
名前を覚えてて良かった!
「おいおい、ほんとうに『
「訳あって彼を訪ねたいんです」
「う〜ん、遭難したからって彼を頼るのはお勧めしねぇぜ。でも行きたいってなら止めはしねぇ、ちゃんと家族とお別れしとくんだぞ! HAHAHA!!」
「ははは・・・」
おい、そんな物騒な異名、知らねぇよ!!
声に出せないツッコミを入れる俺。
おっちゃんは親切に郊外にあるグリーン宅まで運んでくれた。
陽気に「『セーブ』してからチャレンジするんだぜ!」と言い残して。
できるならここにダイブする前にしてるっての!!
◇
グリーン邸宅はアメリカンファミリーらしい大きめの庭付き戸建てだ。
青々とした芝と軒に置いてある芝刈り機が、今の時代もアメリカンだなと思わせてくれる。
白い壁に赤い屋根。こういった木製の住宅をこの時代に見られるとは。
何だか郷愁さえ感じてしまう。
そんなどうでもよいところに驚きながら、俺はジャンヌの後ろをついて歩いていた。
(どうしてこそこそしてんだよ)
(なんとなくよ)
(・・・)
なんとなく、ね。
でも主人公がいう直感を信じたい。
だって俺よりも明らかにステータス高いじゃん。
直感とか幸運とか、そういうパラメーターも高いはず。
道路と庭を遮る生け垣。
俺たちは頭が出っ張らないようにしゃがんで庭の様子を伺っていた。
(いたわ!)
(ん・・・ほんとうだ)
発見! リアム君!!
良かった、見つけたよ。
満面の笑みを浮かべる彼と一緒にいるのはお姉さんのサディ。
リアム君、
ふたりは談笑しながら花壇の世話をしていた。
【
【
・・・英語で。
やばい、簡単な言葉しかわからねぇ。
お姉さんが調子悪いというのは事前情報と今の雰囲気でわかる。
とても怠そうにしているからだ。
それをリアム君が心配しているわけだ。
【Let's go back】
【Okay】
ふらついたお姉さんを支えてリアム君が家に入っていく。
調子悪いから戻ろうって言ったんだな。
(あんた、わかる?)
(・・・お姉さんの調子が悪いから家に戻ろうって)
(同時通訳しなさいよ)
(無理だって! 英語、ごく簡単な単語しか聞き取りできねぇし!)
(使えないわね)
(・・・)
成績が良いくせに英語はわからねぇんだな。
世界中で世界語しかやってねぇ弊害だよ。
「っと、もう普通の声で良いだろ。で、隠れてばかりでどうすんだよ」
「リアムが戻らないのはここが良いって思ってるからよ」
「まぁそうだろうな」
「さっきのリアムの顔、見た? 本気で好きなのよ、お姉さんが。家族愛どころじゃないわ」
「・・・そんなんわかんの?」
おいおい、ほんの数十秒の観察だぞ?
あれだけでそんな機微まで理解したって?
「間違いないわ。
「・・・」
当然だ。リアム君がお姉さんにぞっこんなら彼を攻略する主人公になびかなくなってしまう。
いくら重婚や同性愛を肯定する世界でも、近親婚だけは否定されるわけだし。
だから彼がお姉さんに本気だということは俄には信じられない。
「で、そのお姉さんのところで・・・」
俺がそう言いかけたとき。
いきなりばぁんと爆弾が弾けるような音がした。
「うぉ!?」
「なに!?」
ふたりで驚きの声をあげる。
音はグリーン家の裏の方から鳴り響いていた。
何やら黒い煙まで上がっている。
「何だ!? テロか!?」
「なんですって!!」
「あ、おい!?」
昨日の今日だ、テロが真っ先に思い浮かび口にしてしまう。
その単語を聞いたジャンヌが生け垣を飛び越え裏手にダッシュした。
慌てて俺もその後を追った。
くそっ、こんな場所でもトラブルかよ!?
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